満月は、円い空白である——広重・北斎・欧米の夜景ほか九点
月を刷るには、円を残す。周りを刷って、中を空ける。その円が、画面のどこにあるかで夜の深さが変わる。九点で、月の位置と大きさを測りたい。欠けた月を描いた例は、この九点にない。月を隠す雲の描き方も、あわせて読みたい。

円を、どうやって作るか
前の回で、雪の白について書いた。
塗り残すか、塗るか。
今回は月である。
月も白い。
そして、雪と違って、形が決まっている。
円である。
その円を、画面のどこに、どうやって作るか。
材料ごとに、方法がまるで違う。
九点を並べて、それを見比べたい。
そして、月を描いていない月の絵も見たい。

きわめて細長い版画である。
高さ三十七・五センチ、幅十二・四センチ。
縦横の比が、三対一である。
第五回で触れた短冊判に近い形である。
画面の上のほうに、大きな円がある。
淡い黄色で塗られ、輪郭がはっきりしている。
満月である。
その円の下を、鳥の群れが斜めに横切る。
小さな点が、七つか八つ。
さらに下に、柳の枝が垂れる。
細い葉が、まばらに付く。
その下は、道である。
人が数人と、駕籠が一つ。
赤い衣が見える。
道の左右に、低い建物と塀。
空は、上が青灰色、下が桃色。
円は、別の版木で刷る
木版画で円を作るには、二通りある。
一つは、まわりを彫り残して、円だけを白く抜く。
紙の色がそのまま月になる。
もう一つは、円の形の版木を彫り、色を刷る。
この一点は、後者である。
月が淡い黄色に塗られている。
紙の白ではない。
つまり、月のためだけに版木を一枚使っている。
そして、円は正確でなければならない。
歪めば、月に見えない。
版木を丸く彫るのは、直線を彫るより難しい。
刃の向きを、少しずつ変えながら進める。
第五回で、版木の数が値段になると書いた。
月の円は、その一枚ぶんの手間である。
月の大きさ
九点の月の大きさを、画面に対する比で並べたい。
いちばん大きいのは、広重の版画である。
画面の幅の三分の一ほどを、円が占める。
次が、墨の円。
こちらも、画面の高さの三分の一近い。
陶器の月は、正面の面の十分の一ほど。
水彩の港の月は、それより小さい。
そして、アルピニーの月は、ほとんど点である。
実際の月は、腕を伸ばした親指の先ほどにしか見えない。
つまり、九点の多くは、実際より大きく描いている。
とくに広重の版画と、墨の円は、極端である。
なぜ大きくするのか。
一つは、主題だからである。
題に月が入っている絵では、月が主役である。
小さく描くと、主役に見えない。
もう一つは、画面の構成である。
大きな円は、画面のなかで強い形になる。
直線と角ばかりの画面に、円が一つ入る。
その対比が、構図を締める。
第七回で、木が縦の柱になると書いた。
月は、円という別の形を持ち込む。
円のまわりを、暗くしない
この一点で興味深いのは、空の色である。
月のまわりが、それほど暗くない。
青灰色である。
夜なのに、暗くない。
これは、版画では暗い色を広く刷るのが難しいためでもある。
濃い色を広い面積に刷ると、紙が波打つ。
そして、色むらが出る。
だから、夜の版画でも空は中間の明るさに留めることが多い。
代わりに、月の輪郭をはっきりさせる。
輪郭が明確なら、暗くなくても月に見える。

横長の画面が、掛軸に仕立てられている。
墨だけである。
画面の左半分に、文字が三行ほど。
大きく、勢いのある筆である。
その左端に、署名と赤い印。
右半分に、人物が一人。
輪郭線だけで描かれている。
丸い頭、丸い背中。
座って、うつむいている。
衣の襞は、数本の線で示される。
そして、その頭の後ろに、円が一つ。
細い線で、ひと筆で描かれている。
内側は白いままである。
ひと筆で描く円
この月は、線一本である。
塗っていない。
紙の白が、そのまま月になっている。
そして、その線は一度で引かれている。
途中で止めた跡がない。
墨の線は、直せない。
重ねれば、太くなる。
だから、円を描くには、一度で決めるしかない。
そして、この円はわずかに歪んでいる。
完全な真円ではない。
しかし、それが月に見える。
歪みが、手で描いたことを示している。
版画の月とは、正反対である。
あちらは正確な円だった。
こちらは、正確でないことに意味がある。
白い泥で、円を置く

第十八回で読んだ美術陶器の寄贈の、一点である。
平たい花生である。
正面から見ると楕円に近く、横から見ると薄い。
上に、短い口が付く。
下に、黒い台。
そして、正面の面に、絵が描かれている。
海である。
緑がかった灰色の波が、幾重にも立つ。
その上に、帆船が二隻。
大きいほうは、帆を張っている。
小さいほうは、その左に浮かぶ。
そして、空の中ほどに、白い円。
月である。
まわりに、雲が渦を巻く。
曲面に、絵を描く
この一点は、平らな面ではない。
わずかに膨らんでいる。
その曲面に絵を描くと、正面から見たときにだけ正しく見える。
横から見ると、歪む。
つまり、見る角度が決まっている。
そして、円を描くのがさらに難しくなる。
曲面の上で真円を描いても、正面から見ると楕円になる。
正面から円に見えるようにするには、曲面の上では横に伸ばして描く必要がある。
この一点の月が、そう描かれているかどうかは、画像からは判別できない。
しかし、正面から見て円に見えている。
技法の欄には、陶器とあるだけである。
絵をどう置いたかは書かれていない。
第十八回で、美術陶器の記録が三語で片づくと書いた。
ここでも同じである。