茶の絵に、茶は写らない——仁清・陳漢文・ティソほか九点
葉を仕舞う壺、皇帝の詩を彫った急須、渓谷で湯を沸かす扇の絵、そして茶の字が付いた木の刀。茶にまつわる九点を数えると、注がれた茶の色も湯気も葉も、どこにも写っていなかった。茶の絵とは、道具と時刻の名の絵である。

茶の葉は、壺の中で眠っている
まるい壺である。
肩が張り、下へすぼまり、口はすぼめた筒になっている。
肌は橙色で、細かい砂の粒が浮いている。
肩には、小さな耳が四つ付いている。
上から白い釉が流れ、途中で止まって垂れている。
流れた白は、左右で長さが違う。
高さ28.3センチ、口の差し渡し28.7センチ。
両手で抱えるくらいの大きさである。
胴には、轆轤の跡が横に何本も残っている。

これは、茶の葉を仕舞う壺である。
館の記録では、仁清は信楽の焼き物を作り直してこの壺を得た。
信楽はもともと、農作物を入れるための器だという。
暖かい橙色と、左右のそろわない丸みと、灰がかかってできる不ぞろいの釉。
その味わいを、茶人たちは求めた。
そこで、素朴さの気配を残しながら、より整った一つを作った、と記録は読む。
館の記録は、茶の集まりの作法にも触れている。
床の間には掛物や書が掛けられ、集まった人が器と一緒に眺めて語り合う。
掛物のそばには、季節の花を生けた器が置かれるのが常だという。
つまり茶の道具は、単独ではなく、部屋ごと組み合わされて見られていた。
豆知識の欄には、きれいさび、という語が置かれている。
整った美しさと、さびた味わいを重ねた言い方である。
底には、仁清の印が土に押されている。
箱の蓋の裏には、紙が貼られている。
富山の前田の家から出た仁清の茶入である、と書かれているという。
館の記録は、その紙の言い分をそのまま書き写している。
由緒書きが本当かどうかまでは、記録も決めていない。
さて、この壺の中身は空である。
茶の葉は、とうに使われてしまった。
道具だけが残り、飲まれた茶は残らない。
そのことを頭に置いて、茶の九点を並べてみたい。
葉を仕舞う壺、湯を注ぐ急須、卓の上の器揃い。
茶の道具は、飲むまでの道のりの数だけある。
茶を煮る絵、茶を飲む場面、茶の道具を売る店。
数えたいことは、二つである。
画面に、茶そのものは写るのか。
そして、茶の字はどこまで広がるのか。
急須に、皇帝の詩が彫ってある
二点目は、手のひらに載る急須である。

赤茶けた肌が、つやを持つまで磨かれている。
胴は平たくふくらみ、蓋には小さなつまみが付く。
把手はまるく、注ぎ口は短い。
胴の片側には、金で山と水が描かれている。
反対の側には、金の文字が並ぶ。
館の記録では、この文字は皇帝の詩である。
古風な篆書で書かれた、乾隆帝の作だという。
1762年、三度目の南巡のときに作られた詩とある。
南の中国へ行き、統治を固めるための旅だったと記録は書く。
滝を詠んだ詩で、岩の裂け目から鶴が飛び立ち、仙人が道の教えを説く、と続く。
昔と今は隔たっていない、という句も訳に見える。
底には、作り手の印が押されている。
陳漢文の作、と読めるという。
つまりこの器には、二人の名前が入っている。
胴に皇帝の詩、底に作った人の印。
上を向けて置けば詩が見え、伏せて置けば作者の名が見える。
宜興の急須は、もともと明の文人官僚のために作られた。
簡素と抑制を尊ぶ人たちの器だった、と記録は説明する。
それを、清の初めの皇帝たちが宮廷に持ち込んだ。
素朴な形の器に、皇帝の詩が金で入る。
素朴さは、そのとき装いに変わる。
注ぐための形については、急須と銀の器の回でも数えた。
ここで見たいのは、注ぐ道具に読むものが付いていることである。
湯を注ぐあいだ、手のひらの中で詩が読める。
飲む時間と、読む時間が、一つの器で重なっている。
湯は、渓谷でも沸かせる
三点目は、絵である。

扇の形をした紙が、青い緞子の軸に貼られている。
扇の骨の跡が、細い筋になって残る。
左には、濃い墨の木立がひとかたまり。
その根もとに、小さな屋根らしいものが見える。
右へゆくにつれて墨は薄くなり、山なみが淡く重なる。
ところどころに、薄い朱がさしてある。
左の端には、賛と、朱の印が置かれている。
題は、渓谷に茶を煮る、である。
湯を沸かしている当人は、木立の陰に紛れて、はっきりとは見えない。
見えるのは、山と、水と、木立だけである。
それでも題は、この景色を茶の時間だと言い切っている。
描いたのは、青木木米である。
京の焼き物の作り手として名を残した人が、扇に山水を描いた。
梅の花を白磁に写した小さな茶入も、この人の仕事である。
そちらは春の花を数えた回に出てくる。
作る人と描く人が、同じ一人の中にいる。
そして描いたのは、自分の作った器ではなく、器を使う場所のほうだった。
野の湯、渓の水、木立の陰。
道具ではなく、道具を持ち出す先を描いている。
扇の面という支持体も、持ち歩くものである。
あおげば風が出るはずの紙に、湯を沸かす景色が描かれた。
いまはその扇が、掛軸に仕立て直されている。
表具を含めれば、高さ100センチの軸になる。
手で持つ道具が、掛けて眺めるものへ移された。
茶の道具の多くも、同じ道をたどる。
使うために作られ、やがて見るために飾られる。
この九点は、その後半にいる物ばかりである。