九点とも、板に描かれている——ギルバート・スチュアート
肖像はカンヴァスに描くのが普通である。ところが九点は、すべて板に油彩と記録される。寸法は二つの群に分かれ、五点はほぼ同じ大きさで揃う。板という下地が何を決めたのかを読みたい。額の寸法があるのは、四点だけである。

支持体という欄
技法の欄には、二つのことが書かれている。
何で描いたかと、何に描いたかである。
油彩という語が前者、板という語が後者にあたる。
このうち、後者は絵の性格を大きく決める。
大きさ、重さ、表面の質、保存のしやすさ。
そのすべてが、何に描いたかで変わる。
九点とも、板に描かれている
九点の技法の欄は、いずれも同じである。
板に油彩。
肖像画といえば、カンヴァスに描くのが普通である。
木枠に布を張り、下地を塗って描く。
大きくしても軽く、丸めて運ぶこともできる。
ところが、この九点はすべて板である。
なぜ板なのか。
九点を並べて考えたい。

九点の内訳
先に、九点の中身を確かめておく。
九点とも、板に描いた油彩の肖像である。
九点とも、同じ館に収まっている。
年は1800年から1821年ごろまでの二十年ほどに散る。
寸法は、縦64.8センチから74センチ。
描かれた人は、男性が八点、女性が一点。
カンヴァスと板
十九世紀初めのアメリカでは、肖像はカンヴァスに描くのが一般的だった。
既製の木枠が売られ、そこに布を張れば下地ができる。
寸法も規格で決まっている。
板を使うには、材木を選び、削り、乾かし、下地を塗る必要がある。
手間も費用もかかる。
それでも板を選ぶのには、理由があるはずである。
二つの群に分かれる
九点の寸法を並べると、二つの群に分かれる。
縦64.8センチから67センチの群が五点。
縦71.3センチから74センチの群が四点。
そのあいだが空いている。
つまり、五点と四点は、別の規格で作られている。
群の分かれ目
二つの群のあいだには、4センチほどの空きがある。
67センチの次が71.3センチである。
その間に入る作品は、九点の中にない。
もっとも、九点は選ばれた九点である。
館の所蔵品全体を見れば、間に入るものもあるだろう。
五点の群
縦の寸法が近い五点を、細かく見る。
66センチ、65.3センチ、67センチ、66センチ、64.8センチ。
最大と最小の差は、2.2センチ。
横は、54.5、54.3、55、54.5、55センチ。
差は7ミリしかない。
つまり、五点はほぼ同じ大きさである。
五点は、何か
この五点の題を読むと、いずれも人の名である。
そして、いずれも同じ国の指導者を務めた人物である。
年の欄も、四点が1821年ごろ、一点が1817年ごろ。
つまり、五点は組として作られたと考えられる。
同じ大きさで、同じ時期に、同じ画家が描いた五人。
五人という組
五人の肖像を組で作るのは、当時よくあったことである。
議事堂や役所、あるいは個人の書斎に並べて掛ける。
歴代の指導者を並べれば、一つの歴史になる。
そのため、五点は同じ画家に一括で注文されたのだろう。
揃いの肖像
同じ大きさの肖像を並べて掛けると、壁面が整う。
一人ずつ大きさが違えば、並びが崩れる。
だから、組で注文するときは寸法をそろえる。
五点の縦の差が2センチ台に収まるのは、その結果だろう。
それでも、そろわない
ただし、完全に同じではない。
2.2センチの差がある。
板を切るときの誤差だろうか。
あるいは、後から縁を落とした結果かもしれない。
二百年のあいだに、板が削られることはある。
木目の向き
板に描くとき、木目の向きは重要である。
縦に取るか、横に取るかで、反り方が変わる。
肖像は縦長なので、木目も縦に取るのが普通である。
そうすれば、左右への反りが抑えられる。
九点の画像からは、木目は見えない。
下地と絵具の層に隠れている。
板の厚み
板の厚みは、記録に書かれていない。
寸法の欄には、縦と横しかない。
額の寸法には厚みがあるのに、板そのものの厚みはない。
絵としての大きさは縦横で足りる、という判断だろう。
板を切るということ
板は、木から切り出す。
木目の向き、節の位置、乾き具合。
そうした条件で、取れる大きさが決まる。
同じ寸法にそろえたくても、材の都合が入る。
カンヴァスなら、布を切って木枠に張るだけである。
規格の寸法にそろえるのは、板より容易である。

