肖像画は、二十日で仕上がった——トマス・サリーの帳簿
一度の写生から、何点も生まれる
サリーはこの年、フィラデルフィアの団体の依頼でロンドンへ渡った。
即位したばかりの女王を描くためである。

これが王宮で描かれた原習作である。
背景は塗られていない。茶色のぼかしが頭のまわりだけに置かれ、画布の地が広く残る。
女王は右肩の上からこちらを見ている。髪は中央で分けられ、宝石の冠をのせている。
肩は素肌で、薄い布がかかる。左肩に赤い布の端が見える。
そして画面の右に、指輪と留め具の小さな習作が二つ描き込まれている。
本画のために宝飾の形を控えておいたものだ。
帳簿によれば、着手は3月22日、完成は5月15日。値段の欄には500ドルと書かれている。
ただし、この500ドルは受け取っていない。画家は生涯この絵を手放さなかった。
のちに娘のもとへ渡り、そこからメトロポリタン美術館に入った。
同館の受け入れ記録が「ダーリー家からの遺贈」となっているのは、その経緯による。
座ったのは一度きりではない
写生の場面については、本人の書き残した記述がある。
王宮に着くと、まず自分の場所を整えた。女王は侍女と小犬を伴って現れた。
犬は呼ばれても来ず、気が向くと玉座に上って膝に頭をのせた——そう書いている。
「あなたの座り方は正しいか」と問われ、「あなたはよい。私がよくない」と答えて画架を動かした。
王冠は別に運び込まれ、それだけを写した。
次の来訪者は画家のウィルキーで、三十分ほど待たされたという。
以上は本人の記述であり、他の証言と突き合わせたものではない。
そのうえで、帳簿の続きを見ると仕事の形が分かる。
この一度の写生から、大きな絵が次々に作られている。
5月25日から6月24日にかけて、四分の三身の一点(1,000ドル)。
9月30日から翌年1月14日にかけて、全身像(1,000ドルを受領)。
10月2日から12月20日にかけて、もう一点の全身像(2,000ドルと記入、贈与)。
さらに1839年に胸像の複製(150ドル)。
そして1871年にも複製(100ドル)。このとき画家は88歳である。

赤い天蓋、金色の階段、白貂の縁取りの長い外套。
原習作にあった素肌の肩と冠が、そのまま儀礼の装置の中に置き直されている。
この寸法は、帳簿に載る二点の全身像の記載と一致する。
どちらの一点であるかは、所蔵館の公開記録だけでは確定できない。
見積りと、受け取った金は違う
帳簿の値段欄は、実際の入金ではない。
画家は「受取現金」を別の帳簿に付けていた。そちらは失われている。
だから晩年の収入を、値段欄の合計から計算すると過大になる。
値段欄の総額は約24万7千ドル。働いた年数で割ると年平均3,500ドル前後になる。
しかし女王の二点は無償だった。ラファイエットの肖像は600ドルの見積りで、受領は250ドルにとどまる。
同じ時期、イギリスのトマス・ローレンスは頭部の肖像に100ギニー(約500ドル)を得ていた。
半身は420ポンド、全身は630ポンドである。
同じ仕事で、大西洋の西と東に数倍の差があった。
サリーが1809年にロンドンへ学びに行けたのは、7人の後援者が各200ドルを出したからである。
返済の方法は現金ではなかった。滞在中に巨匠の模写を描き、各人に送ることだった。
模写にも値段が付く。帳簿には、レイノルズの絵の写しを300ドル、ティツィアーノの絵の写しを20ドルと記した記入がある。
同じ「模写」でも、元の絵と仕上げの程度で十倍以上の差が出る。
値段は、労力ではなく市場が決めていた。
家族が、商品になるとき
帳簿を追うと、家族の名前が何度も出てくる。

三つ編みの若い女性が、緑色のランプの傘を帽子のようにかぶっている。
傘の縁が影を落とし、目のあたりだけが暗い。手には鉛筆。両手を画板にのせている。
この人物は画家の娘、ロザリー・ケンブル・サリーである。
帳簿の記載は明快だ。1839年11月23日に着手、11月30日に完成、200ドル。
宛先は肖像の依頼主ではなく、出版と美術の商いをしていた人物の名で入っている。
つまり、娘の顔を描いた絵が《学ぶ人》という一般名で売り物になった。
ロザリーは1847年に29歳で亡くなる。
帳簿には、1871年にこの絵の複製を作った記録が残る。妹のためで、100ドルとある。
死後24年たって、姉の顔がもう一度描かれたことになる。
版画になる絵
売れる絵は、版画になった。

金髪の巻き毛の子どもが、白い寝具にうつぶせて眠っている。
背景は暗い赤の垂れ布。枕の上に桃色のばらのつぼみが一輪置かれている。
右下に画家の署名がある。
帳簿では6月7日から6月21日、150ドル。
そして、この絵は版刻された。版画になれば、原画を持たない人にも届く。
肖像画家の商売には、注文品と、売り物の絵と、版画の三層があった。

こちらは詩から採られた画題である。
18世紀の詩人トムソンの《四季》「夏」に出てくる、水浴する娘の場面である。
後ろ姿の裸体が、赤い布と白い布の上にかがみ、片足を水に入れている。
背後は暗い森。木の幹の右手に、光が差す茂みが覗く。
注意しておきたいのは、この絵の出所である。
帳簿によれば、これはベンジャミン・ウェストの作品を、別の画家の模写を介して写したものだ。
着手は1813年、完成は1835年。22年のあいだ手元に置かれていた。
注文が途切れたときに手を入れ、売れるときに出す。在庫のような扱いである。