作品を知る

黒は、一色しかない——秋月等観・アンドレア・デル・サルト・ホーマーほか九点

暗いところから、明るいところへ彫る

四点目は、メゾチントである。

ドラゴンアルム、ブラックカラ、あるいはソロモンのユリ
ロバート・ジョン・ソーントン《ドラゴンアルム、ブラックカラ、あるいはソロモンのユリ》1799年から1807年。館の記録では、メゾチント。番号は1939.291。クリーヴランド美術館蔵。ロバート・ジョン・ソーントン《ドラゴンアルム、ブラックカラ、あるいはソロモンのユリ》クリーヴランド美術館蔵

縦長の画面である。

背景は、暗い灰色と褐色の空である。

雲が重く垂れ込め、右奥に山の稜線がある。

画面の中央に、大きな花が立っている。

外側の苞は、深い赤紫で、ほとんど黒く見える。

その苞が、後ろへ大きく反り返る。

中心からは、細長い黒い棒が上へ伸びる。

先は尖り、わずかに曲がる。

下には、葉が広がる。

葉は緑で、細かい斑が入る。

根元には、丸い実らしいものがある。

実の表面には、細かい点が打たれている。

点の密度で、丸みが示されている。

画面の下には、文字が刷り込まれている。

館の記録では、十八世紀の新しい彫りの技法が、植物の版画に幅広い階調をもたらした。

そして館は、メゾチントの手順を説明している。

版の面を荒らしてから、彫る人は暗いところから明るいところへ向かって仕事をする。

そうしてさまざまな明るさを作るという。

つまりこの技法では、はじめに版全体が真っ黒である。

そこから、光の当たる部分だけを削って明るくする。

黒が最初にあり、白があとから作られる。

九点のうち、黒が出発点になっているのは、この一点である。

ほかの八点では、黒はあとから置かれる。

紙にも布にも板にも、はじめは黒がない。

この版画だけが、逆から進む。

そのためか、暗い部分の階調がとても細かい。

空の雲は、灰色から褐色へ切れ目なく移る。

苞の内側も、赤紫から黒へ連続して沈む。

削り残した部分が、そのまま最も暗い場所になる。

黒い衣が、顔を引き立てる

五点目は、肖像である。

女性の肖像
アンドレア・デル・サルト《女性の肖像》1518年ごろ。館の記録では、板に油彩。額なしで82.5×62.2センチ。番号は1944.92。クリーヴランド美術館蔵。アンドレア・デル・サルト《女性の肖像》クリーヴランド美術館蔵

縦長の板絵である。

額なしで82.5×62.2センチある。

背景は深い緑で、平らに塗られている。

中央に、女性が座っている。

体は右を向き、顔だけがこちらへ回る。

頭には、白い布の頭巾をかぶる。

その後ろから、黒い薄い布が垂れる。

上半身の衣は、黒である。

胸元は四角く開き、白い下着が見える。

首には、細い鎖が二重に掛かる。

鎖の粒は、金色の点で表されている。

黒い衣の上なので、粒がよく目立つ。

袖は白く、大きく膨らむ。

袖口から、赤い布がのぞく。

膝の上で、両手が組まれている。

指には、指輪がある。

館の記録では、頭巾と黒い薄布の形が、ある国のものであるという。

そこから、この絵はある画家の短い滞在中に、その人と近しい誰かが描いたと考えられている。

館の記録は、そう推測している。

つまり黒い布の形が、描かれた場所を推し量る手がかりになっている。

九点のうち、黒が土地を示す手がかりになっているのは、この一点である。

黒い衣の表面には、光がほとんど反射していない。

しかし、まったくの平面でもない。

胸元と腕の付け根に、わずかに明るい筋がある。

布の折れ目である。

黒の中に、さらに濃い黒と薄い黒がある。

油彩では、同じ黒でも艶の差で形が出る。

墨やインクにはできない作り方である。

そして白い袖と頭巾が、黒をいっそう黒く見せている。

隣り合う色が、明るさの印象を決めている。

木を、黒く染める

六点目は、家具である。

飾り台
ダニエル・パプスト《飾り台》1870年ごろ。館の記録では、黒く着色した桜材。全体は91センチ。番号は1991.34。クリーヴランド美術館蔵。ダニエル・パプスト《飾り台》クリーヴランド美術館蔵

背の高い台である。

高さは91センチある。

上に平らな天板が載る。

天板の下には、細かい彫りの帯が回る。

その下には、細い柱が四本立つ。

柱は旋盤で挽かれ、節が幾つも刻まれている。

節の数は、四本とも同じである。

同じ形を四つ作るために、旋盤が使われている。

柱のあいだは、空いている。

さらに下には、段になった台座がある。

台座の側面にも、彫りが入る。

全体が黒い。

木目は、ところどころ透けて見える。

館の記録では、この台は黒く染めた木でできている。

もとの材は桜である。

つまり黒檀ではない。

黒檀に見せるために、桜を黒く着色している。

そして館は、この形がある建築家の様式の影響下にあると書いている。

館の記録は、そう説明している。

九点のうち、黒が別の材料に似せるための色なのは、この一点である。

ここでは黒は、絵の具でも墨でもない。

木の表面に染み込ませた色である。

だから塗り重ねた層としては見えない。

木目が透けるのは、そのためである。

完全に隠してしまえば、桜材だとは分からなくなる。

隠しきらないところに、この仕上げの性格がある。

彫りの溝の底にも、黒はきちんと入っている。

溝の底が暗いので、彫りの形がはっきり見える。

天板の上面だけは、光を受けて灰色に見える。

使われて、色が薄くなった場所かもしれない。

黒は、魚と山と花の名になる

最後の三点で、黒は名前になる。