一枚の絵と、十分間——クロード・ロランの一枚で試す六つの手順
0〜1分——言葉にする
まず、見えているものを言葉にする。
声に出さなくてよい。頭の中で、名詞を並べるだけでいい。
例の一枚なら、こうなる。木。丘。建物。空。牛。人。影。
次に、位置を足す。左に太い木。中央に細い木が三本。その奥、丘の上に石造りの建物。右にも大きな木。
手前は暗い草地で、そこに牛が二頭と、人がいる。
一分やってみると、たいてい「思ったより描いてある」ことに気づく。
最初の同定では、木と丘と建物しか拾えていない。牛や人は、探して初めて見つかる。
この段階の目的は、目を細部に慣れさせることである。
1〜3分——明暗を見る
次に、色を無視して、明るさだけを見る。
やり方は簡単で、目を細める。まつげの間から見ると、細部が消えて、明暗の塊だけが残る。
画面を写真に撮って白黒にしてもよい。
例の一枚では、こうなる。上三分の一の空がいちばん明るい。中景の丘と建物が、その次に明るい。
手前の草地は、暗い。左右の木も、暗い。
つまり画面は、明るい帯が中央にあり、上下と左右を暗い部分が囲んでいる構造をしている。
この配置は偶然ではない。暗い枠で囲めば、明るい部分が奥に見える。
風景画がどう組み立てられているかは別のコラムで詳しく扱っている。ここでは「明暗の配分には設計がある」という一点だけ確認しておきたい。
3〜5分——色を数える
今度は色を見る。ただし「きれいだ」で終わらせず、数える。
いくつの色が使われているか。いちばん彩度の高い色はどこにあるか。
例の一枚では、緑と茶が大半を占める。空は淡い水色から、地平近くで薄い黄へ移る。
強い色はほとんどない。建物の壁の明るい灰白が、いちばん目立つ色である。
ここで気づくことがある。この絵には、赤がほとんど使われていない。
そのぶん、緑と茶の中に置かれたわずかな暖色が効く。手前の草地に、褐色や黄土がわずかに差してある。
色を数える作業をすると、その画家が何を抑えているかが見えてくる。使っている色より、使っていない色のほうが情報量が多いことも多い。

比較のために、まったく別の絵でも同じことをやってみたい。
この静物画では、色は大きく四系統しかない。リンゴの赤と黄。籠と卓の茶。布の白と青灰。背景の緑がかった灰。
そのうえで、リンゴの一つひとつを見ると、一個の中に赤・黄・緑が並べて置かれている。
遠くから見れば四系統、近くで見れば一個の中に三色。距離によって色数が変わるわけである。
この二重構造は、多くの絵に共通している。だから色を数えるときは、遠近を切り替えながら数えるとよい。
5〜7分——視線の道を追う
次は、自分の目の動きを観察する。
画面を見ているとき、目はまっすぐ止まっていない。あちこちへ跳んでいる。
その跳び方を、意識してみる。最初にどこを見たか。次にどこへ行ったか。
例の一枚では、たいてい明るい空か、中央の建物から入る。そこから木の幹に沿って下り、手前の暗い草地へ来る。
そして、また建物へ戻る。
この往復が起きるのは、木の幹が縦の線として並んでいるからである。縦の線は、視線を上下に誘導する。
画家はこの誘導を設計している。木の位置、道の向き、明るい部分の並び。どれも視線の通り道を決めるための部品である。
自分の目が誘導されていることに気づくと、絵の見え方はかなり変わる。

分かりやすい例も挙げておく。この一枚では、視線は左下から右上へ、対角線に沿って引かれる。
暗い左半分から、明るい右半分へ。設計が露骨なぶん、練習には向いている。
7〜9分——材料と手つきを見る
ここまでは構成の話だった。次は物質の話をする。
絵は、絵具が塗られた布や板である。その物質としての状態を見る。
拡大できるなら拡大する。美術館なら、許される範囲で近づく。
見るのは、筆の跡である。太いか細いか。速いか遅いか。塗り重ねているか、一度で置いているか。
例の一枚では、手前の草地に、細い筆で引っかいたような線が何本も走っている。空はなめらかで、筆跡がほとんど見えない。
つまり、場所によって手つきを変えている。奥は静かに、手前は荒く。

材料の効きがはっきり見える例も挙げておく。この小さな素描では、紙の茶色がそのまま中間の明るさとして働いている。
塗っていない部分が、絵の一部になっている。この見方を覚えると、「描かれていない場所」に目が行くようになる。
9〜10分——疑問をひとつ作る
最後の一分で、質問をひとつ作る。
答えの出る質問でなくてよい。むしろ出ないほうがよい。
例の一枚なら、こんな質問が出てくる。なぜこの建物は、画面の中央より少し左なのか。なぜ手前の人と牛は、こんなに小さく、暗いのか。
質問を作ると、その絵は記憶に残る。答えを探したくなるからだ。
十分間の締めくくりとしては、これがいちばん効く。