画家を知る

隙間を、果物で埋める——セヴェリン・ローゼン

縦に積む構図

この一枚は、縦に積み上げる構図である。

下に台と果物、中央に壺、上に花。

つまり、三段になっている。

そして、上へ行くほど明るく、軽くなる。

下は暗く、重い。

上は明るく、開いている。

縦長の画面では、この上下の差が要になる。

均等に詰めると、間延びする。

一八四八年という年

この一枚は、六点の中で最も早い。

一八四八年である。

つまり、米国へ渡ってまもない時期だろう。

そして、様式はすでに完成している。

密に詰め、細かく描き分ける。

その方法は、故郷で身につけたものと考えられる。

渡米後に変わったのではない。

持ち込んだ型を、そのまま使い続けている。

蝶と、虫

この一枚の下部に注目したい。

小さな蝶が、台の縁にとまっている。

そして、白い花の上にも、小さな虫が見える。

静物画には、こうした虫がよく描かれる。

理由は、いくつかある。

まず、細密な描写の見せ場になる。

次に、生きているものが加わることで、静物に動きが出る。

そして、時間の経過を示すとも読まれる。

花はやがて枯れ、果物は腐る。

花の絵に、意味を読むか

静物画には、意味を読む伝統がある。

花は儚さ、果物は豊かさ、虫は腐敗。

つまり、時間の経過と生の有限さを示す。

十七世紀の低地地方の静物画では、この読みが強い。

一方、十九世紀の米国の静物画では、装飾の性格が強い。

家を飾り、豊かさを示す。

つまり、同じ型でも意味が変わる。

六点をどちらで読むかは、判断が分かれる。

当サイトとしては、断定しない。

桃だけの一枚

六点目は、小さい。

桃、葡萄、林檎
セヴェリン・ローゼン《桃、葡萄、林檎》制作年不明。油彩・板。縦34.9センチ、横46センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。桃、葡萄、林檎》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

六点の中で、最も小さい。

石の台の上に、白い布が広げられる。

布の端には、金色の房飾りが付く。

その上に、桃が四つ並ぶ。

黄と赤の斑があり、皮の産毛が見える。

その周りに、黒い葡萄が散る。

そして、黄緑の葡萄が一房ある。

奥には、林檎が一つ見える。

背景は、黄土から褐色へ移る。

品数を、減らす

この一枚は、他の五点より品数が少ない。

桃、葡萄、林檎。

三種類だけである。

つまり、密度が低い。

そのぶん、一つずつが大きく描かれる。

桃の産毛、葡萄の粉、布の襞。

いずれも、丁寧に描かれる。

大きな画面では詰め、小さな画面では絞る。

寸法に応じて、品数を変えている。

桃の産毛を、描く

桃の表面に注目したい。

わずかに、ぼやけて見える。

つまり、産毛が描かれている。

輪郭を硬く締めると、産毛は出ない。

だから、縁をわずかにぼかす。

そして、明るい部分に細かい点を置く。

その処理で、柔らかい皮になる。

同じ画面の葡萄は、逆に輪郭が硬い。

つまり、果物ごとに描き分けている。

白い布と、房飾り

台に広げられた白い布も見ておきたい。

襞が深く、複雑に折れる。

そして、端に金色の房飾りが付く。

布は、静物画の常連である。

理由は、形が自由だからである。

そして、明るい面を作れる。

暗い背景と、色の濃い果物。

その間に、白い布が入る。

明るさの段階が、そこで整理される。

布の房飾り

金色の房飾りにも触れておきたい。

糸が束ねられ、垂れている。

そして、一本ずつに光と影が入る。

小さな部分だが、手間はかかる。

こうした飾りは、豊かさを示す小道具でもある。

高価な布には、房飾りが付く。

つまり、布の格が示される。

果物だけでなく、器や布も豊かさを語っている。

六点の年代

年代を並べたい。

一八四八年、一八五〇〜五五年、一八五五年。

一八六五〜七〇年が二点。

そして、制作年不明が一点。

つまり、二十年ほどに散っている。

初期の作は大きく、後年の作は小さい。

そして、後年は楕円が使われる。

需要と流行に応じて、形と大きさが変わっている。

六点の受け入れ年

来歴も見ておきたい。

一九六三年、一九六七年、二〇〇四年が二点。

そして、館の記録に年のないものが二点。

つまり、二十世紀後半以降の受け入れである。

米国の十九世紀の静物画への関心は、二十世紀に高まった。

それまでは、装飾的な絵として軽く見られていた。

評価が変われば、収集も変わる。

六点の受け入れ年は、その変化を映している。

静物画の地位

静物画は、長く低い地位に置かれてきた。

当サイトでは、繰り返しこの点に触れてきた。

歴史画、肖像画、風景画、静物画。

この順で格が下がるという考え方があった。

しかし、家庭では最も好まれた分野の一つである。

食堂に果物の絵、居間に花の絵。

つまり、飾る場所と主題が結びついている。

格の低さと、需要は別である。

同じ主題を、繰り返す画家

ローゼンは、生涯にわたって静物だけを描いた。

肖像も、風景も、歴史画もない。

つまり、一つの分野に絞っている。

そして、同じ果物と器を繰り返す。

こうした画家は、十九世紀に少なくない。

分野を絞れば、注文が集まりやすい。

果物の絵といえば、あの画家。

そういう評判が、仕事を呼ぶ。

署名は、どこにあるか

六点のいくつかには、署名が見える。

台の縁や、画面の隅に小さく記される。

静物画では、署名の位置が工夫される。

石の台に彫ったように書く、あるいは紙片に書く。

つまり、署名まで絵の一部にする。

前回の記事でも、同じ趣向に触れた。

三点目と四点目の右下にも、文字らしきものが見える。

拡大して探してみてほしい。

果物を、こぼす

六点に共通する仕掛けがある。

果物が、台の縁からこぼれている。

葡萄の房が垂れ、桃が転がる。

つまり、整然と並べていない。

そして、いくつかは画面の外へ出そうになる。

この不安定さが、画面に動きを与える。

きちんと並べると、標本の図になってしまう。

崩すことで、絵になる。

六点を、順に見る

見方を提案して、終わりたい。

六点の葡萄だけを、順に見比べてほしい。

黒い葡萄と、黄緑の葡萄。

いずれも、粒が一つずつ描かれる。

そして、表面に白い粉が乗る。

その粉を、薄い灰色で描いている。

さらに、粒の上に光の点が一つ入る。

その点の位置が、粒ごとにわずかに違う。

つまり、光源の位置が計算されている。

数百粒の葡萄が、同じ光の下にある。

その一貫性が、この画家の仕事である。

粒を数えるつもりで、六点を見てほしい。

数百粒の光の点が、そこに並んでいる。

それを一つずつ置いた手を、想像してほしい。

静物画とは、そういう根気の絵である。

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