立つとは、倒れないことである——マルティーニ・エイキンズ・ヴィシュヌ像ほか九点

館の記録は、紙全体と画面の寸法を分けて書いている。
紙が37×25.5センチ、画面が28.4×15.2センチ。
画面の横幅は、紙の六割ほどしかない。
余白が広い。
版画では、この余白の扱いが問題になる。
切ってしまう持ち主もいれば、残す持ち主もいる。
前の回で見た版画は、紙が裁断されていた。
こちらは、余白が残っている。
白い紙に、黒い線と面で人物が作られている。
頭は暗い塊で、髪だと分かる。
上半身は前に傾く。
背中の線が、大きな弧を描く。
体の前に、布が垂れている。
その布は、線だけで示される。
脚は、細い線で示され、下のほうは消えていく。
床は描かれていない。
つまり、立っている場所が示されていない。
それでも、立っていると読める。
背中と腰の傾きから、そう見える。
体の下が消えているのに、倒れているようには見えない。
これは、少し不思議なことである。
立っていることは、足で示さなくても伝わる。
背骨の傾きと、肩と腰の関係で伝わる。
動かないことが、条件になる立ち方

奥行きは23.5センチと記録されている。
高さ143.5センチに対して、六分の一ほどだ。
つまり、板に近い。
背面は平らで、壁に取り付ける形だと考えられる。
こうした像は、建物の一部として作られることが多い。
館の記録は、産地の推定も書いている。
南インドの、特定の地域と町の名が挙げられている。
大きな石の彫刻である。
高さは143.5センチ。
背の高い板状の石に、人物が高く浮き彫りされている。
中央の像は、まっすぐ立つ。
両脚に、体重が均等にかかっている。
腰も肩も、水平である。
腕は四本ある。
それぞれ、違うものを持つ。
頭には、高い冠をつける。
その上に、細かい装飾が続く。
像のまわりは、彫り込みで埋め尽くされている。
小さな人物や、渦を巻く形が並ぶ。
下の左右に、脇侍が立つ。
台は、二段の低い台座である。
この立ち方は、冒頭のブロンズと正反対である。
あちらは、動きを見せるために体を傾けた。
こちらは、動かないことを見せるために垂直に立つ。
左右が対称に近い。
神像には、この作りが多い。
対称であることが、その像の性格になる。
館の記録は、作者の名を書いている。
十二世紀の彫刻に、作った人の名が残っている。
九点のうち、この一点だけが、その時代の作者名を持つ。

黒い土器である。
丸い胴に、短い首と広がる口がつく。
胴の正面に、人物が浮き彫りされている。
頭に、三日月の形をした大きな冠をかぶる。
両手を左右に広げ、それぞれ何かを持つ。
脚は短く、まっすぐ下りる。
体は正面を向き、左右対称である。
胴の残りの面は、細かい粒の模様で埋まる。
表面は黒く、鈍く光る。
館の記録では、これは黒い焼き物の一種である。
土器を焼くとき、酸素を絞ると黒くなる。
この一点も、その方法で焼かれたと考えられる。
立ち方は、先の石像と同じである。
正面向きで、左右対称。
動きがない。
これも、日常の姿ではないからだろう。
儀式や信仰に関わる像は、動かない姿で作られることが多い。
九点のうち、左右対称に立つのは二点だった。
そして、その二点はいずれも人の日常を描いていない。
立っている人が、小さい場合

細長い縦の画面である。
縦52センチ、横23センチ。
上のほうに、空と山がある。
空は上が青く、下へ向かって薄くなる。
細い月が、山の上に見える。
中ほどに、水と洲がある。
そして下のほうに、人物が三人立っている。
一人は白い衣で、こちらへ体を向ける。
あとの二人は、その脇にいる。
前景には、松の枝が大きく張り出す。
館の記録によれば、この人物は九世紀の高い位の人だという。
そして館は、月と舟を詠んだ歌との関係に触れている。
これは館の説明である。
こちらで言えるのは、人物が画面の下三分の一にいる、ということだ。
題に「立つ」の語が入るのは、記録の英語の題である。
湖のほとりに立つ、と書かれている。
だが、画面での人物は小さい。
高さは、画面全体の八分の一ほどである。
立っているかどうかは、辛うじて読める。
第十九回で、遠くの人は輪郭だけになると書いた。
ここでも、姿勢だけが残っている。
立つの語が、人以外に使われる
九点の最後の二点は、人ではない。

黄褐色の陶器である。
四本足の獣が、横向きに立つ。
たてがみが、頭のまわりで丸く盛り上がる。
粒を並べたような表面になっている。
尾は背中の上へ跳ね上がる。
前足の一方が、丸い球の上に乗る。
顔はこちらを向く。
台は、長方形の板である。
釉薬は、褐色と黄色が流れて混ざる。
四本足の動物にとって、立つのは難しくない。
支える点が四つあるからだ。
二本足で立つ人とは、条件が違う。
だから、この一点に姿勢の工夫はない。
見どころは、たてがみの作り方と、釉薬の流れである。