番号の差が、八である——タッカー製陶所ほかのカップと受皿
読点でつながれた二つの番号。その差が八なら、同じ受入に八客あったと推せる。差が一なら、一組ずつ振っている。書かれていない揃いの規模を、記号の構造から読み取る。二つで一件にする理由も考えたい。受皿が深く作られている理由にも触れたい。

番号が二つあって、物も二つある
メトロポリタン美術館の記録に、こういう番号がある。
六三・八八の一七、および二五。
読点で、二つの番号がつながれている。
前の回に見た六曲一双の屏風と、同じ書き方である。
物が二つあり、記録は一つ。
そして題は《カップと受皿》である。
飲むための器と、それを載せる皿。
二つで一組として使う。
だから、一件にまとめられている。

白い磁器のカップが、受皿の上に載っている。
カップの口の縁に、金の帯が回っている。
胴の中ほどにも、細い金の線。
正面に、金の文字が三つ並んでいる。
持ち主の頭文字だろう。
受皿の縁にも、金の帯がある。
そして中央に、金の唐草模様が輪になって描かれている。
上品な作りである。
寸法の欄も、二段になっている。
カップの高さと口径。
受皿の高さと径。
二つの物だから、二組の数字が要る。
番号の差が、八である
ここで、番号をよく見てほしい。
一七と、二五。
差は八である。
そして、次の一件も見てみたい。

一二と、二〇。
差は、やはり八である。
これは偶然ではないだろう。
同じ受入のなかで、カップに一二から一九までの番号を振り、受皿に二〇から二七までを振る。
そう考えれば、差が八になる理由が説明できる。
つまり、受け入れたときには、カップとカップ、受皿と受皿でまとめて番号を振った。
種類ごとに並べて、順に数えていったのである。
そのあとで、どのカップとどの受皿が組かを判断し、記録を一つにまとめた。
番号の付け方と、記録のまとめ方が、別の段階で行われている。
そして、この一件の画像には、カップしか写っていない。
受皿が写っていない。
題は《カップと受皿》である。
記録には、受皿の寸法も書かれている。
しかし、画像には無い。
前の回までに、同じ状況を何度も見てきた。
一双の屏風で、一隻しか写っていない。
十八葉の画帖で、一葉しか写っていない。
一件のなかの一部だけが、画像になる。
番号が、隣り合っている場合
すべての件が、そういう番号の付け方をしているわけではない。

二九と、三〇。
差は一である。
つまり、カップと受皿に続けて番号を振っている。
一組ごとに、二つずつ。
さきほどの製陶所の例とは、方針が違う。
同じ館の、同じ分類のなかで、番号の付け方が二通りある。
理由は、受け入れの単位だろう。
一組ずつ受け入れれば、続けて振る。
まとめて受け入れれば、種類ごとに振る。
画像は、白黒である。
古い写真をそのまま使っているのだろう。
左に、受皿が立てて置かれている。
そこに、木の下に立つ人物と、動物が描かれている。
右に、把手の付いたカップ。
こちらにも、動物と草の模様がある。

こちらも、番号が隣り合っている。
二六と二七。
同じ受入の一群である。
そして技法の欄に「転写摺」とある。
模様を版で紙に摺り、それを器に移して焼き付ける方法である。
手で描くより速く、同じ模様を大量に作れる。
画像は、やはり白黒である。
受皿の中央に、木の下の場面がある。
人物が数人と、動物。
右のカップにも、腰かけた人物の場面が描かれている。
文化の欄に「英国、アメリカ向け」とある。
英国で作り、アメリカへ売るための品である。
三つの物で、一件になる

題に「蓋付き」とある。
カップと、蓋と、受皿。
三つの物である。
だから、枝番もa、b、cの三つになる。
読点でつなぐのではなく、枝番の範囲で示している。
これも、前の回に見た二通りの書き方である。
読点でつなぐ形と、枝番で示す形。
受け入れの手続きの違いが、記号の形に残る。
画像には、桃色の器が写っている。
胴に、縦の細い襞が何本も入っている。
上に、山形の蓋が載っている。
その頂に、金の摘みが立っている。
両側に、金の把手が付いている。
そして下に、白い受皿。
こちらも、縁が波打っている。
寸法の欄は、一組だけである。
高さ九・八センチ、径一五・四センチ。
三つの物があるのに、数字は一組しかない。
蓋を載せた状態の高さと、受皿の径だろう。
大きさが、時代で変わる
九点の寸法を並べてみたい。
カップの高さは、四・一センチから九・二センチ。
倍以上の開きがある。
受皿の径は、一一・四センチから一五・四センチ。
こちらは、それほど変わらない。
年代順に並べると、傾向が見えてくる。
十八世紀の二点は、カップの高さが六センチ台。
受皿の径は一二・一センチ。
十九世紀のものは、カップが七センチ台から九センチ台。
受皿は一四センチ前後。
つまり、時代が下るほど大きくなる。
飲む量が増えたのか、器の作り方が変わったのか。
館の記録は、そこまで書いていない。
数字を並べると、そういう傾向が浮かぶ、というだけである。