夫と妻を、対にして掛ける——ギルバート・スチュアート
九点のうち四点の題に、夫の名が括弧で添えられる。その夫の肖像は、同じ館に別の一点としてある。向きを反転させ、寸法をそろえ、壁の左右に並べる。数ミリの差が残る対の作り方を見たい。額の数字がそろわない理由にも触れたい。

題に、括弧が付く
九点の題を並べると、四点に括弧が付いている。
括弧の中には、夫の名が入る。何某夫人、という形である。
たとえば、キャサリン・ブラス・イエイツ。そのあとに括弧があり、リチャード・イエイツ夫人と書かれる。
本人の名が先で、夫の名があとに来る。館は両方を残している。
そして、その夫の肖像が、同じ館に別の一点として所蔵されている。
つまり、二点で一組になっている。九点のうち八点が、そうした組の片方である。
肖像は一人ずつ描かれるが、注文は一人ずつとは限らない。
夫婦をまとめて頼み、まとめて壁に掛ける。その習慣が、記録の題に残っている。
対でつくる
肖像は、一点ずつ描かれるとは限らない。
夫婦を二点まとめて注文することがある。同じ画家、同じ大きさ、同じ時期に描く。
そろえて掛けるためである。壁の左右に並べれば、一組の飾りになる。
九点のうち八点は、こうした対の片方である。四つの組になる。
残る一点は、対の相手が確かめられない。ただし、同じ家の別の人物である。
この画家は、生涯に千点を超える肖像を描いたと伝えられる。
その多くが対で残っている。壁に並べる需要があったからである。
同じ大きさで、向きだけを反転させる。手順としては効率がよい。
同じ顔ぶれの絵が二枚できれば、注文の単価も上がる。
名前の残り方
括弧の書き方には、一つの偏りがある。
夫の肖像の題は、名前だけである。誰の夫か、とは書かれない。
妻の肖像の題には、必ず夫の名が入る。誰の妻か、が付く。
これは当時の呼び方をそのまま残した結果である。館が作った偏りではない。
とはいえ、記録の上では、女性の名だけが常に補足を必要とする形になっている。
何を、そろえるか
対の肖像で、そろえるべきものは決まっている。
大きさ、向き、背景の暗さ、そして目線の高さである。
向きが大事である。二人が外を向いていては、対に見えない。
ふつうは、内側を向くように描く。並べたとき、視線が中央で交わる。
九点の四組も、その原則に従っている。ただし、そろい方には差がある。
四組を年順に並べると、1790年代、1804年、1814年、そして年の幅の広い一組になる。
二十年以上のあいだ、同じ形式が使われ続けている。
形式が変わらないのは、掛ける場所が変わらないからである。家の壁の作りは、そう変わらない。
需要の形が、絵の形を決めている。

胸から上を描いた肖像である。体は右を向く。
濃い青の上着を着る。金色の釦が縦に並ぶ。
首元には白い布が巻かれ、胸の前で結ばれる。
髪は白く、耳の上でふくらむ。当時の男性の髪型である。
手前に緑の布を掛けた机がある。その上に紙と、黒い箱のようなものが置かれる。
箱には赤い蓋がある。文具の類だと思われる。
右手は紙の上にあり、指が伸びる。左手は机の縁に置かれる。
背景は褐色で、右上がやや明るい。人物の輪郭が浮き上がる。
顔には赤みがあり、目尻に皺が描かれる。年齢が読み取れる。
館の年の欄は、1793年から1794年という書き方である。二年の幅がある。
斜線で二つの年を区切る書き方は、この館でよく使われる。
いつ描き始め、いつ仕上げたかが分からないときの表記である。
三十インチという寸法
九点の寸法を並べると、ある範囲に集まる。
縦は72.5センチから76.2センチ、横は58.6センチから63.5センチである。
インチに直せば、縦がおよそ29から30、横がおよそ23から25になる。
三十インチ掛ける二十五インチという規格が、当時の胸像の標準だったと伝えられる。
九点は、その標準の周りに散らばっている。規格があるから、対がそろえやすい。
手仕事を、描き込む
肖像には、人柄を示す小道具が置かれることが多い。
書類と文具は、商いや事務の仕事を示す。本は学識を示す。
対の相手のほうにも、小道具が置かれる。ただし、内容は違う。
同じ組でも、男性には仕事の道具、女性には手仕事の道具が置かれる。
これは当時の型である。描く側が選んだというより、社会の型が絵に写っている。
小道具は、依頼した側の希望でもある。何を持って描かれたいかは、本人が決める。
だから、画面に置かれた物は、その人の自己申告に近い。
見る側は、それを手がかりに人物を読む。実際の暮らしとは違うかもしれない。

