画家を知る

波の白は、紙の白か、絵具の白か——ウィリアム・トロスト・リチャーズ

現地では、海を描いていない

答えの手がかりは、現地で描いた素描にある。

グッド・ハーバー・ビーチ、ケープ・アン、マサチューセッツ
ウィリアム・トロスト・リチャーズ《グッド・ハーバー・ビーチ、ケープ・アン、マサチューセッツ》1871年か1873年ごろ。黄褐色の紙に黒鉛。縦25.7センチ、横37センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・トロスト・リチャーズ《グッド・ハーバー・ビーチ、ケープ・アン、マサチューセッツ》メトロポリタン美術館蔵

薄い鉛筆の線で、砂浜と岩と遠い岬が引かれている。

画面の右半分は、ほとんど白い。海面には線がほとんど無い。

セカンド・ビーチ、ニューポート
ウィリアム・トロスト・リチャーズ《セカンド・ビーチ、ニューポート》1878年ごろ。灰白色の紙に黒鉛。縦25.4センチ、横37.8センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・トロスト・リチャーズ《セカンド・ビーチ、ニューポート》メトロポリタン美術館蔵

こちらも同じである。

岩の重なりと草の生え方は細かく描かれ、海と空は白紙のまま残されている。

現地の素描で記録しているのは、動かないものだけだ。

岬の形、岩の傾き、砂の帯の幅。次に来たときも同じ場所にあるものである。

動くものは、その場では描かない。

線の性質も見ておきたい。輪郭を一度で決めず、細い線を何本も重ねて位置を探っている。

岩の稜線だけが濃く、面の内側は薄い。あとで色を置く前提の線である。

つまりこれは完成品ではなく、寸法と位置を持ち帰るための記録である。

同じ画家のスケッチブックには、文字だけの頁もある。

1885年に太平洋岸を旅したときの帳面には、岬の岩の様子を書き記した頁が残っている。

所蔵館はその頁を「岩についての記述」として登録している。

絵にならない情報は、文字で持ち帰っていたことになる。

波は、別の紙で練習する

では波はどこで描かれたのか。

小さなスケッチブックの中である。

海に砕ける波(スケッチブックVIIより)
ウィリアム・トロスト・リチャーズ《海に砕ける波(スケッチブックVIIより)》1886年。灰白色の紙に黒鉛。縦12.7センチ、横19.1センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・トロスト・リチャーズ《海に砕ける波(スケッチブックVIIより)》メトロポリタン美術館蔵

葉書より小さい紙である。

水平線が一本引かれ、その手前に波が一つ。

長い平行線で斜面を作り、頂で線がほどけ、輪のような形が並ぶ。

濃淡はほとんどない。波の骨格だけが描かれている。

荒れた海(スケッチブックVIIより)
ウィリアム・トロスト・リチャーズ《荒れた海(スケッチブックVIIより)》1886年。灰白色の紙に黒鉛。縦12.7センチ、横19.1センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・トロスト・リチャーズ《荒れた海(スケッチブックVIIより)》メトロポリタン美術館蔵

同じ寸法の紙に、こちらは空がハッチングで塗られている。

左右に黒い岩が置かれ、そのあいだで波が連続して崩れている。

用紙の端に綴じ穴が見える。帳面の一枚である。

このスケッチブックには、こうした波の頁が何十枚も続く。

同じ帳面には、木立や川岸の頁も混じっている。

1886年6月に川べりで描いた頁と、波の頁が同じ綴じの中にある。

主題ごとに帳面を分けてはいない。持ち歩ける一冊に、その日の対象を入れていく。

上着に入る大きさだからこそ、毎日開ける。

崩れる波には段階がある。盛り上がり、斜面が透け、頂が巻き込み、白く崩れ、引いていく。

段階ごとに、描くべきものが違う。

盛り上がりでは面の傾き。透ける斜面では向こうの光。巻き込みでは影の帯。

崩れた白では泡の粒。引き波では濡れた砂の照り。

一枚の絵に全部を入れると、どこも見せ場にならない。

だから完成作では、どれか一つを主役に決めている。

《岩の海岸》は崩れた白、《ニュージャージーの浜》は引き波の照りである。

素描はその段階のどこを写したかで区別できる。

同じ動きを繰り返し描いて、形を手に入れていく作業である。

現地では動かないものを、帳面では動くものを。役割が分かれている。

波を写生できないのは、速さのせいだけではない。

同じ形が二度と来ないため、見比べる相手がいないからだ。

だから画家は、何十枚も描いて平均を作る。

十分に描くと、目の前の波を見なくても、崩れ方の筋道が引けるようになる。

写真が普及した時期でもあるが、この帳面に写真の痕跡は見えない。

止まった一枚では、崩れる順序が分からないからだろう。ここは推測である。

大きな水彩が、作品になった時代

そして、この二つが一枚に合わさる。

岩の海岸
ウィリアム・トロスト・リチャーズ《岩の海岸》1877年。褐色の繊維質の紙に水彩・グワッシュ。縦71.4センチ、横92.1センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・トロスト・リチャーズ《岩の海岸》メトロポリタン美術館蔵

先の《パーガトリー・クリフ》の三倍近い大きさである。

空は灰色の雲に覆われ、光は弱い。海の色も暗い。

手前は平らな岩棚。層に沿って割れ、水たまりが残っている。

中央に角柱のような岩が立ち、右奥の崖で波が高く砕けている。

海鳥が二十羽ほど、灰色の空に散っている。

先の一枚と同じ主題でありながら、天気が正反対である。

晴れた日の海と、曇った日の海。画家は両方を商品にしている。

紙は褐色である。だから明るい泡は不透明の白で置くしかない。

崖の縁と波頭を見ると、絵具が盛り上がって紙の目に乗っているのが分かる。

これは習作ではない。展覧会に出すための一枚である。

寸法を思い出してほしい。縦71.4センチ、横92.1センチ。

同じ壁に油彩と並べて掛けられる大きさである。

水彩を油彩と同じ土俵に上げるには、この寸法が必要だった。

1866年、ニューヨークで水彩画家の協会が発足した。水彩だけの展覧会が定期的に開かれるようになる。

この作品は、19世紀アメリカの著名な収集家の手に入り、1887年に美術館へ遺贈された。

所蔵館の受け入れ記録が「ウルフ・コレクション」となっているのは、その経緯である。

水彩が、下絵ではなく買われる作品になっていた。

大判の水彩は、油彩より軽く、額装も安い。値段も油彩より抑えられる。

一方で、光に弱い。長く展示すれば色が退く。

だから所蔵館は、いまも水彩の展示期間を短く区切っている。

同じ画家の油彩は常設に出ていても、水彩は数か月で収蔵庫に戻る。

私たちが公開画像でこれらを並べて見られるのは、その制約の外にいるからである。