作品を知る

満月は、円い空白である——広重・北斎・欧米の夜景ほか九点

港の入口——月光
デイヴィッド・ジョンソン・ケネディ《港の入口——月光》1881年。館の記録では、灰色のグワッシュを塗った白い簀の目のない紙に、水彩・グワッシュ・鉛筆・パステル・掻き落とし。23.5×38.1センチ。番号は68.41。メトロポリタン美術館蔵。デイヴィッド・ジョンソン・ケネディ《港の入口——月光》メトロポリタン美術館蔵

技法の欄が、九点のなかでいちばん長い。

材料が五つ並び、さらに技法が一つ加わる。

まず、白い紙に灰色のグワッシュを塗る。

つまり、下地を作っている。

その上に、水彩とグワッシュとパステルで描く。

そして、掻き落としを使う。

塗った層を、鋭いもので削り取る技法である。

削ると、下の白い紙が現れる。

画面は、横長である。

中央に、白い円。

月である。

その下の水面に、光の帯が縦に伸びる。

細かい横線が、無数に並ぶ。

左に、帆船が一隻。

帆柱と索具が細い線で描かれる。

手前に、白い波が三本ほど。

空には、細長い雲が横に並ぶ。

削って、白を出す

この一点では、白い部分の多くが削って作られている。

月の円も、水面の光の帯も、波の白も。

灰色の下地を削り取ると、紙の白が出る。

そして、その線は細く、鋭い。

筆では出せない細さである。

つまり、削るという方法は、細い白い線を作るためにある。

第六回で、版画の白は彫り残しだと書いた。

こちらは、塗った上から削る。

考え方は逆だが、結果は似ている。

いずれも、下にある白を出している。

そして、削った線は消せない。

やり直しがきかない。

墨の円と、同じ性質である。

月光、ウッド島灯台
ウィンズロー・ホーマー《月光、ウッド島灯台》1894年。館の記録では、布に油彩。78.1×102.2センチ。番号は11.116.2。メトロポリタン美術館蔵。ウィンスロー・ホーマー《月光、ウッド島灯台》メトロポリタン美術館蔵

暗い画面である。

下半分に、岩と海。

岩は黒く、角ばっている。

そのあいだを、白い波が流れる。

泡が、細かく砕ける。

上半分は、空と雲である。

厚い雲が、横に長く広がる。

その雲の下端が、明るく光る。

そして、水平線のあたりに、明るい帯。

さらに、右のほうに小さな光が一つ。

灯台の明かりだろう。

月は、見えない。

雲に隠れている。

月を描かない月の絵

この一点には、月が描かれていない。

しかし、題に月光とある。

そして、画面には月の光が満ちている。

雲の縁が光り、水面が光り、波の泡が白い。

つまり、月の効果だけを描いている。

これは、月そのものを描くより難しい。

光源が見えないので、光の方向を厳密に決めなければならない。

雲のどの部分が明るいか。

波のどこが光るか。

一つでも間違えると、成立しない。

そして、成立すると、月を描くより強い。

見えないものを、見る側が補うからである。

隠れた月

ヤー川の月光
ジョン・クローム《ヤー川の月光》1816年から17年ごろ。館の記録では、布に油彩。98.4×125.7センチ。額を含めて122.4×149.9×9.2センチ。番号は1983.1.39。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。ジョン・クローム《ヤー川の月光》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

第七回でも、この画家の別の一点を読んだ。

あちらは昼の景色だった。

こちらは夜である。

画面の左に、大きな木が数本立つ。

暗い塊である。

右にも、枯れた木が一本。

枝が不規則に伸びる。

そのあいだに、水が横たわる。

水面が明るい。

空の光を映している。

そして、その水面に、光の筋が縦に伸びる。

奥に、風車らしい形が見える。

空は、雲が厚く垂れる。

その雲の切れ間だけが明るい。

月は、その明るい部分の向こうにある。

姿は見えない。

明るいのは、水面である

この一点でも、月そのものは見えない。

いちばん明るいのは、水面である。

第八回で、水が空を映すと書いた。

夜の絵では、その効果がきわめて強く出る。

まわりが暗いので、水面だけが浮かび上がる。

そして、水面の明るさが、月の位置を教えている。

光の筋がまっすぐ伸びていれば、月はその延長線上にある。

つまり、見えない月の位置が、水面から逆算できる。

九点のうち、水面に光の筋があるものは三点である。

いずれも、月が見えるか、見えないかにかかわらず、筋がある。

月の出
アンリ=ジョゼフ・アルピニー《月の出》1885年。館の記録では、布に油彩。87.6×163.2センチ。番号は86.6。メトロポリタン美術館蔵。アンリ=ジョゼフ・アルピニー《月の出》メトロポリタン美術館蔵

きわめて横長である。

幅一メートル六十三センチ。

九点のなかで、いちばん大きい。

そして、いちばん暗い。

画面の全体が、暗い褐色と緑である。

中央よりやや左に、大きな木が一本。

枝が上へ広がる。

その左右にも、低い木立。

下のほうに、水が横たわる。

わずかに明るい。

そして、木の枝の隙間に、淡い光が見える。

月である。

小さく、輪郭が曖昧である。

画像では、ほとんど判別できない。

大きい絵ほど、暗くできる

この一点は、幅が一メートル六十三センチある。

そして、画面の九割が暗い。

大きな画面では、これができる。

離れて見ることを前提にしているからである。

小さな画面で同じことをすると、何も見えない。

近くで見るしかないので、暗い部分が潰れてしまう。

一方、大きな画面なら、離れて見たときに全体の明暗が読める。

そして、近づけば細部が見えてくる。

二段階の見え方ができる。

第一回で、絵の大きさが見る距離を決めると書いた。

暗さも、同じである。

大きいほど、暗くできる。

月光の突き漁——チャコ
ジョージ・カトリン《月光の突き漁——チャコ》1854年から69年。館の記録では、厚紙に貼った板紙に油彩。47×62センチ。番号は1965.16.277。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。ジョージ・カトリン《月光の突き漁——チャコ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

第一回、第二回、第九回でも、この画家の別の一点を読んだ。

いずれも、楕円か、枠の付いた画面だった。

この一点も、灰緑色の縁が描かれている。

その中は、夜である。

画面のほとんどが、暗い青緑。

左に、細長い木が数本立つ。

葉が上でまとまる。

右にも、丸い樹冠が並ぶ。

いずれも黒い影である。

そして、中央よりやや右、水面の上に、赤い光が二つ。

火である。

その光に照らされて、人影が見える。

舟の上に立っているらしい。

月は、描かれていない。

題にだけある。