体は左を向く。前の一点とちょうど逆である。
白い被り物を頭に載せる。大きくふくらみ、上で結ばれる。
衣は白に近い灰色で、光沢がある。袖は肘まであり、そこから白い袖口が出る。
手には針と糸を持つ。左手に布を持ち、右手の指先で針を支える。
膝の上に、白い布が広がる。縫っている途中である。
背景は褐色で、右下に赤い椅子の背が見える。
顔はこちらを見る。口元は結ばれ、目に力がある。
首には細い真珠のような粒が並ぶ。数は多くない。
衣の光沢の描き方に注意したい。白の中に、灰色と淡い黄が置かれる。
布の折り目ごとに、明るい線が走る。絹らしい質感になっている。
九点のなかで、布の描写が最も細かい一点である。
数字は、そろわない
対の二点を、寸法で比べてみる。
夫のほうは縦75.5センチ、横61.9センチである。
妻のほうは縦76.2センチ、横63.5センチである。
縦で0.7センチ、横で1.6センチの差がある。並べれば分かる程度の差である。
同じ大きさで注文しても、布の裁ち方や張り方で誤差が出る。記録はその誤差を書いている。
額の寸法も、違う
館は、額を含む寸法も記録している。
夫のほうは縦99.1センチ、横86.5センチ。妻のほうは縦99.1センチ、横85.7センチである。
縦は一致するが、横は0.8センチ違う。
絵の横幅の差が1.6センチだったから、額のほうが差が縮んでいる。
額が違うのか、額の縁の幅が違うのかは記録にない。数字だけが残る。
額は、あとから付け替えられることが多い。制作当時のものとは限らない。
だから、額の寸法が揃わないのは自然である。むしろ縦が一致するほうが珍しい。
館が額の寸法まで記録するのは、展示や輸送の実務に必要だからである。
その実務の数字が、いま読む側にとっては来歴の手がかりになる。

同じ姓の、もう一人の肖像である。
体は左を向く。椅子の背に腕を掛ける。
上着は灰色がかった青で、襟が高い。内側に黄色みの衣が見える。
首元の白い布は、前の二点より大きくふくらむ。何重にも巻かれる。
椅子は赤い布張りで、木の枠が見える。背もたれの上端が斜めに走る。
髪は白く、耳の上でふくらむ。前の一点と同じ髪型である。
背景は褐色で、変化が少ない。
この一点だけ、額の寸法が記録されていない。額がないのか、記録が抜けているのかは分からない。
背景の作り方
九点の背景は、いずれも褐色を基調にする。
風景も、室内の詳しい描写もない。人物だけが浮かぶ。
明るさは一定ではない。片側だけを明るくして、輪郭を切り出す。
この作り方は、短い時間で描くのに向いている。背景に手をかけずに済む。
顔と手と布に労力を集め、残りは調子で片づける。仕事としての合理がある。
三人目の位置
同じ姓の三人が、同じ年に描かれている。
夫婦の二点と、もう一人の男性である。
三人の関係は、館の記録には書かれていない。ここでは推測を書かないでおく。
ただし、同じ画家に同じ年に描かせているのは確かである。一族としてまとめて注文したのだろう。
対の二点に、三点目が加わる。壁の掛け方も、それに応じて変わる。

十年後の組である。
体は右を向く。椅子に浅く腰かける。
上着は暗い赤茶で、襟が大きく折り返る。釦が縦に並ぶ。
首元は白い布で、あごの下まで届く。
右手に本らしいものを持つ。指が表紙にかかる。
背後には赤い布が垂れる。右上には空のような明るい部分がある。
椅子の腕木は金色で、細い装飾が入る。
顔は細く、頬に赤みがある。目はこちらを見る。

体は左を向く。対の相手と向かい合う配置である。
衣は白で、胸の下に切り替えがある。当時の流行の形である。
襟ぐりには細かい飾りが並ぶ。袖は短い。
髪は巻いてまとめられ、黄色いリボンが結ばれる。
手には紙を持つ。楽譜かもしれない。
背後の左に、大きな竪琴が立つ。金色の柱と、細い弦が見える。
右には赤い布と、椅子の座面がある。
顔はこちらを向き、口元にわずかな笑みがある。
竪琴という道具
背後に置かれた竪琴について、少し書いておきたい。
家に竪琴があることは、それだけで一つの情報である。値の張る楽器である。
弾けることも示している。楽器を習う余裕があった家だと分かる。
肖像の小道具は、たいてい持ち主の暮らしを語る。飾りではない。
ただし、実際に本人のものだったかどうかは記録にない。画室の備品だった可能性もある。
道具が示すもの
この組では、男性が本を持ち、女性が竪琴のそばにいる。
前の組では、男性が書類を持ち、女性が針を持っていた。
十年で、女性に添えられる道具が変わっている。手仕事から、音楽へ移る。
これは家の格の違いかもしれないし、時代の違いかもしれない。
九点だけでは決められない。ただ、道具の選び方が変わっていることは記録できる。
縦が、ぴたりと合う
この組の寸法を見ると、縦が完全に一致する。
どちらも73.2センチである。横は0.6センチ違う。
前の組より、そろい方が良い。同じ寸法の枠を使ったのだろう。
額の奥行きも、両方とも10.6センチで一致する。
対として作られたことが、数字から読み取れる。

