茶屋は静かで、宿屋は暗い——俊満・オスターデ・スローンほか九点
立ち寄る場所には、知らない人が居合わせる。九点で数えると、器や杯があるのは六点だった。日本の茶屋は明るく人が少なく、ヨーロッパの宿屋は暗く人が多い。床の高さが姿勢を決めている。店の名が読めるのは二点だけである。

宿屋の土間で、人が踊っている
一枚の銅版画に、宿屋の内部がある。
館の記録に、寸法の欄はない。
画面は横長である。
天井は低く、太い梁が渡る。
梁からは、布や道具が下がる。
奥の壁には、大きな暖炉がある。
火が焚かれ、その前に人が集まる。
画面の中央、土間の広いところで、二人が踊っている。
一人は腕を上げ、脚を曲げる。
もう一人は、手を差し出す。
その周りに、人が二十人以上いる。
座る人、立つ人、酒を飲む人がいる。
右のほうには、卓を囲む一団がある。
左には、樽と桶が積まれる。
手前の床には、器と道具が転がる。
犬らしい影も見える。
線は細かく、無数に刻まれている。
床の敷石の目地まで描かれている。
館の記録の題は、宿屋の踊りという。

宿屋も茶屋も、人が立ち寄る場所である。
住む場所ではなく、通りすがりに使う場所だ。
だから、そこには知らない人同士が居合わせる。
九点を並べて、その居合わせ方を数えたい。
東と西で、場所の性格が違う
集めかたは、館の記録の題によっている。
宿、茶屋、旅籠、酒場にあたる語が入るものを拾った。
九点のうち、日本の版画が二点。
ヨーロッパとアメリカの作品が、七点である。
そして、場所の性格がはっきり分かれた。
日本の二点は、茶屋である。
静かで、人数が少ない。
ヨーロッパの五点は、宿屋か酒場である。
賑やかで、人数が多い。
残る二点は、聖書の場面と、地下の酒場だった。
茶屋の、静かな二点
日本の二点を見たい。
一点目は、紙が33×23センチ。
縦長の画面である。
画面の下のほうに、縁台がある。
その上に、女性が三人いる。
一人は立ち、二人は腰かけている。
いずれも大きな模様の衣を着る。
一人は、湯呑らしいものを手にする。
縁台の前には、草履が並ぶ。
奥には、簾を巻き上げた建物がある。
上のほうには、庇と、鳥の群れが小さく描かれる。
色は灰と淡い緑と淡い紫である。
館の記述によれば、この画家は静かな色の調和を好んだ。
そして、風景のなかに人物を置くことが多かったという。
館はさらに、この画家が版画のほかに絵も詩も手がけたと書く。
金属の象嵌や漆の仕事もしたという。

二点目は、26.7×19.1センチ。
こちらも縦長である。
画面の中央に、朱塗りの棚がある。
棚には、丸い器が載る。
その左に、女性が一人立つ。
手を伸ばし、器に触れている。
右には、もう一人が腰かける。
膝を立て、こちらを見ている。
二人とも、長い裾を引いている。
上のほうには、暖簾が下がる。
暖簾には、大きな文字と印が染められている。
館の記録の題によれば、それが店の名である。
床は板張りで、細い線が引かれている。
つまり、店先の場面である。

宿屋の、賑やかな三点
ヨーロッパの三点を見たい。
一点目は、いま見た版画である。
二点目は、板絵である。
額なしで37.2×26.3センチ。
縦長の小さな画面である。
画面の中央に、三人の男がいる。
一人は赤い上着で、樽に腰かける。
長い管を持ち、煙を吸っている。
その右の男は、椅子に深く沈んでいる。
頭を後ろへ倒し、口を開けている。
もう一人は立って、管に何かを詰めている。
そして、座った男を見て笑っている。
床には、水差しと器がある。
奥の壁には、棚と、掛けた道具がある。
館の記述によれば、これは煙草を吸う場面である。
当時、煙草は新しい輸入品だった。
薬として効くと信じられていたという。
そして館は、頭を倒した男の姿が吸いすぎを示すと書く。
つまり、この画面には笑いがある。

三点目は、油彩である。
全体で97.8×102.2センチ。
ほぼ正方形の画面である。
画面の右に、建物の壁と扉がある。
その前に、人が二十人ほど集まっている。
座る人、立つ人、子どもを抱く人。
一人は樽に腰かけ、器を持つ。
手前には、犬が一匹寝ている。
左のほうには、崩れた塔らしい建物がある。
さらに左は、開けた土地と木立である。
空は上のほうが暗く、雲が広がる。
館の記録の題は、宿屋のそばの宴という。
つまり、屋外の場面である。
宿屋は、右の建物だろう。
館の記録に、記述の欄はない。

四点目は、素描である。
紙は19.8×31.3センチ。
横長の画面である。
画面の中央に、踊る人が数人いる。
いずれも仮装らしく、衣が大きく広がる。
腕を上げ、脚を交差させている。
その周りに、見物の人が座る。
女性は白い衣で、髪を高く結う。
奥には、木立と、吊るした灯りがある。
灯りは丸く、数個並ぶ。
線は速く、淡彩が薄く置かれる。
館の記録の題によれば、庭の居酒屋での催しである。
制作は1756年である。
つまり、屋外に設けられた酒場の場面である。
