青は、面でしか使われない——ホフマン・ドッシ・モンドリアンほか九点
赤や黄は線にも点にもなる。九点の青はほとんどが面だった。空、衣、帯、影。線として引かれた青は頭文字の枠だけである。そして三点では、青は陣営の名と金の空と技法欄の外にあり、一滴も使われていない。面としてしか働けない色の記録である。

逆さに吊られた鳥の、翼が青い
縦長の紙に、鳥が一羽だけ描かれている。
鳥は逆さである。
脚が上にあり、細い紐で結ばれている。
頭は下を向き、くちばしが開いている。
首の羽は淡い褐色で、胸のあたりから青みが差す。
そして翼が、鮮やかな青である。
風切羽は一枚ずつ描き分けられ、先へ行くほど濃くなる。
青の中に、黒い縞が並ぶ。
翼の付け根に近い部分は、明るい水色である。
腹の羽は白に近く、細い筆の跡が幾百と重なる。
尾は下へ長く垂れ、先が黒い。
背景は何も描かれていない。
紙の色がそのまま残っている。
画面の下のほうに、年と組み合わせ文字が記されている。

館の記録では、この一枚は先行する画家の素描の写しである。
その画家の死から半世紀のあいだも、その仕事は画家と収集家を惹きつけ続けた。
作者はその自然の習作の写しでよく知られ、1583年に忠実に写したという。
そして館は、筆の細かさについても書いている。
きわめて細い筆の網が、鳥の腹側の羽を一枚ずつ真似ている。
同時に、全体としては柔らかい綿毛の質感を示している。
館の記録は、そう読んでいる。
さらに、この写しには署名と年が入っている。
だから原作として通そうとしたのではない。
古い巨匠への敬意として描いたのだろうと、記録は推測している。
つまりこの青は、見て描かれた青であり、同時に写された青でもある。
原作を描いた画家については、板に描くことでも扱った。
館の記録は、来歴の欄も長い。
十六世紀のニュルンベルクの収集家から始まり、十九世紀の競売を経ている。
紙の裏には、番号がいくつも書き込まれているという。
透かして見ると読める数字もある。
つまりこの一枚は、何度も台帳に載せられてきた。
そして館は、この写しが同時代の自然観の変化を示すとも書いている。
死んだ鳥を正確に描くことが、自然を客観的に見る態度の現れだという。
対象は死んでいるが、色は生きているときのままである。
青は、どこから来るか
この一枚を出発点に、青の使われた九点を数えていく。
前の回で銀が量られる金属であることを見た。
青も、絵の具である前に物質である。
砕いた石、焼いた土、酸化した銅、そして藍という植物。
どれを使うかで、値段も、色の深さも、変わる。
先に言ってしまうと、九点のうち、青の絵の具が実際に使われているのは五点である。
一点では、青は鳥の羽の色として観察されている。
そして三点では、青は画面になく、題と名前の中にしかない。
数えていくと、青という語が指すものの幅が見えてくる。
頭文字の中に、青い夜がある
二点目は、聖歌集の一葉である。

大きな一葉である。
紙は羊皮紙で、やや黄ばんでいる。
上のほうに、赤い文字で一行が書かれている。
その下に、四線の譜と四角い音符が並ぶ。
左側に、大きな頭文字がある。
文字は青い枠でできている。
枠の内側に、小さな場面が描かれている。
屋根の下に人が集まり、地面に幼子が横たわる。
その背後の空は、濃い青である。
頭文字からは、飾りの蔓が上下と左へ伸びる。
蔓には赤と青と緑の葉が付く。
金の点が、その隙間に散らされている。
下の余白には、円い枠がある。
館の記録では、この頭文字はある聖句の始まりを飾る。
私たちのために一人の子が生まれた、という一節である。
そして館は、この一葉が降誕の日の荘厳なミサの聖歌を含むと書いている。
作者は十五世紀後半のフィレンツェでもっとも名高い装飾画家のひとりである。
その注文主には、公や王や教皇が並ぶという。
館の記録は、そう説明している。
そして頭文字は、この画家に特徴的な明るい色遣いを示しているとも書く。
つまりこの青は、羊皮紙という高価な地の上に置かれている。
羊皮紙は動物の皮を薄く削って作る。
紙より高く、丈夫で、絵の具の発色がよい。
その上に青を置けば、色は沈まずに残る。
館の記録の寸法欄には、一葉の高さだけが記されている。
幅の数字は、いま見る図とうまく合わない。
記録の数字がそのまま画面の縦横を示すとは限らない。
ばらされた写本の一葉については、散逸した写本の一葉で扱った。
この一葉も、いまは一冊の本の一部ではない。
一葉ずつ売られ、別々の収集家の手に渡っている。
聖母の衣と、銀色の月光
三点目は、小さな油彩である。