美術史・技法

青は、面でしか使われない——ホフマン・ドッシ・モンドリアンほか九点

羊飼いのいる聖家族
バッティスタ・ドッシ《羊飼いのいる聖家族》1520年代初め。館の記録では、油彩・カンヴァス。額なしで38.7×32センチ。番号は1949.185。クリーヴランド美術館蔵。バッティスタ・ドッシ《羊飼いのいる聖家族》クリーヴランド美術館蔵

小さな画面である。

38.7×32センチしかない。

左に、石造りの建物の一部がある。

その手前に、女性が座っている。

深い青の衣が、膝から下へ広がる。

上半身には赤い衣を重ねている。

膝の上に、裸の幼子がいる。

幼子は体をひねり、上を向く。

その右には、赤い衣の老人が身をかがめる。

さらに右には、杖にもたれた男が立つ。

緑の上着を着ている。

背後には、暗い木立が広がる。

木々のあいだに、青みを帯びた光が差す。

館の記録では、作者はこの絵の前にある都を訪れた。

そこで先行する画家の仕事を広く学んだという。

そののち、第二の様式で描き始めた。

幼子の柔らかな姿勢、大人の小さな手、高い額、そして横や上を見る顔つきである。

館の記録は、その特徴を並べている。

そして風景についても書いている。

風景は印象のようで、粒立っており、謎めいた銀青色の月光が濃い木立を照らす。

豊かな赤と褐色と緑が、その風景を彩っているという。

館の記録は、そう読んでいる。

つまり、この画面には二種類の青がある。

衣の濃い青と、風景の銀青色である。

そして館は、帰属についても書いている。

この小さな絵は、もとは作者の兄弟の作とされていた。

二人は同じ宮廷の画家として仕えていたという。

しかし構図の対称性と鮮やかな色、そして顔の描き方から、いまの作者に改められた。

館の記録は、そう説明している。

つまり青の使い方も、作者を決める手がかりの一つになっている。

そして風景の青は、月光として描かれている。

夜の光を青で表すという約束は、この時代に広く使われた。

実際の月光には色がない。

青いのは、絵の側の決まりである。

赤と黄と青が、面として並ぶ

四点目では、青は形を持たない。

赤、黄、青のコンポジション
ピート・モンドリアン《赤、黄、青のコンポジション》1927年。館の記録では、油彩・カンヴァス。額なしで49.5×49.5センチ。番号は1967.215。クリーヴランド美術館蔵。ピート・モンドリアン《赤、黄、青のコンポジション》クリーヴランド美術館蔵

正方形の画面である。

49.5センチ四方しかない。

面は、黒い線で区切られている。

線は縦に二本、横に二本走る。

太さはそれぞれ違う。

区切られた面の大半は、白である。

白は完全な白ではなく、灰色や象牙色に近い部分がある。

左上の小さな区画は、赤い。

下の細長い区画は、青い。

右の縦長の細い区画は、黄色い。

三つの色は、それぞれ一区画ずつしか使われていない。

面の中は均一に塗られ、筆の跡がほとんど残らない。

館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。

題には、三つの色の名が並ぶ。

つまりこの絵は、色の名で呼ばれている。

そして青は、下の縁に沿った横長の帯である。

形も、意味も、持たされていない。

九点のうち、青が何も表していないのは、この一点である。

白い面も、よく見れば一様ではない。

区画ごとに、わずかに温度の違う白が塗られている。

つまり色を三つに限った代わりに、白のほうが複数になっている。

黒い線の太さも、場所によって違う。

太い線は面を強く分け、細い線は緩く分ける。

色の面積と、線の太さ。

その二つだけで、正方形の中に釣り合いが作られている。

青の帯は下の縁にあるので、画面を支える台のようにも見える。

雪の上の影も、青い

五点目は、習作である。

冬のアオカケス(『動物界の隠蔽色』のための習作)
アボット・ハンダーソン・セイヤー《冬のアオカケス》1905年から1909年ごろ。館の記録では、油彩・カンヴァス。画面は56.1×45.9センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。アボット・ハンダーソン・セイヤー《冬のアオカケス(『動物界の隠蔽色』のための習作)》スミソニアン協会蔵

縦長の画面である。

下三分の二は、一面の雪である。

雪は白いが、平らではない。

くぼみのところが、薄い青に染まっている。

その青は、上へ行くほど濃くなる。

奥には、細い木が何本も立つ。

幹は灰色で、枝が上へ広がる。

その向こうの空は、青と白がまだらに混じる。

そして雪の上に、鳥が二羽いる。

翼を広げ、体を低くしている。

羽は青く、雪の影の青と近い。

輪郭は、雪との境で溶けかかっている。

手前には、細い枝が数本、雪から突き出ている。

館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。

しかし題には、隠す色についての本の名が入っている。

つまりこの一枚は、鳥が背景に溶けることを示すために描かれた。

雪の影の青と、鳥の羽の青が同じであること。

それがこの絵の内容である。

九点のうち、二つの青が同じ色として使われているのは、この一点である。

そして雪の青は、影の色である。

白い面に落ちる影は、空の色を映して青くなる。

つまりこの青は、雪そのものの色ではない。

空から借りた色である。

鳥の羽の青も、羽の中に青い色素があるわけではない。

羽の構造が光を散らして青く見える。

どちらの青も、光の働きによる青である。

ただし、それは記録に書かれていない。

淡い青の衣が、一枚だけ

六点目は、役者絵である。

淡青の衣だけをまとう男に扮する嵐龍蔵
勝川春英《淡青の衣だけをまとう男に扮する嵐龍蔵》1796年ごろ。館の記録では、木版多色摺、三枚続のうち一枚。画面は32.1×14.3センチ。番号はJP330。メトロポリタン美術館蔵。勝川春英《淡青の衣だけをまとう男に扮する嵐龍蔵》メトロポリタン美術館蔵

細長い縦の版画である。

32.1×14.3センチしかない。

画面の右に、黄色い柵がある。

柵の横木は太く、上下に二本走る。

その前に、男がひとり立っている。

体は横向きで、顔を右へ向ける。

髪は乱れ、額に垂れている。

身にまとっているのは、薄い青の衣が一枚だけである。

衣は肩から下へ流れ、脚のあたりで開く。

脚は素足で、地面に立つ。

手には、細長い棒を持っている。

背後には緑の地面と、低い草が見える。

館の札は「刀」と「役者」の二つである。

つまり館は、この画面を刀と役者の絵として登録している。

題には、淡い青の衣という語が入っている。

そして画面でも、青はその衣にしか使われていない。

木版では、色ごとに版木を彫る。

一色増やせば、版木が一枚増える。

つまりこの淡い青は、そのために一枚の版が用意されている。

淡い色を出すには、絵の具を薄めて摺る。

濃く摺れば、同じ版でも別の色になる。

だから版画の色は、彫りではなく摺りで決まる部分が大きい。

同じ版から刷られた別の一枚では、この衣がもっと濃いかもしれない。

館の記録は、そこまでは書いていない。

書かれているのは、三枚続のうちの一枚だということである。

残る二枚には、別の役者が描かれていたはずである。