作品を知る

数え切れない、と題に書いてある——デュヴェ・ルペール・池大雅ほか九点

紙の面積は決まっている。だから、数え切れない群衆も実際には数えられる。九点で、群衆の描き方を三つに分けたい。全員を彫るか、奥を省くか、頭を点にするか。材料が、描き込める限界を決めている。祭という理由が、題に四点入っていた。集まる理由がなければ、列も群れもできない。

御座の前に立つ数え切れぬ群衆(黙示録より)
ジャン・デュヴェ《御座の前に立つ数え切れぬ群衆(黙示録より)》クリーヴランド美術館蔵

数え切れない、と題に書いてある

上部がアーチになった版画である。

画面は縦30.9センチ、横21.7センチ。

その中が、人で埋め尽くされている。

上のほうに、玉座らしいものがある。

その周囲に、翼のある姿が並ぶ。

中央から下へ、人の頭が幾重にも重なる。

一人の頭は、五ミリほどしかない。

それでも、目と口が刻まれている。

手を上げる人、跪く人、こちらを向く人。

姿勢がそれぞれ違う。

下のほうに、四角い札がある。

そこに文字が刻まれる。

余白は、ほとんどない。

御座の前に立つ数え切れぬ群衆(黙示録より)
ジャン・デュヴェ《御座の前に立つ数え切れぬ群衆(黙示録より)》1555年。館の記録では、エングレーヴィング。画面30.9×21.7センチ。版30.1×21.2センチ。額を含めて52.4×39.7×2.5センチ。番号は1939.672。クリーヴランド美術館蔵。ジャン・デュヴェ《御座の前に立つ数え切れぬ群衆(黙示録より)》クリーヴランド美術館蔵

館の記録は、寸法を三つ書いている。

画面が30.9×21.7センチ。

版が30.1×21.2センチ。

額を含めて52.4×39.7×2.5センチ。

画面のほうが、版より少し大きい。

つまり、版の縁の外にわずかな余白が残っている。

エングレーヴィングは、刃物で銅板を彫る技法である。

線の一本ずつを手で刻む。

この密度でそれをやると、途方もない時間がかかる。

第十五回で、一点に何人が関わるかを扱った。

この一点は、作者一人の名で記録されている。

題に「数え切れぬ」とある。

だが、絵は数え切れないものを描けない。

紙の面積は決まっている。

一人あたりの大きさを決めれば、入る人数も決まる。

この一点でも、実際には数えられる。

正確には数えていないが、百人は超えるだろう。

つまり、「数え切れない」は、数えられる形で表されている。

九点を並べて、群衆の描き方を数えたい。

前の回で、二人の並べ方を見た。

二人の話では、距離と向きが問題だった。

人数が増えると、別の問題が出る。

群衆を描く、三つの方法

九点を見比べて、方法が三つに分かれた。

一つ目は、全員を描き込む方法である。

一人ずつ、顔と姿勢を作る。

先の版画が、これにあたる。

二つ目は、手前だけを描き、奥を省く方法。

手前の数人は細かく、奥は輪郭だけにする。

三つ目は、頭を点として並べる方法である。

顔も姿勢もない。

暗い点が並ぶだけで、群れに見える。

七月十四日の祭、共和国広場の照明
オーギュスト・ルイ・ルペール《七月十四日の祭、共和国広場の照明》1880年。館の記録では、木口木版。画面31.4×45.3センチ。紙全体36.8×51.7センチ。番号は2007.250。クリーヴランド美術館蔵。オーギュスト・ルイ・ルペール《七月十四日の祭、共和国広場の照明》クリーヴランド美術館蔵

この一点の作者の欄には、二つの名がある。

彫った人の名と、もとの絵を描いた人の名である。

題に「〜による」と書かれている。

つまり、下絵と版が別の人による。

第十五回で扱った複製版画と、同じ関係である。

雑誌や新聞の挿絵は、この分業で作られた。

絵を描く人がいて、それを版にする人がいる。

夜の街の景色である。

画面の左に、川と、そこに架かる橋がある。

橋の上に、人が密集している。

右には、建物が並ぶ。

その屋根の上にも、人がいる。

手前は、丸屋根のある建物の上である。

そこにも、数人が立つ。

空には、無数の光の点が散る。

花火と、吊るされた灯りである。

遠くに、塔のある建物が霞む。

画面の下に、文字が二行ある。

館の記録は、この場面を説明している。

祭の夜で、屋根や橋や船の上に人が上るという。

そして、その祭が共和国の成立を祝うものだと書かれる。

これは館の説明である。

こちらで確かめられるのは、人が高い場所に集まっている、ということだ。

この一点は、三つ目の方法を使っている。

橋の上の人は、黒い点の連なりでしかない。

一人ずつの顔はない。

それでも、群衆に見える。

木口木版は、木の断面に彫る技法である。

年輪の面ではなく、切り口を使う。

硬いので、細い線が彫れる。

そして、細い線を並べれば、灰色の面が作れる。

この一点でも、夜空は無数の細線で作られている。

村の祭り
ダフィット・テニールス《村の祭り》1646年から50年ごろ。館の記録では、布に油彩。37.7×71.3センチ。額を含めて57×91×9センチ。番号は1977.122。クリーヴランド美術館蔵。ダフィット・テニールス《村の祭り》クリーヴランド美術館蔵

この作者の絵は、第六回にも出てきた。

老いた顔の話で扱った小さな板絵である。

そちらは13.8×12センチしかなかった。

こちらは横71.3センチある。

同じ作者でも、大きさの幅が広い。

そして、館の記録は帰属の書き方も違えている。

あちらは十八世紀の作とみられる、とあった。

こちらには、そうした留保がない。

横長の画面である。

縦37.7センチに対し、横71.3センチ。

右に、藁葺きの家がある。

左にも、建物が並ぶ。

そのあいだの広場に、人が集まる。

数十人いる。

中央あたりで、数人が踊っている。

腕を上げ、脚を開く。

そのまわりに、立って見ている人がいる。

手前には、座り込んだ人と、犬がいる。

奥は、道が続き、人が小さくなる。

上のほうは、木と空である。

雲が高い。

館の記録によれば、こうした村の祭を描く絵が十七世紀に流行したという。

そして、この作者が明るい面を描いたと書かれている。

これは館の見解である。

こちらで確かめられるのは、人が段階的に小さくなる、ということだ。

この一点は、二つ目の方法である。

手前の人は、顔と衣が描かれる。

中ほどは、輪郭だけ。

奥は、点になる。

同じ画面の中で、描き込みの度合いが変わる。

これは、遠近を作る方法でもある。

第十九回で、遠くの人は輪郭の要点だけになると書いた。

遠くの人の話で見たとおり、大きさが情報量を決める。

群れが、揃った形になる