画家を知る

真横だけを、灰色の紙に——ジェームズ・シャープルズ

黄土の上着の男

七点目は、色が明るい。

メデリック=ルイ=エリー・モロー・ド・サン=メリー
ジェームズ・シャープルズ《メデリック=ルイ=エリー・モロー・ド・サン=メリー》1798年。パステルと黒チョーク、色のついた紙。現在は酸化している。縦24センチ、横18.4センチ。メトロポリタン美術館蔵。チャールズ・アレン・マン遺贈、1924年。メデリック=ルイ=エリー・モロー・ド・サン=メリー》メトロポリタン美術館蔵

男の胸像である。

顔はやや左を向く。

髪は白く、耳の上で膨らむ。

顔は丸く、頬に赤みがある。

首元には、白い布が巻かれる。

上着は黄土色で、大きな襟がある。

背景は暗い緑と褐色である。

九点の中で、最も血色がよく見える。

黒チョークを併用する

この一枚の技法欄には、黒チョークが加わる。

パステルだけでなく、黒い画材を併用している。

黒チョークは、線を引くのに向く。

つまり、輪郭や細部に使ったのだろう。

パステルは面を作り、チョークは線を引く。

役割が分かれている。

九点のうち、この併用が明記されているのは一点だけである。

描かれた人物

この人物は、フランスから渡ってきた著述家である。

米国に滞在し、書店を営んだとされる。

そして、著作を残している。

つまり、建国期の米国には、欧州からの亡命者や移住者が多くいた。

その人々も、肖像を注文する。

九点の顔ぶれには、そうした国際的な広がりもある。

港町の肖像画家は、多様な依頼主を相手にした。

辞書を作った人

八点目は、よく知られた人物である。

ノア・ウェブスター
ジェームズ・シャープルズ《ノア・ウェブスター》。パステル、淡い灰色の紙、画布で裏打ち。縦24.8センチ、横18.3センチ。メトロポリタン美術館蔵。チャールズ・アレン・マン遺贈、1924年。ノア・ウェブスター》メトロポリタン美術館蔵

男の胸像である。

顔はやや左を向く。

髪は白く、耳の上で膨らむ。

額が広く、鼻筋が通る。

首元には、白い布が幾重にも重なる。

上着は暗い青である。

背景は青灰で、上部が明るい。

技法欄には、画布で裏打ちとある。

裏打ちという処置

裏打ちは、紙を補強する処置である。

紙の裏に、布や別の紙を貼る。

こうすると、破れにくくなる。

そして、木枠に張ることもできる。

パステル画は、粉が落ちやすい。

だから、動かさずに保管する必要がある。

裏打ちは、そのための工夫でもある。

九点のうち、裏打ちが明記されているのは一点だけである。

二つの輪郭

九点目は、性格が違う。

二つの横顔、おそらくジョン・アダムズ
ジェームズ・シャープルズ《二つの横顔、おそらくジョン・アダムズ》1796年ごろ。パステル、灰色の簀の目紙。縦24.1センチ、横18.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。1995年遺贈。この作品は色のない画像で公開されている。二つの横顔、おそらくジョン・アダムズ》メトロポリタン美術館蔵

紙の上に、線だけが描かれている。

輪郭が二つ、重なって見える。

額から鼻、鼻から唇、唇から顎。

その線が、二本ある。

つまり、同じ横顔を二度取っている。

彩色はされていない。

紙には、汚れと欠けが見える。

九点の中で、これだけが未完成である。

輪郭を、写し取る

この一枚は、制作の過程を示している。

まず、輪郭を取る。

そのうえに、色を重ねていく。

つまり、これは最初の段階である。

そして、二つの輪郭が重なっている。

一度取った線を、修正したのだろう。

あるいは、写し取った線と、描き直した線かもしれない。

いずれにせよ、下ごしらえの記録である。

機械で、輪郭を取る

ここで、伝えられている話に触れたい。

シャープルズは、輪郭を写す装置を使ったという話である。

対象の横顔をなぞると、縮小した線が紙に写る。

そういう仕組みの器具が、当時使われていた。

これを使えば、輪郭が正確に、そして速く取れる。

もっとも、当サイトが確認できる館の記録に、その記載はない。

だから、断定はしない。

伝えられている話として書いておく。

装置と、手の関係

仮に装置を使ったとしても、絵は機械の産物ではない。

輪郭を取った後、色を重ねるのは手である。

肌の調子、髪の質、布の襞。

いずれも、パステルを指で伸ばして作る。

つまり、装置は最初の一歩を助けるだけである。

同じ話は、写真と絵の関係にも通じる。

道具が変わっても、判断は人が下す。

未完成品が、残る理由

未完成の一枚が館に残るのは、なぜか。

工房に残されたまま、遺品として伝わったのだろう。

あるいは、複製を作るための原図として保管された。

輪郭さえあれば、何度でも仕上げられる。

つまり、これは版木に近い性格を持つ。

一家で同じ図を複製する仕組みには、こうした原図が要る。

九点のうち一点が未完成であることは、その仕組みを示している。

九点の受け入れ年

来歴を並べたい。

一九〇八年が二点、一九二四年が三点、一九三五年。

そして、一九九五年が三点。

つまり、九十年近くにわたって集まっている。

前半は、描かれた人物の子孫からの寄贈が多い。

後半は、収集家の遺贈である。

パステルの横顔は、家に伝わりやすい品である。

小さく、額に入り、壁に掛かる。

額に入れて、飾る

パステルの横顔は、どう飾られたか。

額に入れ、壁に掛けるのがふつうだろう。

寸法は、縦二十四センチほどである。

つまり、書斎や居間の壁に合う大きさである。

そして、複数を並べることもできる。

家族の顔を並べる、あるいは著名人の顔を並べる。

同じ寸法でそろえられているのは、その用途に合う。

規格の一致は、飾り方の前提でもある。

紙の酸化という記録

九点のうち、四点の技法欄に注記がある。

現在は酸化している、という記述である。

つまり、紙の色が変わっている。

もとは、灰色や淡い色だった。

いまは、褐色や黄土に近づいている。

背景の色として見えているものが、当初の色ではない。

これは、パステル画を見るときの重要な前提である。

館が明記しているのは、そのためだろう。

色が変わると、絵も変わる

紙の色が変われば、絵の印象も変わる。

灰色の紙に描かれた白いパステルは、はっきり浮く。

褐色に変わった紙では、白の対比が弱まる。

そして、暖かい調子に見える。

つまり、制作当初とは違う絵を見ている。

これは、修復では戻せない。

紙そのものが変化しているからである。

見えている色を、そのまま画家の意図と受け取らない。

九点を、順に見る

見方を提案して、終わりたい。

九点の輪郭線だけを、順に追ってほしい。

額の傾き、鼻の高さ、唇の出方、顎の引き。

その四点で、九人が区別できる。

顔の中の描写は、ほとんど必要ない。

つまり、この形式は輪郭に賭けている。

最後の未完成の一枚を見れば、そのことがよく分かる。

線が二本あるだけで、すでに誰かが見えている。

輪郭こそが、この肖像の本体である。

線を一本追うだけで、二百年前の顔に届く。

それが、横顔という形式の強さである。

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