美術史・技法

茶の絵に、茶は写らない——仁清・陳漢文・ティソほか九点

茶の字は、刀にも付く

四点目で、茶の字は妙なところへ移る。

茶刀
ヨシテル《茶刀》19世紀。館の記録では、木、螺鈿、絹。長さ45.7センチ。幅4.5センチ。重さ204.1グラム。メトロポリタン美術館蔵。ヨシテル《茶刀》メトロポリタン美術館蔵

刀の形をしている。

だが、刃はない。

鞘も柄も木で作られ、表面いっぱいに彫りがある。

雲と、龍らしい獣と、渦を巻く波の形。

彫りのくぼみに、白く光る貝が小さくはめ込まれている。

真ん中あたりに金具があり、そこから濃い藍の絹紐が下がる。

長さ45.7センチ、重さ204.1グラム。

金属の刀に比べれば、驚くほど軽い。

館の記録は、これを医師の刀と分類している。

添えられた日本語の呼び名が、茶刀である。

なぜ茶の字が付くのか、記録はそこまで説明しない。

分かるのは、刀の形をした木の道具に、茶の名が与えられていたことだけである。

記録の中の茶の字を頼りに図版を集めると、こういうものが混ざってくる。

茶碗も茶壺も茶室も、みな茶の字を持つ。

そのうえ、刀にまで茶の字が付く。

一つの飲み物の名が、道具の名に、部屋の名に、身分の名にまで伸びている。

九点のうち、この一点だけが、飲むこととの関係を記録に書かれていない。

彫りの細かさから言えるのは、これが実用の武器ではないということである。

腰に差すためだけの、木の一本。

その名前の中に、茶が入り込んでいる。

彫りの主題も数えておく。

雲、龍らしい獣、渦。

茶にまつわる形は、一つも彫られていない。

名前だけが茶で、姿は茶と関係がない。

字と物が、いちばん離れた一点である。

卓の上では、茶が時刻の名になる

ここから、飲む場面へ移る。

お茶
ジェームズ・ティソ《お茶》1872年。館の記録では、油彩・板。66×47.9センチ。番号は1998.170。メトロポリタン美術館蔵。ジェームズ・ティソ《お茶》メトロポリタン美術館蔵

窓辺の卓に、若い女性が着いている。

黒い三角の帽子に、黄色いリボンが垂れる。

上着は黒いフリルで、袖と裾には小花の柄が出ている。

手袋の手が、銀色の器の口へ伸びている。

卓の上には、蓋の付いた背の高い湯沸かしがある。

その前に、丸い盆と、白いカップが二つ。

盆には、小さな器がいくつも載っている。

背後の窓は、細かい格子とよろい戸で仕切られている。

その向こうに、川と、帆の並ぶ岸辺が見える。

館の記録の札には、女、茶、飲む、の三語が並ぶ。

そして題は、お茶、の一語である。

場面の説明ではなく、飲み物の名が題になっている。

茶と言えば、卓と器と、この時刻のことだと分かる。

だから題は一語で足りる。

窓の外の川は、茶を運んできた側の水である。

運ぶ水路と、飲む卓が、一枚の板の中で背中合わせになっている。

もっとも、これは記録が言っていることではない。

記録が言うのは、油彩の板だということと、寄贈の年だけである。

板は66×47.9センチと、絵としては小ぶりである。

1998年に、収集家夫人の寄贈で館へ入った。

描かれてから百二十年以上たって、美術館の壁に掛かったことになる。

湯沸かしの形で、土地が分かる

六点目も、飲む場面である。

ロシア茶
アーヴィング・ワイルズ《ロシア茶》1896年ごろ。館の記録では、油彩・カンヴァス。122×91.6センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。アーヴィング・ワイルズ《ロシア茶》スミソニアン協会蔵

暗い部屋である。

白い卓布の上に、金色の胴のふくらんだ器が据わっている。

胴の下には小さな脚があり、上には蓋と栓が付く。

湯沸かしである。

その脇には、笠を付けた燭台が二つ。

壁の高いところにも、同じ笠の灯りが並んでいる。

金の額の鏡が、部屋の光をまとめて映す。

卓を囲むのは、四人の女性である。

一人が湯沸かしの栓に手を伸ばし、こちらに背を向けた一人が椅子に掛ける。

グラスが二つ、卓の上で光っている。

題は、ロシア茶である。

茶の名に、土地の名が付いている。

湯を沸かす器の形が、その土地を名乗っているのだろう。

館の記録は短く、作者と年と寸法しか書いていない。

だから、この器の名も、部屋の場所も、記録からは決められない。

言えるのは、灯りの数と、卓の白さと、金の胴の照りだけである。

高さ122センチの、大きな油彩である。

飲む場面が、これだけの画面を与えられている。

午後という時間に、名前が付く

午後のお茶、フィリップス夫人とチャールズ・ウィブリー夫人
ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《午後のお茶、フィリップス夫人とチャールズ・ウィブリー夫人》1897年。館の記録では、リトグラフ。番号は1924.1。クリーヴランド美術館蔵。ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《午後のお茶、フィリップス夫人とチャールズ・ウィブリー夫人》クリーヴランド美術館蔵

薄い線だけの石版画である。

紙の白が、そのまま部屋の明るさになっている。

左に一人、右に一人。

小さな卓を挟んで、女性が二人向かい合う。

右の人は帽子をかぶり、肩に毛皮らしいものを掛けている。

卓の上のものは、線が薄すぎて数えられない。

背景の壁も、椅子も、輪郭がほどけている。

題が長い。

午後のお茶、そして二人の名前である。

しかも二人とも、夫の名で呼ばれている。

フィリップス夫人、チャールズ・ウィブリー夫人。

茶の時間が、名前の付いた集まりになっている。

前の二点では、茶は卓の上の物だった。

ここでは、茶は予定表の中の言葉である。

午後のお茶、という決まった時刻の名がある。

その時刻に、誰と誰が向かい合ったかが、題に記録されている。

飲み物の名が、時刻の名になり、集まりの名になる。

そして画面には、湯気も茶碗も、はっきりとは描かれていない。

館の記録も短く、作者と年と技法しか書いていない。

来歴の欄には、寄贈した夫妻の名だけがある。

石版画は同じ図が何枚も摺れるから、来歴は軽くなりがちである。

一枚しかない油彩ほど、持ち主の名は長く連なる。

器は、揃いで作られる

八点目は、また道具に戻る。