段は、六から二十のあいだに収まる——リュノワール・プッサン・ブロンデルほか九点

二点目は、横長の素描である。
紙は31.6×45センチ。
画面には、柱と円天井の連なる広間がある。
奥行きは深く、天井は何層にも重なる。
右手前に、大きな階段が上がっていく。
手すりには、渦巻きの装飾が付く。
階段の下に、人が二人立っている。
この構図は、劇場の舞台装置の図に近い。
作者は、劇場の装置を手がけた一族の一人である。
館の記録の制作年には、疑問符が付いている。
十八世紀の第二四半期か、と書かれている。
年が確定していないことを、記号で示している。

三点目は、メゾチントである。
画面は55.1×41.3センチ、紙は64.1×52.9センチ。
黒のインクで刷られている。
画面には、天井の高い階段室がある。
丸い天井の下に、柱が並ぶ。
奥へ向かって、光が強くなる。
手前の階段には、人が三、四人いる。
いずれも小さく、影として描かれる。
館の記述によれば、これは八枚組の一枚である。
同じ記述は、実在する内部と想像した内部が混ざっていると書く。
つまり、どこまでが実際の建物か決められない。
さらに、特別な相手には黒ではなく茶色のインクで刷ったとも書かれている。
館の所蔵品には、その茶色の刷りが二枚あるという。
同じ版から、二種類の色の版画が出ている。

水へ下りる階段
九点のうち一点は、川へ下りる階段だった。
十九世紀にインドで撮られた写真である。
画面には、河岸に沿って建物が積み重なる。
その手前に、幅の広い石段が水際まで続く。
段の上には、人が点々といる。
洗い物をする人、座っている人がいる。
水の上には、屋根を掛けた舟が並ぶ。
奥には、細い塔が二本立つ。
館の記録の題には、疑問符が入っている。
大モスクの名の部分が、確定していない。
記録は、その不確かさを消さずに残している。
館の記述によれば、この写真は五十枚組の写真帖の一枚である。
同じ記述は、二十世紀の修復前の姿を伝える記録だと書く。
河岸の階段は、水位によって使える段が変わる。
写っているのは、ある日のある水位である。

階段でないものが、二点
残る二点は、語で拾ったことの結果である。
一点目は、二十世紀のアメリカの油彩。
題は《ホピの階段》という。
画面には、黄土色の土壁が広がる。
壁には小さな窓と、木の梁の端が突き出ている。
その壁に、細長い梯子が立てかけてある。
梯子は二本の木を柱にし、横木を渡したものだ。
その途中に、若い女性が立っている。
青い衣に緑の掛け布をまとう。
手には、丸い器を持っている。
これは階段ではなく、梯子である。
段の代わりに、横木が並ぶ。
上るという働きは同じだが、構造が違う。
階段は自立するが、梯子は寄りかからせる必要がある。
英語の題では、両方に同じ語が当たることがある。
日本語では、階段と梯子を分ける。
訳すときに、どちらかを選ばねばならない。

二点目は、素描帖の一葉である。
紙は22.9×29.2センチ。
インクと淡彩で、五つの図が散らしてある。
右に、立ち姿の女性が一人。
腕を前に出し、衣の裾が流れる。
左には、子どもらしい姿が二つ。
下のほうに、座った人物が二つある。
線は速く、輪郭だけで止めてある。
館の記録の題は、五つの図を一つずつ列挙している。
その最初に、階段を下りる女、と書かれている。
ところが画面には、階段が描かれていない。
女性は空中に立っているように見える。
下りる動作だけが線で示され、下りる場所は省かれている。
素描では、こういう省き方がよくある。
必要なのは体の傾きだけで、階段は要らない。
番号には「裏」が付いている。
紙の表には、別の素描があるはずである。

階段の向きは、画面をどう切るか
階段の向きも、数えておきたい。
画面を斜めに横切るものが、三点あった。
正面から見上げる形が、三点。
横一文字に伸びるものが、一点である。
斜めに架かる階段は、画面を二つに割る。
割られた片側は明るく、片側は暗くなる。
河岸の階段では、左上から右下へ段が下りる。
その線に沿って、人の体も傾いている。
荷の重さと、段の傾きが同じ向きになる。
だから、より重く見える。
正面から見上げる三点では、段が水平の線として重なる。
線が上へ行くほど詰まり、消失点へ向かう。
見る人の目は、自然に上へ引かれる。
上には、光か、彫像か、扉がある。
横一文字の一点は、聖家族の油彩だった。
段が左右に伸びるので、上下の動きが起きない。
代わりに、人が横に並ぶ。
階段の向きが、そのまま画面の構成を決めている。
同じ階段でも、どこから見るかで働きが変わる。
その選択は、記録にはまったく書かれない。
書かれるのは、題に階段の語があることだけである。