画家を知る

肖像は、家の資産だった——ジョン・シンガー・サージェント

問い——注文主は、何を買ったのか

ここで問いを立てたい。

肖像画の注文主は、いったい何にお金を払ったのか。

似ていることだけなら、写真で足りる。

答えの手がかりに、パリ時代の一枚を見たい。

マリー・ビュロズ・パイユロン(エドゥアール・パイユロン夫人)
ジョン・シンガー・サージェント《マリー・ビュロズ・パイユロン(エドゥアール・パイユロン夫人)》1879年。油彩・画布。縦211.2センチ、横104.4センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジョン・シンガー・サージェント《マリー・ビュロズ・パイユロン(エドゥアール・パイユロン夫人)》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

劇作家パイユロンの夫人を、屋外の芝の上に立たせている。

黒いレースのドレス。赤みのある髪。足元には落ち葉が散る。

室内で澄まして座る、という肖像の常識を外した設定である。

草は速い筆で払われ、ドレスの黒には緑や紫がまざる。

顔は精密に、周囲は大胆に。仕上げの密度が、画面の中で意図的に変えられている。

この落差が、見る側の視線を顔へ運ぶ。

注文主が買ったのは、この「描き方」である。

つまり、当代で最も洒落た筆づかいで描かれた自分、という商品だった。

サージェントの肖像は、似せた上で、モデルを実物より現代的に見せた。

パイユロン夫人の肖像は、画家がまだ23歳のときの仕事である。

この注文の成功が評判を呼び、パリの文壇と社交界から注文が続いた。

肖像画家の商売は、一枚ごとの出来がそのまま次の広告になる。

展覧会は見本市であり、モデルは歩く宣伝だった。

だからこそ画家は、展覧会に出す肖像の出来に神経を尖らせた。

一枚の評判が、翌年の注文帳を左右する。

次の節の事件は、その仕組みが裏目に出た例である。

事件が、市場を変えた

1884年、パリで事件が起きる。

サージェントが展覧会に出したある夫人の肖像が、
露出と姿勢をめぐって激しい非難を浴びた。

注文主の一族は困惑し、パリの顧客はサージェントを警戒した。

彼は拠点をロンドンへ移す。

問題の絵で、画家は自信作のつもりだった。

肩紐と肌の白さが放埒と受け取られ、新聞は嘲笑した。

モデルの母親は絵を引き取らせようとしたと伝えられる。

注文で成り立つ商売にとって、注文主の社会での評判は生命線である。

この事件は、肖像画が画家一人の作品ではないことを裏側から証明した。

出来の良さと、商品としての適否は別の物差しである。

肖像画は常に、その二つの物差しの間で描かれる。

パリの醜聞は、しかしロンドンとニューヨークでは逆に宣伝として働いた。

大胆すぎる画家という評判は、海を渡れば新しさの保証になった。

《ヘンリー・ホワイト夫人》は、まさにこの転機の年、1883年の作である。

モデルはアメリカの外交官の妻で、ロンドン社交界の中心にいた人物である。

この絵は1949年まで一族の手にあり、遺族の寄贈で公共の収蔵に入った。

肖像画は、まず家のために描かれ、家からしか出てこない。

所蔵記録の寄贈者名が、その事情を今に伝えている。

黒の夫人と、白の夫人

円熟期の二枚を並べたい。

エレオノーラ・オドネル・アイセリン(エイドリアン・アイセリン夫人)
ジョン・シンガー・サージェント《エレオノーラ・オドネル・アイセリン(エイドリアン・アイセリン夫人)》1888年。油彩・画布。縦153.7センチ、横93センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジョン・シンガー・サージェント《エレオノーラ・オドネル・アイセリン(エイドリアン・アイセリン夫人)》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵
ジョージ・スウィントン夫人(エリザベス・エブスワース)
ジョン・シンガー・サージェント《ジョージ・スウィントン夫人(エリザベス・エブスワース)》1897年。油彩・画布。縦231センチ、横124センチ。シカゴ美術館蔵。ジョン・シンガー・サージェント《ジョージ・スウィントン夫人(エリザベス・エブスワース)》シカゴ美術館蔵

アイセリン夫人は、ニューヨークの資産家の妻である。

黒いサテンの喪服風のドレスで、まっすぐこちらを見る。

口元は固く、指先はテーブルの上で軽く立てられている。

この指先が、絵全体の要である。

胸を張るでもなく、微笑むでもなく、指一本で気丈さを語らせる。

飾り立てず、威厳と意志だけを残した肖像である。

一方のスウィントン夫人は、白いドレスに桃色の長椅子。

頭には小さな冠飾りが光り、身体は斜めにひねられ、視線は横を向く。

アイセリン夫人については、逸話が伝わる。

夫人は着飾った衣装を何着も用意したが、
画家は普段着の黒いドレスの姿を選んで描いたと伝えられる。

また後年、サージェントはこの夫人の「親指を覚えている」と語ったという話も残る。

いずれも伝聞だが、テーブルに立てた指の存在感とは辻褄が合う。

黒の夫人は正面から、白の夫人は舞台の上のように。

サージェントは、モデルごとに「見せ方」を設計し直した。

型は同じ等身大の立像でも、性格の演出がまるで違う。

九年の隔たりも効いている。1888年の黒は引き締まり、1897年の白はうねる。

画家の筆は、時代の好みと一緒に動いていた。

注文主が買ったものの正体は、この演出料だと言ってよい。

なお二枚とも、家具は最小限である。

背景を削るほど、布と顔に視線が集まる。引き算も演出のうちだった。

なお、スウィントン夫人の画面には「John S. Sargent」の署名が残る。

署名は、商品の保証書でもあった。

男の肖像は、扉の前に立つ

男性の注文主も見ておきたい。

ピーター・A・B・ウィドナー
ジョン・シンガー・サージェント《ピーター・A・B・ウィドナー》1902年。油彩・画布。縦148.9センチ、横98.4センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジョン・シンガー・サージェント《ピーター・A・B・ウィドナー》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

フィラデルフィアの実業家で、美術収集家のウィドナーである。

黒い服、口髭、暗い背景。手は磨かれた扉に掛かる。

装飾はほとんどない。黒の中の黒を描き分ける、渋い画面である。

この絵は「ウィドナー・コレクション」として美術館に入った。

つまり、注文主の集めた名画たちと一緒に、注文主自身の肖像も寄贈された。

レンブラントやフェルメールと同じ壁を目指した収集家が、
自分の姿はサージェントに託した。

20世紀初頭の肖像市場で、彼がどの位置にいたかを示す事実である。

男性像の演出は、女性像と型が違う。

衣装の見せ場がない分、姿勢と手と、黒の階調で人物を語る。

扉に掛けた手の無造作さが、この人物の実務家らしさを担っている。