白い髪
いま見た一点の人物は、白い髪を大きく膨らませている。
これは鬘だろう。
十八世紀の終わりまで、正装では鬘をかぶった。
五点のうち三点が、この髪型である。
残る二点は、自分の髪を短く整えている。
装いの違いが、そのまま時代の変わり目を示している。
赤い上着
この一点の人物は、赤い上着を着ている。
九点の中で、上着が赤いのはこの一点だけである。
残りは、黒か濃紺か褐色である。
暗い背景の中で、赤は強く目立つ。
額の寸法がある四点
九点のうち四点には、額を含めた寸法も書かれている。
残る五点には、それがない。
同じ館の、同じ画家の、同じ種類の九点である。
それでも、書かれているものと、いないものがある。
額の厚み
額の寸法があるうち、三点には厚みの数字も入る。
一点には入らない。
四点の中でも、書式がそろっていない。
測り忘れか、記録に移す途中で落ちたか。
理由は書かれていない。
額は、絵と同時ではない
額は、絵が仕上がった後に付けられる。
注文主が選ぶこともあれば、後の持ち主が付け替えることもある。
だから、額の寸法は絵の年代とは直接結びつかない。
館が額を測って記録するのは、展示や輸送のためだろう。
額の大きさ
額を含めた寸法を見ると、絵より二十数センチ大きい。
つまり、額の幅は片側十センチ余りある。
小さな肖像に、太い額を付けている。
十九世紀前半の額は、金を塗った太い縁が普通だった。
緑の布
いま見た一点の背景には、緑の布が垂れている。
右上の隅に、その端が見える。
背景を暈すだけでなく、こうした要素を入れることがある。
九点のうち、布らしいものが見えるのは二点である。

二点の寸法差
先に見た一点は縦65.3センチ、この一点は縦67センチ。
1.7センチの差である。
並べて掛ければ、上下の線がわずかにずれる。
額でその差を吸収したのかもしれない。
額の寸法が書かれているのは、五点のうち二点だけである。
その二点の額の大きさは、縦88.9センチと90.2センチ。
1.3センチの差がある。
つまり、額でも差は消えていない。
五点で最も大きい一点
いま見た一点は、五点の中で最も大きい。
縦67センチ、横55センチ。
最も小さい一点との差は、2.2センチと7ミリ。
わずかな差である。
並べて掛ければ、気づかない程度だろう。
白と黒だけ
この一点は、色数がきわめて少ない。
白い髪、白い襟、黒い上着、褐色の背景。
それだけである。
色を絞ると、顔に目が集まる。
肖像として、最も基本的な作りである。
同じ顔を、何度も描く
この人物の肖像は、この画家によって何度も描かれている。
同じ構図で、何十点も作られたと伝えられる。
需要があったからである。
そうした複製については、別のところで扱った。
九点の中では、この一点がその系統にあたる。

寸法が、一致する二点
いま見た一点の寸法は、縦66センチ、横54.5センチ。
これは、最初に見た一点とまったく同じである。
小数点以下まで一致している。
五点の中で、寸法が完全に一致するのはこの二点だけである。
同じ板から切り出したのかもしれない。
三点の同じ寸法
横の寸法を見ると、55センチが二点ある。
54.5センチも二点ある。
54.3センチが一点。
つまり、五点の横幅は三種類しかない。
板を切るときに、いくつかの寸法でまとめて用意したのだろう。
一致は、偶然か
一枚の板を二つに切れば、寸法はそろう。
あるいは、同じ寸法で注文したのかもしれない。
館の記録には、そこまで書かれていない。
数字が一致しているという事実だけが残る。
暗い上着
この一点の人物は、暗い上着を着ている。
襟元に白い布を巻き、それが唯一明るい部分である。
背景は褐色に暈され、形のあるものはない。
五点のうち四点が、この作りである。

