画家を知る

隙間を、果物で埋める——セヴェリン・ローゼン

卓の上に、花と果物が山のように積まれる。隙間を残さないことが、この画家の方針だった。咲く時期の揃わない花が同じ画面にある理由や、没年に疑問符が付く記録まで含めて六点を見る。移民としてこの国へ渡った経歴にも、短く触れておきたい。

静物・花と果物
静物・花と果物》メトロポリタン美術館蔵

花と果物が、山になる

一枚の静物画から始めたい。

静物・花と果物
セヴェリン・ローゼン《静物・花と果物》1850〜55年。油彩・画布。縦101.6センチ、横128センチ。メトロポリタン美術館蔵。1967年購入。静物・花と果物》メトロポリタン美術館蔵

横に長い、大きな画面である。

横が128センチある。

左半分に、花の束が盛り上がる。

薔薇、牡丹、朝顔、矢車菊。

白、桃色、赤、紫、黄。

数えると、二十種類を超える。

その下には、石の台がある。

右半分には、果物が並ぶ。

葡萄、桃、木苺、林檎。

籠に盛られ、台からこぼれる。

背景は暗い褐色で、右上だけが明るい。

隙間を、埋める

この一枚には、隙間がほとんどない。

花と果物と葉が、画面を埋め尽くす。

そして、それぞれが重なり合う。

つまり、密度が極端に高い。

静物画には、余白を生かす型もある。

少数の器を、広い空間に置く。

この画家は、その逆をいく。

とにかく、詰める。

詰めることの効果

密度を上げると、何が起きるか。

まず、豊かさが伝わる。

これだけの花と果物がある、という印象になる。

次に、目が止まらなくなる。

一つ見れば、隣が目に入る。

そして、次々に移っていく。

つまり、見る時間が長くなる。

商品としては、これは利点である。

飽きにくい絵になる。

描いた人について

セヴェリン・ローゼンは、一八一六年に生まれた。

現在のドイツ、ライン川沿いの町の出身である。

一八四〇年代に、米国へ渡ったとされる。

そして、ニューヨークとペンシルヴェニアで静物画を描いた。

美術館の記録では、没年に疑問符が付いている。

一八七二年か、という書き方である。

つまり、最期が確定していない。

記録に残らないまま、消息が途絶えた画家である。

没年に、疑問符が付く

没年が分からない画家は、珍しくない。

とくに、移動の多い画家や、無名に近い画家に多い。

死亡の記録が残らない。

あるいは、別の土地で亡くなる。

ローゼンについても、晩年の記録が乏しいとされる。

館は、その状態をそのまま記す。

一八七二年か、という表記である。

分からないことを、疑問符で示す。

移民の画家

ローゼンは、欧州から渡ってきた画家である。

そして、故郷の様式を持ち込んだ。

花と果物を大量に積む静物画は、北方の伝統に連なる。

十七世紀の低地地方で確立した型である。

その型を、十九世紀の米国で描く。

つまり、二百年前の様式が、新大陸で続いている。

当サイトの
花だけを描くでも、静物画の伝統に触れた。

花の種類を、描き分ける

一枚目の花を数えてみたい。

薔薇、牡丹、朝顔、矢車菊、百合、菊。

そして、名を特定しにくい小さな花が多数。

いずれも、花びらの形が描き分けられている。

薔薇は幾重にも巻き、牡丹は大きく開く。

朝顔は漏斗の形、矢車菊は細かく裂ける。

つまり、植物の観察にもとづいている。

花を漠然と描いているのではない。

咲く時期が、揃わない

もう一つ、気づくことがある。

一枚に描かれた花の咲く時期が、揃っていない。

春の花と、夏の花と、秋の花が同居する。

つまり、実際には同時に見られない組み合わせである。

これは、静物画では珍しくない。

写生を蓄えておき、後で組み合わせる。

あるいは、標本や図譜を参照する。

つまり、目の前の花束を写したのではない。

構成された花束である。

果物だけの一枚

二点目は、花がない。

静物・果物
セヴェリン・ローゼン《静物・果物》1855年。油彩・画布。縦91.4センチ、横127センチ。メトロポリタン美術館蔵。ロジャーズ基金、1963年購入。静物・果物》メトロポリタン美術館蔵

横に長い画面である。

石の台の上に、果物が並ぶ。

中央には、籠に盛られた葡萄。

その左には、脚付きの器に木苺。

さらに左には、硝子の水差しと杯。

右には、切られた西瓜がある。

赤い果肉と、黒い種が見える。

そして、桃、林檎、葡萄が台からこぼれる。

奥には、蔓と葉が広がる。

背景は暗い灰緑である。

切って、中を見せる

西瓜が切られていることに注目したい。

赤い果肉と、種が見える。

つまり、外側だけでなく内側も描かれる。

静物画では、この処理がよく使われる。

果物を切ると、色と質が二つになる。

皮の緑と、果肉の赤。

その対比が、画面を豊かにする。

そして、描く技術も見せられる。

硝子を、描く

左の硝子の器に注目したい。

透明で、後ろが透ける。

そして、表面が光を反射する。

つまり、透過と反射を同時に描く必要がある。

静物画で最も難しい対象の一つである。

この画家は、細い白い線を数本置く。

そして、縁の部分だけを明るくする。

それで、硝子に見える。

大きな画面と、小さな画面

六点の寸法を整理したい。

最も大きいのが、横128センチ。

最も小さいのが、縦34.9センチ。

つまり、幅がある。

大きなものは、居間の壁に掛ける絵である。

小さなものは、より私的な場所に置く。

同じ画家が、両方を描いている。

注文主の予算と、飾る場所に応じて、大きさを選ぶ。

十九世紀の家に、掛ける

十九世紀半ばの米国では、静物画に需要があった。

新しく財を得た層が、家を飾る。

そして、食卓や居間に掛ける絵として、静物が選ばれた。

花と果物は、豊かさの象徴でもある。

つまり、家の繁栄を示す。

主題と用途が、うまく一致している。

そのため、同じ型の絵が繰り返し描かれた。

六点にも、その繰り返しが見える。

同じ品を、繰り返す

六点に登場する果物を数えたい。

葡萄が六点すべて。

桃が五点、林檎が四点、木苺が三点。

つまり、同じ果物が繰り返される。

そして、器も似ている。

脚付きの白い器、籠、硝子の杯。

つまり、手持ちの道具と主題を使い回している。

前回の記事でも、同じ点に触れた。

静物画家は、繰り返しの中で腕を上げる。