青は、面でしか使われない——ホフマン・ドッシ・モンドリアンほか九点
ここから、青のない三点
七点目からは、青は画面にない。

黒い線だけの木版である。
画面いっぱいに、槍の穂が林のように立っている。
穂は細く尖り、斜めに交差する。
その下に、兵の頭が密に並ぶ。
数えられないほど多い。
手前には、倒れた人と馬がいる。
甲冑の板が、細かい線で刻まれている。
奥には丘があり、その上に城がある。
空には雲が渦を巻く。
色は一切使われていない。
館の記録では、この木版はある皇帝の自伝の挿絵である。
その本は騎士の出てくる宮廷風の物語の形をとる。
主人公は白い王で、青い王とその一団はある国を表すという。
館の記録は、そう説明している。
そして館は、この皇帝が印刷された図と文を広く使った最初期の君主だったと書いている。
つまり、青はここでは陣営の名である。
白と青の対立は、色そのものではなく、旗印の話である。
そして木版には、白と黒しかない。
九点のうち、色の名が敵味方を分けているのは、この一点である。
そして色を使えない版画で、陣営を描き分けるのは難しい。
この画面でも、どちらが青の一団かは見分けられない。
甲冑も槍も、みな同じ黒い線でできている。
読む人は、本文を読んでから絵を見ることになる。
つまり色の名は、絵ではなく文の側にある。
館の記録は、この本が皇帝の権威を広めるための企ての一つだったと書いている。
多くの助言者、著者、意匠家、職人が動員されたという。
その大がかりな仕事の中で、色は使われなかった。
題に青空とあり、画面に青はない
八点目は、屏風である。

横に長く、背の低い屏風である。
51.5×275.2センチある。
地は金の箔で覆われている。
その金の面に、墨で山が描かれている。
山は連なり、右から左へ続く。
峰は細く尖り、輪郭だけで示される。
山の裾は、金の面に溶けて消える。
雲か霞のように、金がそのまま余白になる。
ところどころ、銀の箔が使われている。
銀は灰色に変わり、山の陰の部分になる。
空は描かれていない。
金の地が、そのまま空である。
館の記録では、この屏風の背の低さは、小さな茶室の仕切りとしての用途を示す。
そして書き込みが、この情景をある国の山並みと同定している。
その山並みは信仰と結び付き、詩にうたわれてきたという。
書き込みでは、そのうちの一峰にとくに触れている。
館の記録は、そう説明している。
さらに館は、材料について一行を添えている。
銀と金の箔の上に描くことで、そそる表面と深い空間を作り出したという。
つまり題にある青空は、金の面として表されている。
九点のうち、題に青があって画面にないのは、この一点と、次の一点である。
青い地の上に、真珠が縫い付けられる
最後の一点は、宮廷の肖像である。

桃色の広い縁に囲まれた図である。
内側の画面は、四角い枠で仕切られている。
枠の中の上半分は、平らな青である。
濃さは一定で、雲も鳥も描かれていない。
その青を背に、男がひとり立っている。
白い上着を着て、腰に帯を締める。
首と耳と胸に、飾りが幾つも下がる。
頭には金の冠をかぶる。
右手を上げ、その手に鳥がとまっている。
鳥の頭には、金の飾りの付いた帽がある。
足もとには、緑の茂みと、色とりどりの花が咲く。
左右には、丸い樹冠の木が二本立つ。
館の記録では、この人は大きな王国の統治者である。
そして狩りの鷹の目をまっすぐ見ているという。
鳥もまた王のように見え、金の羽根飾りと金の首飾りを付けている。
足もとの多彩な芥子と、木々の濃い茂みは、その威に譲るように分かれている。
それによって、平らな青い空を背に姿が引き立つ。
館の記録は、そう読んでいる。
さらに館は、乾いた一行を添えている。
帯と耳飾りのところには、本物の真珠が紙に縫い付けられている。
つまりこの一葉には、絵の具でないものが付いている。
そして技法欄には、紙、ガム・テンペラ、真珠、絹、金が並ぶ。
青の名は、どこにもない。
数えてみると
九点を並べ直す。
青の絵の具が実際に使われているのは、五点である。
写された鳥の翼、頭文字の中の夜空、聖母の衣、正方形の帯、そして雪の影。
役者の衣を加えれば六点になる。
そのうち、青が広い面になっているのは三点である。
平らな空、正方形の帯、そして雪の影。
そして三点では、青は画面にない。
陣営の名、金で表された空、そして真珠の縫い付けられた一葉。
もう一つ数えておく。
九点のうち、青が濃い色として使われているのは三点である。
頭文字の夜空、聖母の衣、そして宮廷の空。
いずれも、面を平らに塗っている。
濃い青の顔料は高価なので、面を塗るには量が要る。
だから、塗られた面積そのものが値段になる。
ただし、それを記録に書いた館は一つもない。
言えることと、言えないこと
言えるのは、青が「面で使われる色」だということである。
赤や黄は、線としても点としても使える。
しかし九点の青は、ほとんどが面である。
空、衣、帯、影。
線として引かれている青は、頭文字の枠だけである。
言えないのは、青がつねに高価だという話である。
雪の影の青は、白の上にごく薄く置かれている。
役者の衣の淡い青も、版木一枚ぶんの色にすぎない。
濃く塗るか、薄く敷くかで、要る量はまったく違う。
そして三点では、青は一滴も使われていない。
最後に、はじめの一枚へ戻る。
逆さに吊るされた鳥の翼だけが、鮮やかに青い。
しかしその青は、この画家が見た鳥の青ではない。
七十年前に別の画家が描いた青を、写した青である。
死んだ鳥は残らないが、写された色は残る。
九点を数え終えて残るのは、その受け渡された青のほうである。