年が、四年古い
いま見た一点だけ、年が違う。
1817年ごろ。
残る四点は1821年ごろである。
四年の差がある。
五点が同じ組なら、年もそろうはずである。
年の欄の書き方
九点のうち七点には、ころ、が付く。
推定の年だという印である。
板の裏に日付が書かれていれば、年は決まる。
書かれていなければ、他の資料や装いから推定する。
七点は、後者だったのだろう。
組の作られ方
もっとも、組の絵が同じ年に描かれるとは限らない。
先に一点あり、後から四点を足すこともある。
すでにある一点に合わせて、四点の寸法を決めたのかもしれない。
そう考えれば、寸法がそろい、年がずれる理由がつく。
これは推測であって、記録に書かれていることではない。
明るい背景
この一点の背景は、他の四点と違う。
青みと桃色の混じった、明るい空のような面である。
暈した褐色ではない。
背景を明るくすると、人物の輪郭がはっきり出る。
五点の中で、この作りはこの一点だけである。

もう一つの群
いま見た一点から、大きさの群が変わる。
縦73.5センチ、横60.5センチ。
五点の群より、縦で7センチほど大きい。
面積では、二割以上広い。
四点の寸法
この群の四点を並べる。
縦73.5、74、71.8、71.3センチ。
横は60.5、60、57.5、57.5センチ。
五点の群ほどそろっていない。
最大と最小の差は、縦で2.7センチ、横で3センチある。
組ではない四点
つまり、この四点は組として作られたのではないだろう。
別々の注文で、別々の時期に描かれた。
年も、1800年、1803年ごろ、1804年ごろ、1820年である。
二十年に散っている。
注文の違い
指導者の肖像は、公の場所に掛かる。
個人の肖像は、家に掛かる。
置かれる場所が違えば、求められる大きさも違う。
家の壁には、少し大きめの絵が掛かることもある。
四点が五点より大きいのは、そうした事情かもしれない。
個人の肖像
四点の題を読むと、いずれも個人の名である。
指導者ではなく、普通の市民である。
家に飾るために注文された肖像だろう。
そうした絵は、一点ずつ大きさが違ってよい。
年が、はっきりする一点
この一点の年は、1800年とだけ書かれる。
ころ、が付いていない。
九点のうち、年が一つに決まるのは二点だけである。
残る七点には、いずれもころ、が付く。
若い人物
この一点の人物は、九点で最も若く見える。
髪は自分のもので、鬘ではない。
赤褐色の上着に、白い襟を大きく開いている。
1800年という年を考えると、装いが新しい。
額の縁に、手を置く
この一点の人物は、右手を金色の枠のようなものに掛けている。
画面の左に、その縁が縦に走る。
椅子の背か、額か、何かの縁だろう。
手を置く場所があると、姿勢が自然になる。

最も大きい一点
いま見た一点は、九点で最も大きい。
縦74センチ、横60センチ。
最も小さい一点との差は、縦で9センチ余りある。
同じ画家の、同じ種類の肖像でも、これだけの幅がある。
背景が、作り込まれる
この一点の背景は、九点で最も複雑である。
赤い布が垂れ、その奥に柱らしいものが立つ。
右のほうには、空と雲が覗く。
室内から外を見る構図である。
暈した背景の四点とは、まったく違う作りである。
机の上の紙
人物の前には、机がある。
その上に、白い紙が置かれている。
手が、その紙に触れている。
書き物をする人だという印だろう。
額の厚みが薄い
この一点の額の厚みは、6.4センチである。
他の三点は、10.2センチ、11.4センチ、12.1センチ。
この一点だけ、半分ほどしかない。
額は、絵とは別に作られる。
後から付け替えられることもある。
厚みの差は、その履歴を映しているのかもしれない。

