数え切れない、と題に書いてある——デュヴェ・ルペール・池大雅ほか九点

縦長の版画である。
五人ほどの人物が、密集している。
全員が、同じ形の笠をかぶる。
笠は平たく、大きな模様がある。
衣も、揃いの模様である。
緑の地に、白い花が散る。
裾は赤い。
全員が、同じ道具を持つ。
板を連ねたもので、両手で扱う。
姿勢は、少しずつ違う。
前かがみの人、体をひねる人。
だが、揃いの衣のせいで、一つの塊に見える。
上のほうに、文字が三行ある。
館の記録によれば、これは祭の踊りである。
年に一度、集まって踊りながら区域を回ったという。
そして館は、この種の版画が土産として買われたのだろうと書く。
これは館の見立てである。
こちらで確かめられるのは、衣と笠が揃っている、ということだ。
群衆の描き方として、これは特殊である。
揃えることで、一人ずつを描かなくてよくなる。
同じ形を繰り返せば、数が増えて見える。
版画では、これが効率のよい方法でもある。
同じ模様の版を、繰り返し使える。
大きな画面に、小さく散らす

館の記録の番号にも、特徴がある。
一つの番号のあとに、点と数字が二つ付く。
一双の屏風を、二件に分けずに数えているためである。
第十七回で、一点の単位の決まり方を扱った。
六曲一双は、六枚が二つで十二面ある。
それを一件として数えるか、二件とするか。
館は、一つの番号に枝番を付ける形を選んでいる。
九点でいちばん大きい一点である。
横が356センチある。
六枚の面が、蝶番でつながる。
館の画像には、その一方が写る。
上に、低い山が連なる。
薄い緑と青で塗られる。
中ほどから下に、岩と木が並ぶ。
松の緑が濃い。
その間に、小さな人物が散っている。
数十人いる。
一人の大きさは、画面の高さの三十分の一ほどだ。
顔は描かれていない。
衣の色と、姿勢だけで示される。
赤い衣が点々と見える。
館の記録は、二つの主題を題に並べている。
一双の屏風で、片方ずつ別の場面らしい。
つまり、二つの集まりが対になっている。
この大きさなら、人物を大きく描くこともできた。
だが、そうしていない。
人は小さく、景色が主役である。
集まりを描きながら、集まりを主題にしていない。
群衆が、隠れている

細長い縦の画面である。
縦31.2センチ、横14センチ。
上のほうに、文字が数行書かれる。
左に、欄干のようなものがある。
右に、紅葉した木の枝が広がる。
葉は赤く、点のように散る。
画面の下のほうに、赤い半円の形がある。
その手前に、小さな人物が数人並ぶ。
赤と白の衣を着ている。
腕を上げているように見える。
背景の色は薄い。
館の記録は、これを物語の一場面とする。
そして、細判で水絵という種類を書いている。
水絵は、色を薄く摺る種類である。
題にある場面は、大勢が集まる催しである。
だが、画面に大勢はいない。
見えるのは数人だけである。
残りは、画面の外にいることになる。
第十七回で、続きものから離れた一枚を扱った。
細判は、三枚続きで使われることが多い。
この一点も、続きの一枚かもしれない。
館の記録は、そこには触れていない。
群衆の一部を、切り取る

館の記録には、寸法が入っていない。
九点のうち、寸法欄が空なのは二点である。
どちらも版画で、どちらも同じ館にある。
そして、どちらも1920年代に受け入れられている。
古く入った作品ほど、欄が空いていることが多い。
第十三回で、記録の欄の欠落を扱った。
欄が空いていると、比べることができなくなる。
白い紙の中央に、図がある。
余白が広い。
中央に、四角い石の台がある。
その上に、文字らしいものがある。
台の右に、人物が数人立つ。
長い衣を着て、頭に布を巻く。
一人は、杖を持つ。
台の手前に、骨だけの姿がある。
腕を伸ばしている。
左に、犬がいる。
上には、葉の茂った木がある。
線は細く、間隔が広い。
明るい部分は、線を引かずに残す。
館の記録は、この一点を連作の一枚とする。
そして、番号に枝番が付いている。
九枚目、という意味だろう。
群衆というほどの人数ではない。
五人ほどである。
だが、集まって一つの塊を作っている。
そして、その塊が何かを見ている。
見ている先に、骨の姿がある。
群れは、視線の向きで作られることがある。
同じものを見ている人たちは、群れに見える。

暗い画面である。
線が密に引かれ、全体が灰色に沈む。
中央に、数人の人物がいる。
一人は、頭を抱えるようにうつむく。
その隣に、太った人物がいる。
さらに右に、帽子をかぶった人物。
前に、机か柵のようなものがある。
上のほうに、水平の線が並ぶ。
壁か、席の列らしい。
顔は、輪郭がつぶれている。
目や口は、暗い点でしかない。
館の記録には、寸法が入っていない。
技法だけが書かれる。
エッチングとクレヨン、とある。
つまり、刷ったあとに手を加えている。
第十五回で、一点に何人が関わるかを扱った。
ここでは、同じ人が二段階の作業をしたと考えられる。