筆でも窯でも、同じ意匠——尾形乾山
窯から出てきた、笹の葉

クリーム色の皿である。高さ3.5センチ、径17.5センチ。
手のひらより少し大きい、浅い皿である。
料理を少し盛って、膳に載せるための器だろう。
素地の上に、クリーム色の化粧土がかけられている。
化粧土とは、器の表面を整えるために掛ける、白い土である。
ざらついた陶土が、なめらかな乳色の面に変わる。
いわば、土でできた画紙である。
その上に、鉄絵の笹が走る。
鉄を含んだ絵の具は、焼くと落ち着いた茶色に発色する。
葉のあいだには、藍の線が添えられている。
乳色の地に、茶と藍。たった三色の、静かな配色である。
筆の速さが、そのまま葉の形になっている。
紙に描くのと同じ呼吸で、土の上に笹が描かれている。
しかもこの絵は、料理が載れば半ば隠れる。
食べ進むうちに、皿の底から笹が現れる。
飾って見る絵ではなく、使いながら出会う絵である。
やきものというより、焼かれた絵と呼びたくなる。
そして、もう一枚

ここで注目したいのは、皿がもう一枚あることだ。
寸法は同じ。化粧土も同じ。笹の意匠もほぼ同じ。
所蔵館の記録によれば、二枚は1917年にそろって収蔵された。
つまりこの皿は、一枚だけの作品として作られたのではない。
そろいの器として、同じ意匠が繰り返されたのである。
もとは五枚、十枚と揃っていたのかもしれない。
器とは、そういうものである。
同じ意匠の皿を二枚並べて見られる。
これは美術館の所蔵ならではの、ぜいたくな比較である。
器は、繰り返す
ここに、絵と器の決定的な違いがある。
掛軸の絵は、一点ものである。
同じ椿を、乾山は二度と同じようには描かない。
いっぽう器は、そろいで作られる。
同じ意匠の皿を何枚も焼き、膳に並べて使う。
客の数だけ、同じ絵が要る。
器の絵付けは、繰り返しを前提にした仕事である。
繰り返すためには、意匠が型として固まっていなければならない。
一度きりの思いつきでは、そろいの皿は焼けない。
窯には職人がいて、工房として器を仕上げたと考えられる。
意匠は頭の中だけでなく、工房で共有される決まりになる。
窯元としての乾山は、この量産の世界に生きていた。
筆の絵と窯の絵の違いは、まさにここにある。
一回きりの筆と、繰り返す筆。
乾山は、その両方を同じ手で握っていた。
それでも、同じ美学でできている
では、皿の笹と掛軸の椿は、別の仕事なのか。
そうではない。二つは同じ美学でできている。
形を思い切って単純化すること。
単純化した形を、リズムよく繰り返すこと。
そして余白を、形と同じだけ大切にすること。
《水辺の椿》の流水文と、皿の上の笹の葉。
椿は七十九歳の一点もの、笹はそろいの量産品である。
作られ方は正反対なのに、画面の作法は瓜二つである。
紙と陶土。支持体は違っても、方法はひとつである。
皿の白い余白は、掛軸の紙の余白と同じ働きをしている。
笹の葉の反復は、流水文の反復と同じリズムを刻んでいる。
型の美学が、筆と窯の両方を貫いている。
江戸の晩年、筆は続いた
乾山は晩年、京都を離れて江戸に下った。
入谷のあたりに住み、絵と陶で暮らしたと伝えられる。
京の窯元が、江戸では筆の人として生きたことになる。
そして1743年、江戸で没した。数え八十一歳だった。
《定家詠十二ヶ月花鳥図》は、その最晩年の仕事である。
七十歳を過ぎても、型は生きていた。
むしろ肩の力が抜け、書と絵はいっそう自由になっている。
京の窯元は、江戸の絵筆になっても、同じ人だった。
答え——本業は、意匠である
問いに戻る。乾山の本業は、絵か、器か。
当サイトの見立てはこうだ。どちらでもない。
乾山の本業は、意匠である。
頭の中に、まず型がある。
それを筆で紙に出せば、掛軸になる。
窯で陶土に焼き付ければ、皿になる。
出力先が違うだけで、源はひとつ。
一点ものの掛軸にも、そろいの皿にも、同じ型が流れ込む。
だから当サイトの7点は、二つのジャンルに割れて見えない。
七つの出力先を持つ、ひとりの意匠家の仕事に見える。
呉服商の家で生地の文様を見て育った人らしい在り方だ。
乾山は「絵を器に載せた人」ではない。
「意匠を筆と窯の両方で出力した人」である。
現代の言葉でいえば、デザイナーにいちばん近いだろう。
素材を選ばず、同じ感覚で形を出し続ける。
だから乾山の名は、人の名であると同時に窯の名でもあった。
作風そのものが、名前と一体になっている。
三百年前の京都に、そういう仕事のかたちがあった。
同じで、同じでない
最後に、二枚の皿に戻りたい。
当サイトの拡大画像で、二枚をじっくり見比べてほしい。
これは実物の展示ケース越しには、なかなかできない見方である。
笹の葉の向き。藍の線の走り。化粧土のむら。
よく見れば、二枚は少しずつ違っている。
型は同じでも、筆はそのつど生きて動くからである。
手仕事の量産は、同じで、同じでない。
その微差こそ、機械の複製にはない味わいである。
型があるから、微差が見える。
繰り返すから、一枚ごとの呼吸が浮かび上がる。
二枚には金繕いの直しもある。
欠けたところを漆で継ぎ、金で装う日本の修理である。
割れてなお、捨てられずに使われ続けた証だろう。
直してまで使いたい皿だったということでもある。
そろいの皿が三百年を生きのび、海を渡って美術館に並ぶ。
掛軸は一点ずつ、皿は器の数だけ。
乾山の意匠は、二つの経路で今日まで届いた。
掛軸を眺めたあとで、皿を見る。皿を見たあとで、掛軸に戻る。
往復を重ねるほどに、ひとつの同じ感覚が浮かび上がってくるはずだ。
筆と窯のあいだ。そこに、乾山という人が立っている。







