赤は、面積の小ささで効く——コワペル・フラゴナール・ムンクほか九点
前垂れ一枚だけが、赤い
四点目は、役者絵である。

細長い縦の版画である。
31.6×14センチしかない。
画面の左に、格子戸がある。
その前に、男がひとり立っている。
上半身は裸で、腹と胸が丸く描かれている。
腰から下に、赤い布を巻いている。
布は前で重なり、白い丸の紋が一つ入る。
脚は素足で、水の中に立っているらしい。
足もとに、波の線が横に走る。
顔は右を向き、口を結ぶ。
髪は乱れ、頭の上で結ばれている。
肩には、細い棒のようなものが幾本も刺さっている。
背後の壁は黄土色である。
赤は、腰の布にしか使われていない。
館の札は「刀」「男性」「役者」の三つである。
つまり館は、赤を札に入れていない。
しかし題には、赤い前垂れという語がある。
木版では、赤は一枚の版で刷られる。
その一枚の版が刷るのは、この布だけである。
つまり赤の版は、画面の一割ほどのために彫られている。
版木を一枚増やすには、彫る手間と摺る手間が増える。
それでも赤を入れるのは、その一割が画面を決めるからである。
裸の胴の肌色と、格子戸の黄土と、腰の赤。
三つの色だけで、この画面は成り立っている。
そして白い丸の紋が、赤の上に一つだけ抜かれている。
抜きの白は、摺らなかった部分である。
赤の版に穴を開けておけば、そこに紙の白が残る。
一色の中に、二つの働きが入っている。
緑の山に、赤い衣がひとつ
五点目は、横に長い巻子である。

横長の絹である。
画のみで33.4×97.3センチある。
画面は深い緑を基調としている。
山が幾重にも重なり、谷が奥へ続く。
山肌には、細かい点が打たれている。
谷のあいだには、高い松が立つ。
松の下に、小さな人が数人いる。
そのそばに、鹿と鶴がいる。
どれも指の先ほどの大きさである。
そして画面の上のほう、空にあたる部分に、赤い点がある。
小さな人が、鳥に乗っている。
その衣が赤い。
館の記録では、この深い緑の風景は人里離れた谷を見せている。
古の人々が、鹿と鶴に囲まれ、高い松の下にいる。
そして空には、赤い衣の仙人が鶴を操って楽土へ向かうという。
館の記録は、そう説明している。
さらに、この画家の生きた時代についても書いている。
王朝の交替という激動のさなかに、この理想の情景は作られたらしい。
作者は反乱の指導者を支持し、1371年に処刑された。
館の記録は、そこまで書いている。
つまりこの赤い点は、緑の山の中でただ一つの強い色である。
そして楽土へ向かう方向を示している。
九点のうち、赤がもっとも小さいのは、この一点である。
そして深い緑という色も、材料の話である。
緑青や石緑は、砕いた鉱物からとる。
厚く塗れば、粒が残って深い色になる。
この巻子の山肌に細かい点が打たれているのも、その粒の質と関わる。
赤い一点は、その粒の海の上に置かれている。
粒の緑と、平らな赤。
質の違いが、距離の違いにも見えてくる。
ただし、それは記録に書かれていない。
赤い髪が、画面のほとんどを占める
六点目では、赤が広がる。

縦長の大きな版画である。
図は69.8×40.2センチある。
画面の中央に、女性の姿がある。
正面を向き、肩から上と胸が描かれている。
顔は青白く、輪郭線が細い。
目は大きく開かれ、瞳が緑である。
そして髪が、頭の上から画面の下まで流れ落ちている。
髪の色は、濃い橙がかった赤である。
一本ずつではなく、太い束として描かれている。
束は左右へ広がり、画面の幅いっぱいに達する。
背景は白いままである。
つまり画面の色は、赤と緑と、わずかな黄だけである。
館の記録では、長い髪はこの画家の作でくり返される主題である。
そして館は、当時の広がりについても書いている。
この画家の絵と版画は、ある都で広く出回り、展覧会で示され、画商や仲間を通して手に入った。
館の記録は、そう説明している。
つまりこの赤い髪は、多くの人の目に触れた。
多色石版では、色ごとに石を用意する。
この一枚で使われている色は少ない。
少ない色で強い印象を作る作り方である。
そして髪の赤は、輪郭線を持たない。
束と束のあいだに、白い紙が残る。
その白い隙間が、髪の流れを作っている。
つまり赤い面と、白い隙間が、交互に並んでいる。
塗った赤より、塗らなかった白のほうが形を決めている。
顔の青白さも、ほとんど紙の色である。
多色石版では、刷らない部分が最も安い色になる。
館の記録は、そこまでは書いていない。
ここから、赤のない三点
七点目からは、赤は小さくなるか、消える。