茶の絵に、茶は写らない——仁清・陳漢文・ティソほか九点
茶の字は、刀にも付く
四点目で、茶の字は妙なところへ移る。

刀の形をしている。
だが、刃はない。
鞘も柄も木で作られ、表面いっぱいに彫りがある。
雲と、龍らしい獣と、渦を巻く波の形。
彫りのくぼみに、白く光る貝が小さくはめ込まれている。
真ん中あたりに金具があり、そこから濃い藍の絹紐が下がる。
長さ45.7センチ、重さ204.1グラム。
金属の刀に比べれば、驚くほど軽い。
館の記録は、これを医師の刀と分類している。
添えられた日本語の呼び名が、茶刀である。
なぜ茶の字が付くのか、記録はそこまで説明しない。
分かるのは、刀の形をした木の道具に、茶の名が与えられていたことだけである。
記録の中の茶の字を頼りに図版を集めると、こういうものが混ざってくる。
茶碗も茶壺も茶室も、みな茶の字を持つ。
そのうえ、刀にまで茶の字が付く。
一つの飲み物の名が、道具の名に、部屋の名に、身分の名にまで伸びている。
九点のうち、この一点だけが、飲むこととの関係を記録に書かれていない。
彫りの細かさから言えるのは、これが実用の武器ではないということである。
腰に差すためだけの、木の一本。
その名前の中に、茶が入り込んでいる。
彫りの主題も数えておく。
雲、龍らしい獣、渦。
茶にまつわる形は、一つも彫られていない。
名前だけが茶で、姿は茶と関係がない。
字と物が、いちばん離れた一点である。
卓の上では、茶が時刻の名になる
ここから、飲む場面へ移る。

窓辺の卓に、若い女性が着いている。
黒い三角の帽子に、黄色いリボンが垂れる。
上着は黒いフリルで、袖と裾には小花の柄が出ている。
手袋の手が、銀色の器の口へ伸びている。
卓の上には、蓋の付いた背の高い湯沸かしがある。
その前に、丸い盆と、白いカップが二つ。
盆には、小さな器がいくつも載っている。
背後の窓は、細かい格子とよろい戸で仕切られている。
その向こうに、川と、帆の並ぶ岸辺が見える。
館の記録の札には、女、茶、飲む、の三語が並ぶ。
そして題は、お茶、の一語である。
場面の説明ではなく、飲み物の名が題になっている。
茶と言えば、卓と器と、この時刻のことだと分かる。
だから題は一語で足りる。
窓の外の川は、茶を運んできた側の水である。
運ぶ水路と、飲む卓が、一枚の板の中で背中合わせになっている。
もっとも、これは記録が言っていることではない。
記録が言うのは、油彩の板だということと、寄贈の年だけである。
板は66×47.9センチと、絵としては小ぶりである。
1998年に、収集家夫人の寄贈で館へ入った。
描かれてから百二十年以上たって、美術館の壁に掛かったことになる。
湯沸かしの形で、土地が分かる
六点目も、飲む場面である。

暗い部屋である。
白い卓布の上に、金色の胴のふくらんだ器が据わっている。
胴の下には小さな脚があり、上には蓋と栓が付く。
湯沸かしである。
その脇には、笠を付けた燭台が二つ。
壁の高いところにも、同じ笠の灯りが並んでいる。
金の額の鏡が、部屋の光をまとめて映す。
卓を囲むのは、四人の女性である。
一人が湯沸かしの栓に手を伸ばし、こちらに背を向けた一人が椅子に掛ける。
グラスが二つ、卓の上で光っている。
題は、ロシア茶である。
茶の名に、土地の名が付いている。
湯を沸かす器の形が、その土地を名乗っているのだろう。
館の記録は短く、作者と年と寸法しか書いていない。
だから、この器の名も、部屋の場所も、記録からは決められない。
言えるのは、灯りの数と、卓の白さと、金の胴の照りだけである。
高さ122センチの、大きな油彩である。
飲む場面が、これだけの画面を与えられている。
午後という時間に、名前が付く

薄い線だけの石版画である。
紙の白が、そのまま部屋の明るさになっている。
左に一人、右に一人。
小さな卓を挟んで、女性が二人向かい合う。
右の人は帽子をかぶり、肩に毛皮らしいものを掛けている。
卓の上のものは、線が薄すぎて数えられない。
背景の壁も、椅子も、輪郭がほどけている。
題が長い。
午後のお茶、そして二人の名前である。
しかも二人とも、夫の名で呼ばれている。
フィリップス夫人、チャールズ・ウィブリー夫人。
茶の時間が、名前の付いた集まりになっている。
前の二点では、茶は卓の上の物だった。
ここでは、茶は予定表の中の言葉である。
午後のお茶、という決まった時刻の名がある。
その時刻に、誰と誰が向かい合ったかが、題に記録されている。
飲み物の名が、時刻の名になり、集まりの名になる。
そして画面には、湯気も茶碗も、はっきりとは描かれていない。
館の記録も短く、作者と年と技法しか書いていない。
来歴の欄には、寄贈した夫妻の名だけがある。
石版画は同じ図が何枚も摺れるから、来歴は軽くなりがちである。
一枚しかない油彩ほど、持ち主の名は長く連なる。
器は、揃いで作られる
八点目は、また道具に戻る。