作品を知る

星は、画面に一つしかない——ディ・パオロ・デューラー・ドガほか九点

灯を消す女(当世風俗・星の下の霜より)
歌川国貞《灯を消す女(当世風俗・星の下の霜より)》1820年ごろ。館の記録では、多色木版。38.8×26.8センチ。番号は1930.201。クリーヴランド美術館蔵。歌川国貞《灯を消す女(当世風俗・星の下の霜より)》クリーヴランド美術館蔵

赤い部屋着の女が、行灯の上に身をかがめている。

枠の開いたところから手を入れ、灯の始末をしているらしい。

紙の窓が白く光り、部屋のほかは薄暗い。

床の黒い盆には、白い器と、櫛やかんざしがのっている。

右奥の衣桁には、着物が掛かっている。

画面に、星はない。

星は、左上の丸い題箋のなかに、字として書かれている。

赤い枠の中の、二文字だけである。

星の字を消してしまえば、この絵は寝る前の部屋の絵にすぎない。

字が一つ入るだけで、部屋の外に夜空が広がる。

星の霜、当世風俗、と読める。

灯を消せば、部屋は闇になる。

戸の外には、題のとおり、星の下の霜夜が広がっているはずである。

はずである、としか言えない。

画面が見せるのは、消される直前の灯だけだからである。

館の記録では、部屋着の襟に五渡亭の署名が描き込まれている。

五渡亭は、国貞のもうひとつの号である。

襟にまで署名をしのばせる洒落と、星を字だけで済ませる省略。

見せないことを楽しむ絵だと言いたくなる。

灯の明かりについては、灯火の絵を数えた前の回がある。

あちらの主役だった小さな火が、ここでは消される寸前である。

火が消えたあとの空を、この絵は題箋の二文字だけで示した。

星を、たぐり寄せる手

最後の一点では、星が仕舞われていく。

星を集める運命の女神たち
イライヒュー・ヴェダー《星を集める運命の女神たち》1887年。館の記録では、油彩・カンヴァス。113×82.6センチ。番号は1919.1。シカゴ美術館蔵。イライヒュー・ヴェダー《星を集める運命の女神たち》シカゴ美術館蔵

茶色の雲の上に、頭巾の女が三人いる。

三人がかりで、空いっぱいに広がる薄い布をたぐり寄せている。

布は大きく渦を巻き、ところどころに白い光の粒がまたたく。

足元には、白い小石のような星が、ひと山たまっている。

画面の下の隅には、糸を巻いた棒と、大きな鋏が置かれている。

三人とも、腰から下だけを布でくるんでいる。

頭には、赤茶の布を巻いている。

星の粒は、雲のくぼみに集められて、そこだけ白く光る。

題によれば、三人は運命の女神たちである。

人の命を糸として紡ぎ、測り、鋏で断つと語られてきた三姉妹である。

その糸の道具が、ここでは星集めのかたわらに置かれている。

夜じまいなのか、世の終わりなのか、記録は語らない。

確かなのは、星がつかめる粒として描かれていることである。

はるかな点の光が、拾い集められる石になっている。

九点の最後で、星はようやく手の届く形になった。

ただし集めているのは、わたしたちではなく女神たちである。

九点の星の、置き場所

九点を数え直す。

空に置かれた星は、ディ・パオロとパヤーグの二点で、どちらもひとつきり。

身に着ける星が、冠と輪と記章で三点。

人の呼び名になった星が、将軍と踊り子の二点。

字になった星が一点、集められる星が一点である。

そして、星をちりばめた夜空は一枚もない。

画材も数えておく。

板にテンペラが一点、写本の一葉が一点、エングレーヴィングが一点。

素描が一点、パステルが一点、木版が一点、油彩が三点である。

紙のものが五点、板と布が四点。

星は、どの画材でも描ける。

金で置くか、白を残すか、点を打つか。

作り方だけなら、九点とも簡単な仕事である。

国も数えられる。

イタリア、ムガルのインド、ドイツ、日本が一点ずつ。

フランスが三点、アメリカが二点である。

年代は1440年代から1887年まで、四百五十年に散らばる。

四百五十年のあいだ、星はずっと一つか二つだった。

大きさも見ておく。

いちばん小さいのは、らくだの上の指が示す米粒ほどの金。

いちばん大きいのは、将軍の頭上の金の星である。

どちらも、画面のなかで同じ仕事をしている。

行き先を指す、という仕事である。

意外だが、理由は考えられる。

夜の絵を数えた回で見たとおり、夜の画面はそもそも少ない。

星を描くには、まず夜を描かなければならない。

夜の絵が少なければ、星空の絵はもっと少ない。

もうひとつ。

星は、小さい。

月なら、円い形ひとつで画面の主役になれた。

太陽と月には、一枚を任せられる。

点でしかない星に一枚を任せた絵は、この九点のなかにない。

だから星は、意味を背負わされるのだと思う。

導きになり、冠になり、記章になり、人の名になり、字になる。

点の光は、点のままでは絵にしにくかったのかもしれない。

言えないことも書いておく。

この九点は、題や記録に星の語を持つ作品から集めた。

星の語で集めれば、空の星以外が多く混ざるのは当然でもある。

星空の絵が世の中に本当に少ないかは、ここからは決められない。

九点では、画家たちの癖と、集め方の偶然を区別できない。

集める途中の候補には、絵の星でないものも混ざっていた。

舞台の人気者を星の語で呼んだ、役者の写真。

星の名を持つ、黄色い花の水彩。

役の名に星の字を持つ、芝居の絵。

星の語は空を離れて、あちこちで働いている。

その広がり自体が、この語の人気の証でもある。

ただし今回は、絵のなかの星に絞って、外した。

最後に、ひとつ。

ディ・パオロの星も、パヤーグの星も、指でつまめるほど小さい。

それでも画面のなかで、たしかに三人ずつの王を動かしていた。

夜空の星は、数えきれない。

絵のなかの星は、数えられる。

数えられるほど少ない星に、画家たちは役目をひとつずつ持たせていた。

導く、飾る、称える、告げる、集める。

どの役目にも、たくさんの星は要らなかった。

夜空を見上げるとき、わたしたちは数えることをあきらめる。

絵のなかの星の前では、指で数え終えてしまう。

その数えられるという手ざわりが、絵の星のいちばん妙なところである。

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