唯一の女性
いま見た一点は、九点で唯一の女性である。
題には、本人の姓名が書かれ、その後に括弧が続く。
括弧の中には、夫の姓名に既婚女性の敬称を付けた形が入る。
つまり、二通りの呼び方が並んでいる。
二つの呼び方
当時の記録では、夫の姓名で呼ぶのが普通だった。
いまの読み方では、本人の名が要る。
その両方を残すために、括弧が使われている。
九点のうち、括弧の付く題はこの一点だけである。
髪の形
この一点の女性は、額の上で髪を細かく巻いている。
後ろは高く結い上げられている。
1800年代の初めに流行した形である。
装いの細部が、年の推定の手掛かりになる。
名の中の姓
この人物の名を読むと、途中に画家と同じ姓が入っている。
縁のある人物だったのかもしれない。
しかし、記録にはその関係が書かれていない。
ここでは、同じ姓が含まれるとだけ書いておく。
赤い布
この一点の女性は、黒い衣の上に赤い布をまとっている。
肩から腕へ、大きく流れる。
暗い衣の中で、その赤が目を引く。
背景は暈された褐色である。
額の寸法に、厚みがない
この一点の額の寸法には、厚みの数字がない。
縦と横だけである。
同じ館の、額の寸法がある四点のうち、この一点だけである。
書式のそろわない例が、ここにも出ている。

赤い背景
いま見た一点の背景は、濃い赤である。
九点の中で、これだけが赤い背景を持つ。
白い髪と白い襟が、その赤の上に浮かぶ。
暈した褐色より、はるかに強い対比になる。
白い髪と、赤
この一点の人物は、白い髪をしている。
赤い背景の上で、その白がはっきり浮かぶ。
背景に強い色を使うのは、賭けでもある。
顔の色が負ければ、人物が沈む。
二つの群の、あいだ
この一点の寸法は、縦71.3センチ、横57.5センチ。
四点の群の中では、最も小さい。
五点の群の最大が67センチだから、その差は4センチ余りである。
二つの群のあいだは、それほど大きく空いていない。
それでも、群として分かれて見える。
年が、決まる一点
この一点の年は、1820年とだけ書かれる。
ころ、が付かない。
先の一点と合わせて、九点で二点だけである。
板の裏に年が書かれていたのかもしれない。
記録には、根拠が書かれていない。
板という選択
最後に、最初の問いに戻る。
なぜ、九点はすべて板なのか。
板には、いくつかの利点がある。
面が硬く、絵具を薄く重ねても凹まない。
布のように織り目が出ないので、滑らかな面ができる。
肌を細かく描くには、向いた下地である。
滑らかな面
板の面は、布より滑らかである。
布に描くと、織り目が絵具の下から出る。
薄く塗るほど、その目が見える。
肌を滑らかに見せたいなら、板のほうが有利である。
九点の顔が、いずれも滑らかに描かれているのは、そのためかもしれない。
板の欠点
一方、欠点もある。
重い。反る。割れる。
そして、大きくできない。
九点の最大が縦74センチにとどまるのは、その制約だろう。
全身の肖像を板で描くのは、現実的ではない。
胸から上、という形
九点は、いずれも胸から上を描いている。
全身も、膝から上もない。
板という下地が、この形を選ばせている面がある。
胸から上なら、七十センチ台の板で足りる。
寸法の欄と、技法の欄が、互いに理由を説明している。
同じ画家の複製については、一ドル紙幣の、あの顔——ギルバート・スチュアートの複製で扱った。
夫婦を対にして描く扱いについては、夫と妻を、対にして掛ける——ギルバート・スチュアートも参照されたい。