三つ目の組である。支持体が変わる。
カンヴァスではなく、板に描かれている。
体は右を向く。上着は黒で、光をほとんど返さない。
首元の白い布だけが明るい。顔と布が、画面の中で目立つ。
髪は白く、両側でふくらむ。額は広い。
背景は暗い褐色で、左側がとくに暗い。
顔には赤みがあり、頬が張る。口元は結ばれる。
九点のなかで、最も背景の暗い一点である。

体は左を向く。対の配置である。
衣は赤で、胸元に白い布が大きく重なる。
頭には白い被り物を載せる。縁に細かい飾りが付く。
椅子は青い座面で、金色の縁がある。九点のなかで、この青は目立つ。
背景は緑がかった褐色で、左上が明るい。
顔はこちらを向き、目が小さく、口元がやわらかい。
手は膝の上で組まれる。指が細い。
同じ組の相手と比べると、こちらのほうが色が明るい。背景の扱いが違う。
同じ板に、二人
この組は、二点とも板に描かれている。
カンヴァスに比べ、板は重い。大きな絵には向かない。
反面、表面が滑らかで、細かい描写がしやすい。
同じ年、同じ支持体、ほぼ同じ寸法。対としてのそろい方は良い。
ただし、背景の色は揃っていない。片方は暗く、片方は明るい。
揃わない部分を、どう見るか
対の肖像を並べると、そろっている点と、そろっていない点がある。
寸法はほぼ揃う。向きも揃う。しかし、背景の色や明るさは揃わないことがある。
同じ日に描いたわけではないからだろう。時間が空けば、絵具の調子も変わる。
対であることは、完全な一致を意味しない。並べたときに一組に見えればよい。
数字の小さな差は、その事情を残している。

四つ目の組である。
体は右を向く。上着は黒で、襟が高い。
首元に白い布が幾重にも巻かれる。あごを支えるように見える。
髪は白く、両側で大きくふくらむ。頭頂は薄い。
背景は褐色で、右上が明るい。
顔は正面に近く、こちらを見る。目の下に影がある。
手は下部でわずかに見える。指の形はぼやける。
九点のなかで、最もよく知られた人物である。合衆国の二代目の大統領にあたる。

体は左を向く。対の配置である。
頭に白い被り物を載せる。縁に細かい網目の飾りが付く。
肩から胸にかけて、白い薄布が広がる。透ける生地である。
衣は赤で、袖の部分が見える。
椅子は黄色みのある布張りで、右下に見える。
背景は褐色で、変化が少ない。
顔は正面に近く、頬に赤みがある。口元は結ばれる。
年齢のある顔で、目じりに皺が描かれる。
制作年の書き方が、揃わない
この組には、記録の上で小さな違いがある。
夫の年の欄には、およそ、を示す語が付く。妻の年の欄には付かない。
どちらも1800年から1815年という幅で書かれている。幅は同じである。
つまり、片方だけに留保が付いている。理由は記録に書かれていない。
対で描かれた二点でも、記録の確からしさは別々に判断されている。
十五年という幅
この組の年の幅は、九点のなかで最も広い。
1800年から1815年、十五年ある。ほかの三組は、一年か二年の幅である。
幅が広いのは、根拠が少ないからである。注文の記録が残っていないのだろう。
有名な人物の肖像であっても、制作の事情が分かるとは限らない。
顔がよく知られていることと、記録が揃っていることは別である。
顔だけが、よく残る
九点を見比べると、描き込みの密度に差がある。
顔は、どれも細かい。皮膚の赤みや目の縁まで追われている。
手は、それより粗い。指の形が溶けている一点もある。
衣は、光の当たる部分だけが描き込まれる。影の部分は大きな面で済まされる。
注文する側が見るのは、顔である。密度の差は、そこに合わせられている。
対という単位
九点は、四つの組と一点で構成されている。
一点ずつ見れば、それぞれ独立した肖像である。
組として見ると、別のことが見えてくる。壁に並べられた二枚として作られている。
向きが決まり、大きさが近づき、道具が対になる。単独では説明できない形である。
美術館の展示では、対がそろって掛けられることも、離れて掛けられることもある。
離れて残るもの
同じ画家の対の肖像でも、ばらばらになった例は多い。
売買や相続のたびに、二枚が分かれる。片方だけが館に入ることもある。
そうなると、題の括弧だけが手がかりになる。相手がどこにいるかは分からない。
九点の四組は、いずれも同じ館にそろっている。これは幸運な例である。
そろっているからこそ、寸法の差や背景の違いを比べられる。
記録が、対を保つ
いま私たちが対を確かめられるのは、題に括弧があるからである。
括弧がなければ、二つの名は別々の人になる。関係が見えない。
同じ館にあることも大きい。片方が別の館へ売られていたら、並べられない。
記録と所蔵の両方がそろって、対は対のまま残る。
寄贈と受入の書き方については、寄贈の年と、受入の年が合わない——ギルバート・スチュアートにも書いた。数字の小さな差は、それ自体が来歴の跡である。








