作品を知る

星は、画面に一つしかない——ディ・パオロ・デューラー・ドガほか九点

知恵
アレクサンドル=エヴァリスト・フラゴナール《知恵》18世紀末から19世紀初め。館の記録では、黒鉛とペン・黒インク、灰色と黒の淡彩。紙は39.4×27.8センチ。番号は2018.47。クリーヴランド美術館蔵。アレクサンドル=エヴァリスト・フラゴナール《知恵》クリーヴランド美術館蔵

石の玉座に、彫像の女がゆったりと座っている。

額の帯には、知恵を意味する語が刻まれている。

玉座の左右にも、小さな女人像が浮き彫り風に添えられている。

左は冠の女の柱像、右は翼のある女の円板である。

右手は人さし指を立てて高く上げ、左手は下で星の輪をつかんでいる。

輪の星を数えると、十あたりで手の甲の陰に入り、数えきれなくなる。

館の記録では、知恵の擬人像を彫像として描いた素描だという。

灰色の淡彩だけで、石の彫刻に見えるように仕上げてある。

星の冠は、知恵の伝統的な持ち物だと記録は書く。

紙の隅には、フラゴナール、息子、と黒鉛の署名がある。

その下には、知恵、革命の素描、という語も書き込まれている。

革命の時代のフランスで、知恵は星の輪を手に、指を天へ向けた。

かぶらずに、手に提げているのがおもしろい。

授けるための冠かもしれないが、記録はそこまで言わない。

デューラーの聖母と、フラゴナールの知恵。

九点のうち二点で、星は輪につながれて、人の持ち物になっている。

胸の星は、探さないと見えない

身に着ける星には、もっと小さいものもある。

ウィーン条約調印の場のジャン=ガブリエル・デュ・テイユの肖像
ジャック=アンドレ=ジョゼフ・アヴェド《ウィーン条約調印の場のデュ・テイユの肖像》1738年から40年。館の記録では、油彩・カンヴァス。画面は124.5×92.4センチ。番号は1964.89。クリーヴランド美術館蔵。ジャック=アンドレ=ジョゼフ・アヴェド《ウィーン条約調印の場のジャン=ガブリエル・デュ・テイユの肖像》クリーヴランド美術館蔵

銀髪の大きなかつらの男が、緑の机の前に座っている。

金糸の刺繡が、上着の前とそでを埋め尽くしている。

机には分厚い書類が広げられ、赤い封蠟が見える。

燭台のろうそくからは、細い煙がひと筋立ちのぼる。

館の記録では、ルイ15世の外務を担ったデュ・テイユの肖像である。

1738年のウィーン条約で、交渉役を務めた人だという。

その条約で、ロレーヌ公国がフランスへ渡ったと記録は書く。

くつろいだ姿勢は落ち着きを、鋭い目つきは抜け目のなさを伝えるとある。

姿勢と目つきまで、記録は読み取っている。

手にした印章も、銀めっきの筆記具も、この交渉を指しているとある。

ろうそくの煙は、封蠟を溶かした直後、つまり調印がすんだばかりの印だという。

では、星はどこにあるのか。

記録では、聖ラザロ騎士団の桃色のリボンと星が、胸元にかろうじて見えるという。

探すと、金の刺繡のあいだに、それらしい桃色がのぞいている。

星の形までは、なかなか見分けられない。

金の刺繡がまばゆすぎて、肝心の星がまぎれてしまうのである。

この星は、空の星ではない。

胸に着ける、身分のしるしとしての星である。

星の名で呼ばれる記章が、位の高さを語る。

九点のなかで、いちばん見つけにくい星でもある。

星は、人の名になる

次の星は、大きく金色に描かれている。

ただし、意味はもう天体ではない。

アメリカの星(ジョージ・ワシントン)
フレデリック・ケメルマイヤー《アメリカの星(ジョージ・ワシントン)》1803年ごろ。館の記録では、油彩・金箔・紙。55.9×45.1センチ。番号は62.256.7。メトロポリタン美術館蔵。フレデリック・ケメルマイヤー《アメリカの星(ジョージ・ワシントン)》メトロポリタン美術館蔵

桃色の壁の前で、青いカーテンが左右に開かれている。

中央の緑の輪のなかに、軍服の男の胸像が描かれている。

その頭の上に、金色の星がひとつ、大きく輝いている。

星に掛かる赤い帯には、アメリカの星、という句が記されている。

男はワシントン将軍である。

名前も、胸像の下の帯に書き込まれている。

上では鷲が翼を広げて盾を抱え、下には旗やラッパが束ねられている。

台座の赤い札には、句が読める。

戦いにおいて第一、平和において第一、祖国の守りにおいて第一。

1776年7月4日の、独立の日付も添えられている。

この絵の星は、空に光る天体ではなく、ひとりの人を指す呼び名である。

アメリカの星とは、ワシントンその人のことである。

足元の旗の青地にも、小さな星が散っている。

国も人も、星の形で飾る時代が始まっていた。

星と呼ばれた人は、舞台にもいる。

エトワール
エドガー・ドガ《エトワール》1879年から81年。館の記録では、クリーム色の紙にパステル、縁を厚紙に貼付。73.3×57.4センチ。番号は1980.414。シカゴ美術館蔵。エドガー・ドガ《エトワール》シカゴ美術館蔵

板張りの舞台の床が、画面の大半を占めている。

床には、板の継ぎ目の線が斜めに何本も走る。

手前の踊り子がひとり、あごを上げ、うっとりと上を向いている。

右手は髪へ、左手は下へ垂れている。

髪には花が挿され、首には黒いリボンが結ばれている。

珊瑚色の胴着から、白い薄布のスカートが大きく広がる。

手首の金の飾りと、桃色の爪先の靴。

奥には、青緑の衣装の踊り子たちが群れて踊っている。

左の縁には、暗い赤の四角がのぞく。

桟敷の口だろう。

紙は生成りで、パステルの粉がその地に載っている。

右下に、大きな署名がある。

題のエトワールは、フランス語で星を意味する語である。

だが画面のどこにも、星の形はない。

星と呼ばれているのは、手前でひとり踊るこの人である。

アメリカの星が将軍なら、こちらの星は舞台の花形である。

ひときわ明るく輝くものを、人は星の名で呼んできた。

九点のうち二点は、星の姿を描かずに、人を星と呼んでいる。

題箋のなかに、星の字がある

星が字になってしまった絵もある。