黒は、一色しかない——秋月等観・アンドレア・デル・サルト・ホーマーほか九点
墨は水で薄め、インクは線の間隔で、メゾチントは黒い版を削って明るくする。黒の絵を九点数えると、階調の作り方は材料ごとに違い、家具の黒は高価な木への擬装で、魚と山の黒は画面になく題の中だけにあった。一色しかない色の、使い分けの記録である。

紙の上に、墨がまとめて落とされている
細長い掛幅である。
画は59.5×26.9センチしかない。
紙の色は、灰色に近い。
画面の中ほどより下に、黒い塊がある。
塊は輪郭を持たない。
濃い墨がにじみ、まわりへ広がっている。
その広がりの中に、薄い墨の部分が混じる。
濃淡は、筆で作られたというより、水と紙が作ったように見える。
塊の右上に、細い線が数本ある。
線は太さが一定ではない。
筆を置いた側が太く、離した側が細い。
まっすぐ立った線である。
木か、柱か、判別しにくい。
さらに右上には、小さな人影らしい形がある。
画面の上半分は、ほとんど空白である。
紙の色がそのまま残っている。
空白の面積のほうが、墨の面積より広い。
下のほうにも、薄い墨の点が二つ三つ落ちている。

館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。
題にある破墨とは、墨を破るという意味である。
紙の表面には、墨が広がった縁の跡が残る。
縁は円くならず、細かく波打っている。
紙の繊維に沿って、水が進んだためである。
濃い部分の中央には、墨が溜まって黒く光る場所がある。
その周囲は、少しずつ薄くなる。
段階は数えられない。
連続して薄くなっているからである。
輪郭を引かず、濃い墨と薄い墨をぶつけて形を作る。
つまり線ではなく、にじみで山や木を示す方法である。
前の回で白が足すか残すかで意味が変わることを見た。
黒は、足す以外にない。
紙はもともと白いので、黒はつねに持ち込まれる色である。
置かなければ、そこに黒はない。
白のように、地の色として最初からあることがない。
そのかわり、どれだけ薄めるかを選べる。
水を多くすれば灰色になる。
水を少なくすれば、ほとんど艶のある黒になる。
つまり一つの材料で、明るさの幅を全部作れる。
この一幅は、その幅を端から端まで使っている。
最も濃いところと、紙の色のままのところが、同じ画面にある。
黒は、一つの材料でどこまで行くか
この一幅を出発点に、黒の使われた九点を数えていく。
黒の材料は、意外に少ない。
煤を集めた墨、焼いた骨から作る黒、そして木を焦がした炭。
いずれも、燃やした残りである。
先に言ってしまうと、九点のうち、黒だけで作られた画面は三点である。
二点では、黒は衣と縁飾りの色である。
一点では、黒は木に塗られた色である。
そして三点では、黒は画面よりも先に、名前の中にある。
もっとも、そのうち一点は花の名で、画面にも黒に近い色がある。
名前の中にある黒は、たいてい画面には出てこない。
出てこないのに、題を読んだ人は黒を思い浮かべる。
魚の名、山の名、そして花の名である。
館の記録に書かれた材料の欄も、順に見ていく。
墨、黒インク、メゾチント、油彩、黒く着色した木。
五つの材料が、九点に分かれている。
同じ黒でも、作り方はそれぞれ違う。
もう一枚の、破られた墨
二点目も、同じ方法による。

こちらも細長い掛幅である。
画面は80×33.9センチある。
紙は褐色に変わっている。
画面の中ほどに、木が数本立つ。
幹は細く、上のほうで枝が広がる。
葉は、濃い墨の点を重ねて表されている。
その左に、薄い墨の塊がある。
山らしい。
輪郭はなく、にじみの縁が形になっている。
さらに奥には、もっと薄い墨の影がある。
画面の上半分は空白である。
下のほうには、細い横線が数本ある。
水際らしい。
線は等間隔ではなく、長さもばらばらである。
そのため、平らな水面というより、浅い岸に見える。
館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。
先の一幅と同じ主題、同じ技法、同じ時代である。
しかし、にじみの位置と濃さが違う。
墨の量と、紙の湿り具合と、筆を離す速さ。
その三つで、同じ方法から別の画面ができる。
九点のうち、同じ技法の作が二点並ぶのは、この二点だけである。
二点を並べると、違いのほうがよく見える。
先の一幅は、塊が画面の下寄りに一つある。
こちらは、木と山と水際が縦に積み重なる。
つまり先の一幅は塊で、こちらは層である。
同じ破墨でも、画面の組み立てが違う。
紙の色の違いも大きい。
褐色に変わった紙では、薄い墨が沈んで見える。
白い紙では、同じ薄さがもっと明るく見えたはずである。
黒の見え方は、地の色に左右される。
黒いインクの線だけで、町が描かれる
三点目は、素描である。

横長の紙である。
23.7×31.3センチしかない。
線は、細い黒インクだけである。
画面の中央に、運河が奥へ延びる。
その上に、低い橋が架かる。
橋の欄干には、細かい線が並ぶ。
左右には、建物が密に立つ。
窓は四角く、線で囲まれている。
窓の中は塗られておらず、紙の色である。
開いているのか閉じているのかは分からない。
屋根の瓦は、短い線の集まりである。
奥には、鐘楼が高く立つ。
塔の上には、丸い屋根がある。
水面には、舟が数艘浮かぶ。
水の線は、水平に短く引かれている。
影は付いていない。
館の札は「建物」「橋」「運河」「舟」そして町の名である。
つまり館は、この画面を町の記録として登録している。
インクの黒は、濃さを変えられない。
薄めれば、線が消える。
だから明暗は、線の密度で作られている。
密なところは暗く、疎なところは明るい。
建物の壁は、線がほとんどない。
だから白く見える。
屋根の下や橋の裏には、線が重ねて引かれている。
だから暗く見える。
線の一本一本は、どこも同じ黒である。
変わっているのは、間隔だけである。
館の記録には、黒鉛の痕跡とも書かれている。
下描きの鉛の線が、わずかに残っているという意味である。
この画家のヴェネツィアについては、ヴェネツィアの運河で扱った。