作品を知る

黒は、一色しかない——秋月等観・アンドレア・デル・サルト・ホーマーほか九点

墨は水で薄め、インクは線の間隔で、メゾチントは黒い版を削って明るくする。黒の絵を九点数えると、階調の作り方は材料ごとに違い、家具の黒は高価な木への擬装で、魚と山の黒は画面になく題の中だけにあった。一色しかない色の、使い分けの記録である。

破墨山水図
秋月等観《破墨山水図》クリーヴランド美術館蔵

紙の上に、墨がまとめて落とされている

細長い掛幅である。

画は59.5×26.9センチしかない。

紙の色は、灰色に近い。

画面の中ほどより下に、黒い塊がある。

塊は輪郭を持たない。

濃い墨がにじみ、まわりへ広がっている。

その広がりの中に、薄い墨の部分が混じる。

濃淡は、筆で作られたというより、水と紙が作ったように見える。

塊の右上に、細い線が数本ある。

線は太さが一定ではない。

筆を置いた側が太く、離した側が細い。

まっすぐ立った線である。

木か、柱か、判別しにくい。

さらに右上には、小さな人影らしい形がある。

画面の上半分は、ほとんど空白である。

紙の色がそのまま残っている。

空白の面積のほうが、墨の面積より広い。

下のほうにも、薄い墨の点が二つ三つ落ちている。

破墨山水図
秋月等観《破墨山水図》1510年ごろ。館の記録では、掛幅・紙本墨画。画は59.5×26.9センチ。番号は1976.59。クリーヴランド美術館蔵。秋月等観《破墨山水図》クリーヴランド美術館蔵

館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。

題にある破墨とは、墨を破るという意味である。

紙の表面には、墨が広がった縁の跡が残る。

縁は円くならず、細かく波打っている。

紙の繊維に沿って、水が進んだためである。

濃い部分の中央には、墨が溜まって黒く光る場所がある。

その周囲は、少しずつ薄くなる。

段階は数えられない。

連続して薄くなっているからである。

輪郭を引かず、濃い墨と薄い墨をぶつけて形を作る。

つまり線ではなく、にじみで山や木を示す方法である。

前の回で白が足すか残すかで意味が変わることを見た。

黒は、足す以外にない。

紙はもともと白いので、黒はつねに持ち込まれる色である。

置かなければ、そこに黒はない。

白のように、地の色として最初からあることがない。

そのかわり、どれだけ薄めるかを選べる。

水を多くすれば灰色になる。

水を少なくすれば、ほとんど艶のある黒になる。

つまり一つの材料で、明るさの幅を全部作れる。

この一幅は、その幅を端から端まで使っている。

最も濃いところと、紙の色のままのところが、同じ画面にある。

黒は、一つの材料でどこまで行くか

この一幅を出発点に、黒の使われた九点を数えていく。

黒の材料は、意外に少ない。

煤を集めた墨、焼いた骨から作る黒、そして木を焦がした炭。

いずれも、燃やした残りである。

先に言ってしまうと、九点のうち、黒だけで作られた画面は三点である。

二点では、黒は衣と縁飾りの色である。

一点では、黒は木に塗られた色である。

そして三点では、黒は画面よりも先に、名前の中にある。

もっとも、そのうち一点は花の名で、画面にも黒に近い色がある。

名前の中にある黒は、たいてい画面には出てこない。

出てこないのに、題を読んだ人は黒を思い浮かべる。

魚の名、山の名、そして花の名である。

館の記録に書かれた材料の欄も、順に見ていく。

墨、黒インク、メゾチント、油彩、黒く着色した木。

五つの材料が、九点に分かれている。

同じ黒でも、作り方はそれぞれ違う。

もう一枚の、破られた墨

二点目も、同じ方法による。

破墨山水
牧松周省《破墨山水》16世紀初め。館の記録では、掛幅・紙本墨画。画面は80×33.9センチ。番号は2015.300.55。メトロポリタン美術館蔵。牧松周省《破墨山水》メトロポリタン美術館蔵

こちらも細長い掛幅である。

画面は80×33.9センチある。

紙は褐色に変わっている。

画面の中ほどに、木が数本立つ。

幹は細く、上のほうで枝が広がる。

葉は、濃い墨の点を重ねて表されている。

その左に、薄い墨の塊がある。

山らしい。

輪郭はなく、にじみの縁が形になっている。

さらに奥には、もっと薄い墨の影がある。

画面の上半分は空白である。

下のほうには、細い横線が数本ある。

水際らしい。

線は等間隔ではなく、長さもばらばらである。

そのため、平らな水面というより、浅い岸に見える。

館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。

先の一幅と同じ主題、同じ技法、同じ時代である。

しかし、にじみの位置と濃さが違う。

墨の量と、紙の湿り具合と、筆を離す速さ。

その三つで、同じ方法から別の画面ができる。

九点のうち、同じ技法の作が二点並ぶのは、この二点だけである。

二点を並べると、違いのほうがよく見える。

先の一幅は、塊が画面の下寄りに一つある。

こちらは、木と山と水際が縦に積み重なる。

つまり先の一幅は塊で、こちらは層である。

同じ破墨でも、画面の組み立てが違う。

紙の色の違いも大きい。

褐色に変わった紙では、薄い墨が沈んで見える。

白い紙では、同じ薄さがもっと明るく見えたはずである。

黒の見え方は、地の色に左右される。

黒いインクの線だけで、町が描かれる

三点目は、素描である。

ヴェネツィア、オニサンティ運河とカンポ・サン・セバスティアーノ
アンドリュー・フィッシャー・バナー《ヴェネツィアの運河》1885年。館の記録では、黒インク・黒鉛の痕跡・オフホワイトの網目紙。画面は23.7×31.3センチ。番号は99.38.71。メトロポリタン美術館蔵。アンドリュー・フィッシャー・バナー《ヴェネツィア、オニサンティ運河とカンポ・サン・セバスティアーノ》メトロポリタン美術館蔵

横長の紙である。

23.7×31.3センチしかない。

線は、細い黒インクだけである。

画面の中央に、運河が奥へ延びる。

その上に、低い橋が架かる。

橋の欄干には、細かい線が並ぶ。

左右には、建物が密に立つ。

窓は四角く、線で囲まれている。

窓の中は塗られておらず、紙の色である。

開いているのか閉じているのかは分からない。

屋根の瓦は、短い線の集まりである。

奥には、鐘楼が高く立つ。

塔の上には、丸い屋根がある。

水面には、舟が数艘浮かぶ。

水の線は、水平に短く引かれている。

影は付いていない。

館の札は「建物」「橋」「運河」「舟」そして町の名である。

つまり館は、この画面を町の記録として登録している。

インクの黒は、濃さを変えられない。

薄めれば、線が消える。

だから明暗は、線の密度で作られている。

密なところは暗く、疎なところは明るい。

建物の壁は、線がほとんどない。

だから白く見える。

屋根の下や橋の裏には、線が重ねて引かれている。

だから暗く見える。

線の一本一本は、どこも同じ黒である。

変わっているのは、間隔だけである。

館の記録には、黒鉛の痕跡とも書かれている。

下描きの鉛の線が、わずかに残っているという意味である。

この画家のヴェネツィアについては、ヴェネツィアの運河で扱った。