作品を知る

星は、画面に一つしかない——ディ・パオロ・デューラー・ドガほか九点

三博士を導く星も、写本の隅の金の粒も、画面にはたった一つきり。星の絵を九点集めると、ちりばめた夜空は一枚もなく、星は冠になり、胸の記章になり、人の呼び名になり、題箋の字になっていた。数えられるほど少ない星が、一つずつ役目を負っている。

東方三博士の礼拝
ジョヴァンニ・ディ・パオロ《東方三博士の礼拝》クリーヴランド美術館蔵

岩屋の上に、金の尾を引く玉がひとつ

緑の丘のすそに、灰色の岩屋が口を開けている。

その岩屋のすぐ上に、白い玉がひとつ浮かんでいる。

玉のまわりは金色ににじみ、細い金の尾がまっすぐ下へ垂れている。

星である。

丘も空も、まだ昼の明るさをしている。

星が出ているのに、夜ではない。

画面の左では、青い衣の聖母が幼子を膝に抱いて座っている。

金襴の衣の老人がひざまずき、幼子に顔を寄せる。

右半分には、馬と従者がひしめき、白い犬が寝そべっている。

岩屋の奥では、牛とろばが飼い葉の桶に首を並べている。

木々の茂みは黒く、金色の点をびっしりまとっている。

遠くの丘の道には、豆粒ほどの旅人とろばが歩いている。

いちばん高い丘の上には、青い城のような建物が見える。

空には、小さな鳥の列が飛んでいる。

東方三博士の礼拝
ジョヴァンニ・ディ・パオロ《東方三博士の礼拝》1440年から45年。館の記録では、板にテンペラと金。画面は38.4×44.3センチ。番号は1942.536。クリーヴランド美術館蔵。ジョヴァンニ・ディ・パオロ《東方三博士の礼拝》クリーヴランド美術館蔵

15世紀イタリア、シエナの画家ディ・パオロの板絵である。

館の記録では、マタイによる福音書の場面だという。

三人の博士が星に導かれ、生まれたばかりのキリストを見つけて、贈り物を捧げた。

15世紀の画家たちは、この短い記事に大きく尾ひれを付けた、と記録は続ける。

とくに博士たちの供の行列に力を入れたという。

行列は、当時の貴族の暮らしの華やぎを描き込む格好の口実だった。

にぎやかな行列と動物たちが、目を楽しませる脇筋になっている、と記録は読む。

ひしめく馬と従者は、聖書ではなく、画家の時代の見せ場である。

ディ・パオロは15世紀シエナを代表する画家で、写本の挿絵でも板絵でも知られた。

シエナの町の教会に、板絵を納めていたという。

板の大きさは、額なしで38.4×44.3センチ。

祭壇画の下段に並ぶ一こまほどの、手に持てる大きさである。

その小さな画面に、王と従者と馬と牛とろばと犬が詰め込まれている。

数えられるものは多いのに、星だけが一つきりである。

さて、この場面の立役者は、博士たちを導いた星である。

その星は、画面にいくつあるか。

ひとつである。

空一面の星ではなく、たったひとつの星が、三人の王を旅に出した。

ここから、星の絵を九点数えていく。

先に言ってしまうと、九点のどこにも、星をちりばめた夜空はない。

星は思いのほか少なく描かれ、そのかわり、意外な場所に散らばっていた。

指の先の星は、米粒より小さい

同じ場面を、百六十年ほどのちに、まったく別の土地で描いた一葉がある。

星に導かれる三博士(『聖性の鏡』より、フォリオ三十四表)
パヤーグ《星に導かれる三博士(『聖性の鏡』より、フォリオ三十四表)》1602年から04年。館の記録では、紙にガム・テンペラとインクと金。ページは26.2×15.7センチ。番号は2005.145.34.a。クリーヴランド美術館蔵。パヤーグ《星に導かれる三博士(『聖性の鏡』より、フォリオ三十四表)》クリーヴランド美術館蔵

ページの上部には、ペルシア文字の文章が四行、枠に囲まれて載っている。

その下で、三人の博士がらくだに乗り、岩山のあいだを進んでいる。

黒い山高帽のひとりが腕を高く上げ、左上を指さしている。

指の先、ページの左の縁に、金色の小さな星がある。

米粒ほどの大きさで、うっかりすると見落とす。

館の記録では、ムガル朝の皇子サリームのために作られた写本の一葉である。

もとは、ジェローム・ザビエル神父の『聖性の鏡』という書物だという。

その挿絵を、ムガルの宮廷絵師パヤーグが描いた。

絵師たちは皇帝アクバルに仕えたのち、皇子の反乱の宮廷に移ったとある。

記録によれば、ひとりは驚きのあまり指をかみ、ひとりは胸にこぶしを当てる。

三人の装いは、ポルトガルの商人がもとになっているという。

当時のムガルの人びとが見た西洋人は、主にゴアから来る商人だった。

聖職者でない西洋人を描くときの、ひな形になっていたとある。

ただし乗り物は、本文の記すとおり、故郷アラビアゆかりのらくだである。

丘の草色の斜面には、緑の文字がうっすら透けて見える。

紙がもろく絵の具も薄いので、裏の文章が表に透けるのだ、と記録は言う。

反乱の宮廷アラーハーバードでは、都ほど上等な材料がそろわなかったという。

それでも星は、金で置かれている。

ひとつの星が、ここでも画面の隅から、三人と三頭を引っ張っている。

導きの星の力は、大きさではないらしい。

十二の星は、冠になる

三点目の星は、空を離れて、人の頭の上にある。

星の冠の聖母
アルブレヒト・デューラー《星の冠の聖母》1508年。館の記録では、エングレーヴィング。番号は1934.334。クリーヴランド美術館蔵。アルブレヒト・デューラー《星の冠の聖母》クリーヴランド美術館蔵

冠をかぶった聖母が幼子を抱き、三日月の上に立っている。

足元の三日月には、横向きの顔が彫り込まれている。

体のまわりから、彫りの線が放射状に噴き出している。

紙の右下には、1508の年記と、組み合わせ文字の署名が見える。

冠のふちには、とげとげの小さな星が並んでいる。

数えようとすると、冠の後ろ側へ回り込んで、数えきれなくなる。

館の記録では、デューラーは三日月の上に立つ聖母子を四点彫った。

黙示録の12章に現れる、身ごもった女と聖母を重ねる図像だという。

記録は句を引いている。

太陽をまとい、月を足の下にし、頭に十二の星の冠をかぶった女が、天に現れた。

太陽をまとう女の絵は、前の回で二点数えた

満月の摺り方を数えた回もあった。

同じひとつの句から、太陽の絵と月の絵と星の絵が生まれている。

太陽は衣になり、月は足場になり、星は冠になった。

十二の星は、ここでは光る点ではなく、身に着ける宝である。

豪華な二重の光輪が全身を包む、と記録はこの一点を評している。

同じ主題でも、簡素で慎ましい聖母を彫った版が別にあるという。

天の女王と、幼子の慎ましい母。

二つの顔を、デューラーは冠と光の量で描き分けた。

星の数が定まらないのは、彫りのせいばかりではない。

十二という数は、句のほうが決めている。

画面は、その数を確かめさせない作りになっている。

星の冠は、聖母の専有物でもない。