画家を知る

花だけを、四十三年——ファンタン=ラトゥールの静物

ファンタン=ラトゥールは同じ主題を四十三年描き続けた。器を選び、白い布を敷き、やがて器を省く。枠を固定すると細部が見えてくる。九点を年代順に並べて、その変化を確かめる。花の絵がイギリスで売れた事情にも触れておきたい。

薔薇と百合
アンリ・ファンタン=ラトゥール《薔薇と百合》メトロポリタン美術館蔵

花と、卓の面だけがある

一枚の絵から始めたい。

薔薇と百合
アンリ・ファンタン=ラトゥール《薔薇と百合》1888年。油彩・画布。縦59.7センチ、横45.7センチ。メトロポリタン美術館蔵。アンリ・ファンタン=ラトゥール《薔薇と百合》メトロポリタン美術館蔵

縦長の画面である。縦59.7センチ、横45.7センチ。

画面の上半分に、白い百合が立っている。

透明なガラスの筒に挿され、茎が水の中で見える。

花は六輪ほど。細長い花弁が開き、中心に黄色い蕊がある。

下半分には、浅い器に薔薇が盛られている。

白、淡黄、桃色。開いた花と蕾が混じる。

卓の面は褐色で、水平の線が一本引かれている。

背景は灰褐色。上から下へ、わずかに明るくなる。

右上に署名と年記がある。

描かれているのは、この五つだけである。

花、器、水、卓、そして背景。

背景の作り方を見ておきたい。

一色に近いが、均一ではない。

上部はやや暗く、花の周囲だけがわずかに明るい。

つまり花の輪郭に沿って、背景の明度が調整されている。

白い百合の縁が背景に沈まないよう、後ろを暗くしている。

逆に薔薇の周囲は明るく、花の重さが軽く見える。

背景は「塗った面」ではなく「調整された面」である。

静物画では、この調整が絵の質を決める。

四十三年間、ほぼ同じ主題を描いた

この画家について、まず制作年を並べてみたい。

当サイトが公開している作品は23点ある。

最も古い一点は1860年。最も新しい一点は1903年である。

その間、四十三年。

そして、内容はほとんどが静物である。

花、果物、器、卓。主題の幅は驚くほど狭い。

内訳を挙げてみたい。

花の絵、果物の絵、花と果物を組み合わせた絵。

それに自画像が一点。

肖像、風景、物語の場面はほとんど無い。

実際にはこの画家は、群像の肖像や音楽に関わる版画も手がけている。

しかし当サイトの公開分は、ほぼ静物である。

つまり公開されている作品の構成が、画家の印象を決めていることになる。

美術館ごとの収蔵の偏りが、そのまま伝わっている。

そして、この偏りには理由がある。

花の静物画は数が多く、市場に出回りやすい。

群像の肖像は大きく、公共の施設に収まることが多い。

つまり流通しやすい主題が、公開作品として集まる。

私たちが見ている「画家の全体像」は、市場の形をしている。

一人の画家が、同じ主題を四十年以上描き続けたことになる。

問い——同じものを繰り返すと、何が起きるのか

ここから本稿の問いに入りたい。

同じ主題を繰り返す仕事は、退屈に見えるかもしれない。

しかし、繰り返しには目的がありうる。

精度を上げる。条件を変える。市場に応える。

四十年の作品を年代順に並べれば、何が変わったかが読める。

以下、確かめていきたい。

先に結論を書いておく。

四十三年で変わったのは輪郭の硬さと色数である。

変わらなかったのは、卓と光と背景の骨格である。

枠を固定して中身を替える。それが反復の設計だった。

静物画という選択

静物画の位置についても書いておきたい。

19世紀のフランスでは、絵の分野に序列があった。

歴史画が最上位、次に肖像、風景、そして静物である。

官展での評価も、この序列に沿っていた。

つまり静物を選ぶことは、序列の下位に留まることを意味した。

それでも静物を選ぶ理由はいくつかある。

一つは市場である。家庭に飾る絵として需要があった。

二つは条件である。モデルを雇う必要がなく、天候にも左右されない。

三つは技術の訓練である。物の質感と光を、繰り返し検討できる。

この画家は、群像の肖像や版画の仕事もしていた。

しかし収入の柱は花の絵だったと説明される。

序列の下位で市場を得るという選択は、他の画家にも見られる。

一族で分野を分けた例は別のコラムで扱った。

序列と市場は、しばしば逆向きに働く。

二十代の自画像

まず、静物以外の一点を見ておきたい。

自画像
アンリ・ファンタン=ラトゥール《自画像》1861年。油彩・画布。縦25.1センチ、横21.4センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アンリ・ファンタン=ラトゥール《自画像》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

小さな絵である。縦25.1センチ、横21.4センチ。

若い男が描かれている。

髪は乱れ、額の上で立っている。

顔は下を向き、目は伏せている。こちらを見ていない。

黒い上着に、白い襟が細く覗く。

背景は灰褐色で、平らに塗られている。

左上に署名がある。

顔の描き方は薄い。肌の色は少なく、影は褐色である。

自画像でありながら、視線を外している。

自分を主題にしながら、正面から向き合っていない構成である。

最初期の一点——白い布の上の食卓

マスタード壺のある静物
アンリ・ファンタン=ラトゥール《マスタード壺のある静物》1860年。油彩・画布。縦26センチ、横40センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アンリ・ファンタン=ラトゥール《マスタード壺のある静物》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

1860年の作である。画家は二十代半ばだった。

白い布が卓に掛けられている。

その上に、白い磁器の壺が置かれている。蓋から小さな匙が突き出す。

隣に白い皿が二枚重なり、上にレモンが半分置かれている。

黒い柄のナイフが皿の上に斜めに載る。

背景は暗い赤褐色で、卓の縁が斜めに走る。

つまり画面のほとんどが白い布と白い器である。

白の中に、レモンの黄と柄の黒が置かれる。

色数を極端に絞った構成である。

若い時期に、この難しい課題を選んでいることに注目したい。

白いものを白いままで描き分けるには、明度の判断が要る。

布の描き方も見ておきたい。

襞は硬い線ではなく、面の傾きとして示されている。

明るい面、影の面、そのあいだの中間。三段で構成されている。

そして影の中に青みが入っている。

白い布の影は灰色ではなく、青灰色として描かれている。

つまり無彩色の主題に、わずかな色を含ませている。

この判断が、白を生きた白にしている。