作品を知る

一つの主題だけを、集める——ガーツ夫妻のアメリカ静物画、2003年から2018年

扇と垂れ飾りのある静物
サミュエル・マースデン・ブルックス《扇と垂れ飾りのある静物》1865年から75年ごろ。館の記録では、板に油彩。45.7×31.1センチ。額を含めて62.23×46.99×4.45センチ。番号は2004.165.3。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。サミュエル・マースデン・ブルックス《扇と垂れ飾りのある静物》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

九点のなかで、これだけが食べ物でない。

暗い背景の前に、円い盆が置かれる。

金属らしく、縁が光る。

その上に、細長い銀の器。

上が開き、下が細くすぼまる。

そこに、白い花が数輪挿してある。

葉が濃い緑で、外へ広がる。

盆の上には、ほかにも物がある。

左に、青い箱。

その手前に、赤みのある小さな物。

右に、開いた小箱。

中に、黒い台と、小さな金具が見える。

装身具だろう。

そして、その下に、白い扇が広がる。

骨が細かく並ぶ。

盆の手前に、細い鎖が垂れる。

物を並べるということ

この一点は、他の八点と作り方が違う。

八点は、一つか二つの主題を大きく描く。

葡萄だけ。

檸檬だけ。

梨が二つ。

こちらは、性質の違う物を並べている。

金属、ガラス、布、紙、宝石。

材質の描き分けが、この絵の眼目である。

銀の鈍い光。

扇の紙の白。

箱の布の質感。

一枚のなかで、四つも五つも違う手つきが必要になる。

十七世紀のオランダの静物画に、同じ考え方がある。

第一回と第二十八回で読んだ二点が、そうだった。

グラスと牡蠣と葡萄と檸檬。

材質の違いを並べて見せる。

その伝統が、二百年後のアメリカで繰り返されている。

木苺
リリー・マーティン・スペンサー《木苺》1859年ごろ。館の記録では、布に油彩。楕円で35.6×45.7センチ。額を含めて楕円で59.69×70.17×10.8センチ。番号は2005.161.1。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。リリー・マーティン・スペンサー《木苺》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

寸法の欄に、楕円と書かれている。

画面の形が四角ではない。

そして、額の寸法にも楕円と付いている。

第二十三回でも、楕円の画面を見た。

そのときは、額の寸法が書かれていなかった。

こちらは、両方に形が明記されている。

画面には、木苺が山のように積まれている。

数え切れない粒である。

一つずつに、細かい粒々が描かれる。

色は明るい赤。

光の当たる面が白く光る。

そのまわりに、緑の葉が広がる。

葉の縁は鋸歯状である。

下に敷かれているのは、藁らしい。

細い黄色の線が、束になっている。

背景は暗い緑で、上のほうに葉が見える。

左下に、頭文字が三つ。

署名である。

二十九点の内訳

この寄贈の内訳を、もう少し見ておきたい。

技法は、布に油彩が十七点、板に油彩が十二点である。

板が四割を占める。

第一回で書いたとおり、十七世紀以降のヨーロッパでは布が主流になった。

十九世紀のアメリカでも同じである。

にもかかわらず、板が四割ある。

理由は、大きさにある。

小さな絵では、板のほうが扱いやすい。

張り替えの必要がない。

反りも、小さければ問題にならない。

そして、板は安く手に入る。

商店の看板の余り、木箱の側板。

そういうものが使われることもある。

館の記録は、板か布かを書くだけである。

木の種類までは書かない。

第二十四回で読んだイタリアの板絵では、ポプラと明記されていた。

館と時代によって、記録の詳しさが違う。

また、板に油彩と、木に油彩という二つの書き方が混在している。

同じことを指しているように見えるが、記録は書き分けている。

前者は加工された画板、後者は木材そのものを指すのかもしれない。

館の記録は、その区別を説明していない。

年の欄の、四つの書き方

二十九点の年の欄を数えると、書き方が四通りある。

年が確定しているもの。

一八六三年、一八六五年、一八七五年。

年のあとに疑問符が付くもの。

一八五の次が読めない、という表記である。

推定のもの。

一八五九年ごろ、一八六五年から七五年ごろ。

そして、年記なし。

九点が、この最後の形である。

第十七回でも書いたが、記録は確からしさに応じて語を変える。

そして、この寄贈では、その四通りが同じ二十九点のなかに並んでいる。

年が分かるかどうかは、署名の有無で決まることが多い。

署名に年が添えられていれば、確定できる。

署名だけなら、作風から推定する。

署名がなければ、何も書けない。

九点のうち、銘記の記載がないのは一点だけである。

そして、その一点だけが、年記なしになっている。

きれいに対応している。

署名の三つの形

九点の銘記の欄を並べたい。

作者名と年が四点。

作者名だけが二点。

頭文字だけが一点。

作者名と地名と年が一点。

そして、記載なしが一点。

つまり、署名の書き方が四通りある。

フルネームで書く。

姓だけを書く。

頭文字だけにする。

そして、地名を添える。

地名を添えた一点は、都市の略称と、年の下二桁が続く。

どこで描いたかを申告している。

第二十八回でも、地名入りの署名を見た。

そして、頭文字だけの一点は、女性の画家である。

理由は分からない。

慎ましさのためかもしれないし、単なる習慣かもしれない。

第二十五回で読んだ寄贈にも、頭文字だけの作者がいた。

あちらは、頭文字がそのまま作者の欄に入っていた。

こちらは、作者が特定されている。

同じ頭文字の署名でも、扱いが違う。

檸檬
ジョージ・ヘンリー・ホール《檸檬》1884年。館の記録では、布に油彩。16.51×24.13センチ。額を含めて33.34×40.64×4.45センチ。番号は2018.44.10。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。ジョージ・ヘンリー・ホール《檸檬》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

きわめて小さい。

十六・五掛ける二十四・一センチ。

葉書を二枚並べたほどである。

暗い褐色の背景。

その手前に、板の面。

そこに、檸檬が二つ置かれる。

いずれも、上部が切り落とされている。

切り口が、こちらを向く。

果肉の房が、放射状に分かれる。

種が数粒、見える。

汁で光っている。

皮は黄色く、表面に細かい凹凸がある。

その後ろに、緑の葉が二枚。

一枚は立ち、一枚は寝る。

光は左上から差す。

檸檬の右側に、影が落ちる。

年が、書かれていない一点