作品を知る

影は、どちらへ伸びているか——欧米絵画・版画・素描ほか九点

訪問
ピエトロ・ロンギ《訪問》1746年。館の記録では、布に油彩。61×49.5センチ。番号は14.32.2。メトロポリタン美術館蔵。ピエトロ・ロンギ《訪問》メトロポリタン美術館蔵

縦長の室内である。

壁が緑がかった灰色である。

そこに、額に入った肖像が二つ掛かる。

いずれも小さい。

画面の中央に、女性が座る。

淡い桃色の大きな衣を着ている。

裾が床に広く広がる。

膝の上に、白い布と、小さなもの。

その左に、しゃがんだ女性。

黄色い衣で、こちらに背を向ける。

後ろに、男性が二人立つ。

白い鬘をかぶり、黒い上着を着る。

右手には、黒衣の人物が座る。

聖職者らしい。

右下に、模様のある布を掛けた台。

左に、赤い椅子。

部屋の広さを、どう示すか

この一点では、部屋の全体が見えない。

壁の一部と、床の一部だけである。

天井も、窓も描かれていない。

つまり、部屋の広さが分からない。

そして、それでよい。

この絵の主題は、人の集まりだからである。

第一回で、役者絵が背景を描かないと書いた。

同じ考え方である。

見せたいものだけを残す。

一方、パンテオンの一点では、建物が主題だった。

だから、丸屋根の全体が描かれている。

主題が人か、建物かで、部屋の描き方が変わる。

国勢調査
フランシス・ウィリアム・エドモンズ《国勢調査》1854年。館の記録では、布に油彩。71.1×96.5センチ。番号は2006.457。メトロポリタン美術館蔵。フランシス・ウィリアム・エドモンズ《国勢調査》メトロポリタン美術館蔵

第十七回でも、この画家の写生帖を読んだ。

横長の室内である。

薄暗い部屋の中である。

中央に、暖炉。

その前に、男が立つ。

緑の上着で、両手で何かを持つ。

その右に、帽子をかぶった男。

開いた帳面を持ち、書き込んでいる。

その足もとに、少年が一人。

紙束を抱える。

左には、女性が二人と、子どもが三人。

一人は赤子を抱く。

床には、敷物と、道具が散らばる。

そして、右奥に戸口がある。

そこだけが明るい。

外の緑が見える。

戸口が、明かりの窓になる

この部屋には、窓が見えない。

明るいのは、右奥の戸口だけである。

そして、その明るさが、部屋の暗さを際立たせる。

第三回で、橋の孔が枠になると書いた。

戸口も、同じ働きをする。

暗い部屋に、明るい四角が一つ。

目は、そこへ引かれる。

しかし、この絵では人物が中央にいる。

だから、目は戸口へ行き、そして中央へ戻る。

そういう視線の動きが作られている。

明るい部分を主題からずらすと、こうなる。

壁のない室内

両国の新吉原仮宅の図
喜多川歌麿《両国の新吉原仮宅の図》1784年。館の記録では、木版画、紙本着色。30.8×43.2センチ。番号はJP735。日本、江戸時代。メトロポリタン美術館蔵。喜多川歌麿《両国の新吉原仮宅の図》メトロポリタン美術館蔵

横長の版画である。

第十七回で扱った浮絵の系統である。

画面の中央に、広い座敷がある。

天井の梁が、奥へ収束していく。

床の縁も、同じ点へ向かう。

つまり、一点透視で描かれている。

座敷には、女性が十人以上いる。

いずれも立ち姿か、座り姿。

衣は淡い色で、細かい文様が入る。

そして、左側の壁がない。

開け放たれている。

その向こうに、外の景色が見える。

低い建物と、水。

右手前に、大きな衝立が立つ。

上部に、題箋。

壁を外すと、光が全部入る

日本の建物では、壁が動く。

障子も、襖も、外せる。

だから、室内と屋外の境が曖昧になる。

この版画でも、左が完全に開いている。

つまり、光が壁一面から入る。

影ができにくい。

そして、実際にこの版画には影がない。

人物にも、柱にも、床にも。

第十一回で、版画は影を描かないことが多いと書いた。

色を重ねる手間が増えるからである。

しかし、それだけではない。

壁を開けた室内では、そもそも影が弱い。

建物の作りと、描き方が対応している。

市村座で「暫」を演じる二代目市川団十郎
鳥居清忠《市村座で「暫」を演じる二代目市川団十郎》1738年ごろ。館の記録では、木版画、紙本着色。縦42.5センチ、横63.5センチ。番号はJP1567。日本、江戸時代。メトロポリタン美術館蔵。鳥居清忠《市村座で「暫」を演じる二代目市川団十郎》メトロポリタン美術館蔵

横長の大きな版画である。

芝居小屋の内部である。

画面の上に、太い梁が何本も渡る。

木の骨組みが、そのまま見えている。

その下に、客席が広がる。

四角く区切られた枡が、床に並ぶ。

そこに、人が何十人も座っている。

さらに、両側の二階にも人がいる。

画面の右手前に、舞台がある。

そこに、大きな衣装の役者が立つ。

腕を広げ、見得を切っている。

その正面に、囃子方らしい人影。

線は細く、色は淡い。

屋根のある室内

芝居小屋は、屋根がある。

しかし、この版画では屋根が描かれていない。

梁だけが見える。

つまり、上から見下ろす角度で、屋根を外している。

そうしないと、中が見えないからである。

第五回で、視点の高さについて書いた。

この一点は、天井より高い位置から見ている。

実際には立てない場所である。

しかし、そうしないと室内の全体が入らない。

見せるために、あり得ない位置を選んでいる。

そして、光の入口は描かれていない。

明るさだけが、一様に与えられている。

小川のある森の内部(クロプシー画帖より)
ウィリアム・トロスト・リチャーズ《小川のある森の内部(クロプシー画帖より)》1854年。館の記録では、生成りの簀の目のない紙に鉛筆。12.7×12.1センチ。番号は1970.9.17。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・トロスト・リチャーズ《小川のある森の内部(クロプシー画帖より)》メトロポリタン美術館蔵

ここから、室内が森になる。

小さな素描である。

十二・七掛ける十二・一センチ。

そして、画面が円い。

四隅が白く、中央が円形に描かれている。

その円の中に、木立が密に詰まっている。

太い幹が数本立ち、細かい枝が絡む。

葉は、短い線を無数に重ねて表される。

下のほうに、岩と、細い水の流れ。

線がきわめて密である。

白い部分がほとんどない。

上のほうに、わずかに明るい隙間がある。

葉のあいだから、空が覗いている。