赤は、面積の小ささで効く——コワペル・フラゴナール・ムンクほか九点

横長の小さな画面である。
35.7×50.9センチしかない。
画面の大部分は、濃い緑の木立である。
葉は塊として塗られ、一枚ずつは描かれない。
幹は細く、暗い褐色である。
中央から右へ、細い道が奥へ続く。
道の色は明るい黄土である。
左には草地が広がり、その向こうに水がある。
空は上端にわずかに見えるだけである。
そして木立の奥、道の右側に、小さな赤い点がある。
柵らしい形をしている。
その隣に、明るい壁の建物がある。
赤い部分は、画面の百分の一もない。
館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。
題は「無題」である。
そして括弧の中に、画面の中身が並べられている。
風景、森の情景、赤い柵、そして建物。
つまり赤い柵は、題を付けるための目印である。
無題の絵に付けられる説明については、無題という題で扱った。
赤は、人の呼び名になる
八点目では、赤は名前である。

縦長の肖像である。
背景は暗い褐色で、何も描かれていない。
人物は正面を向き、腰から上が描かれている。
年配の男性である。
顔は骨張り、頬がこけている。
髪は短く、額が広い。
着ているのは、黄褐色の上着である。
袖は幅広く、裾に細かい模様が並ぶ。
胸には、白い布が大きく結ばれている。
その下に、丸い金属の飾りが下がる。
そして腰には、赤い帯が巻かれている。
赤は、その帯にしかない。
館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。
題は、この人の呼び名である。
赤い上着という意味の名である。
しかし画面の上着は、黄褐色である。
赤いのは帯だけで、上着ではない。
つまり名前の中の赤と、画面の中の赤は一致していない。
九点のうち、名前の赤が画面と食い違うのは、この一点である。
そして支持体も変わっている。
紙に油彩で描き、それを厚紙に貼り付けている。
布ではないので、大きくは描けない。
64.1×45.1センチは、肖像としては小ぶりである。
館の記録は、作者について何も書いていない。
名前の頭文字と姓だけが記録されている。
描かれた人の呼び名は残り、描いた人の名は頭文字だけになっている。
赤は、注ぐものの名になる
最後の一点は、ガラスである。

脚の付いた杯である。
高さは13センチしかない。
上の椀の部分は、逆さの円錐形である。
口が広く、下へ向かって細くなる。
ガラスは透明で、厚みが薄い。
縁のあたりは、ほとんど色がない。
そして脚と台の部分だけが、色を帯びている。
橙がかった琥珀色である。
その部分の表面には、細かい模様がある。
細長い獣が、円を描いて走っている。
猟犬である。
模様は型で押し出され、面から浮き上がっている。
館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。
題には、赤ワインという語が入っている。
しかしガラスは赤くない。
赤いのは、注がれる液体のほうである。
つまりこの器の名は、まだそこにないものを指している。
九点のうち、赤が器の外にあるのは、この一点である。
そして脚だけに色を入れる作りにも、理由がある。
椀の部分に色があれば、中身の色が分からなくなる。
透明なままなら、注いだ酒の色がそのまま見える。
つまり赤という語を題に入れながら、器は色を持たない。
持たないことが、この器の役目である。
台の琥珀色は、卓の上で光を受けて明るくなる。
そして猟犬の模様は、指で触れば分かる程度の凹凸である。
自然を写したガラスについては、自然を写したガラスでも扱った。
数えてみると
九点を並べ直す。
赤が広い面として使われているのは、三点である。
式服のビロード、腰の前垂れ、そして流れ落ちる髪。
小さな一部にしか使われていないのは、三点である。
外套の裏、緑の山の中の一点、そして森の中の柵。
放射する光として描かれているのが一点。
そして二点では、赤は名前と、注がれる液体の名にある。
もう一つ数えておく。
九点のうち、赤が描画の材料として記録されているのは一点だけである。
赤いチョークの素描である。
残りの八点では、記録の技法欄に赤の名がない。
油彩、木版、石版、ガラス。
材料の名は書かれても、色の名は書かれない。
色は、材料の中に隠れている。
言えることと、言えないこと
言えるのは、赤が「面積の小ささで効く色」だということである。
外套の裏は画面の十分の一もなく、山の仙人は指の先ほどしかない。
森の柵にいたっては、百分の一もない。
それでも、どの画面でも赤は真っ先に目に入る。
九点のうち六点で、赤は最小の面積で最大の注意を集めている。
言えないのは、赤がつねに強調のために使われるという話である。
式服の深紅は、身分と儀式を示す織物の色だった。
そして名前の赤は、画面の色とすら合っていなかった。
赤という語は、色を離れて呼び名になりやすい。
最後に、はじめの一枚へ戻る。
頬と唇の赤は、赤い石を削って引かれた線である。
塗ったのではなく、こすって置かれている。
そのため、紙の目のあいだに赤い粒が残る。
近づけば、色ではなく粒が見える。
九点を数え終えて残るのは、その粒のほうである。








