名画の楽しみ方

習作という語が指す五つのもの——マウルベルチュ・ジロデ・ベローズほか九点

本番のための下絵、部分を試す紙、そして「習作」と題された完成作。九点で、その幅を並べたい。習作はどれも小さい。捨ててよいものが残ったのは、集めた人がいたからである。下絵で最初に決めるのは、明暗の大きな配分である。顔は数筆で済ませ、背景は省かれる。

「キリストの神殿奉献」のための習作
フランツ・アントン・マウルベルチュ《「キリストの神殿奉献」のための習作》クリーヴランド美術館蔵

本番の前に、一度描いてみる

縦長の油彩である。

薄暗い建物の中が描かれている。

右に、太い柱が立つ。

その上のほうは、天井へ向かって暗くなる。

左上に、明るい空が見える。

そこに、小さな人物が浮かぶ。

画面の中央より下に、人の群れがある。

赤や青や黄の衣が、光を受ける。

中心に、白い布に包まれた幼児がいる。

それを、年老いた人物が抱えている。

顔は上を向く。

まわりに、十人以上が集まる。

筆は速い。

顔の一つ一つに、目と口が二、三筆で置かれる。

塗り残しも多い。

「キリストの神殿奉献」のための習作
フランツ・アントン・マウルベルチュ《「キリストの神殿奉献」のための習作》1750年ごろ。館の記録では、布に油彩。69.5×52.3センチ。額を含めて90×70×9センチ。番号は1963.326。クリーヴランド美術館蔵。フランツ・アントン・マウルベルチュ《「キリストの神殿奉献」のための習作》クリーヴランド美術館蔵

館の記録は、額を含む寸法も書いている。

90×70×9センチである。

絵そのものは69.5×52.3センチだから、額でひと回り大きい。

下絵にも、額が付けられている。

準備のために描かれたものが、いまは額に入って掛けられる。

第十二回で、用途が変わると扱いが変わると書いた。

ここでも、同じことが起きている。

館の記録によれば、これはある教会の祭壇画のための下絵である。

そして館は、描かれた場面の説明も書いている。

幼子が神殿に連れてこられ、老いた祭司がそれを抱く場面だという。

これは館の記述である。

こちらで確かめられるのは、筆が粗い、ということだ。

九点を選ぶとき、記録に習作の語があるものを拾った。

すると、意味の違うものが集まった。

本番の前に描く下絵。

部分を試す紙。

そして、ただ「習作」と題された作品。

順に並べたい。

下絵は、本番より小さい

「カイロの反乱」のための習作
アンヌ=ルイ・ジロデ・ド・ルシー=トリオゾン《「カイロの反乱」のための習作》1809年ごろ。館の記録では、紙に油彩、紙と布に貼る。15.2×23.3センチ。額を含めて25×33×6.5センチ。番号は1965.310。クリーヴランド美術館蔵。アンヌ=ルイ・ジロデ・ド・ルシー=トリオゾン《「カイロの反乱」のための習作》クリーヴランド美術館蔵

館の記録は、額の寸法も書いている。

25×33×6.5センチである。

絵そのものは15.2×23.3センチしかない。

額のほうが、面積で二倍以上ある。

小さな下絵ほど、額の割合が大きくなる。

小さな板のような一点である。

縦15.2センチ、横23.3センチ。

手のひらに載る。

画面は、暗い赤と褐色で埋まる。

人物が入り乱れている。

数えられないほど多い。

中央のやや上に、刀を振り上げる腕がある。

その下に、倒れた体が重なる。

左には、白い建物と、柱が見える。

奥は暗く、煙のようなものが上がる。

一人ひとりの顔は、点でしかない。

館の記録は、支持体の作りを書いている。

紙に油彩で描き、それを紙と布に貼ったという。

つまり、下地が三層になっている。

紙に油で描くと、紙は油を吸って傷む。

だから、あとから補強する。

第九回でも、同じ処置を見た。

衣を着ない体の話で扱った習作は、紙から板へ貼り替えられていた。

紙に油彩で描くのは、下絵によくある作り方である。

安く、早く、捨ててもよい。

その結果、残ったものは補強を受けることになる。

「インディアンの肖像」のための習作
ジロデ=トリオゾン《「インディアンの肖像」のための習作》1807年ごろ。館の記録では、布に油彩。40.6×32.7センチ。番号は1997.371。メトロポリタン美術館蔵。ジロデ=トリオゾン《「インディアンの肖像」のための習作》メトロポリタン美術館蔵

館の記録の札には、いくつかの語が並ぶ。

刀、男性、肖像、そして東方趣味である。

札は、館が分類のために付けた語だ。

題には入らないが、探すときに使われる。

第九回で、札の働きに触れた。

衣を着ない体の話で書いたとおり、

札があると、まとめて探せる。

同じ作者の、二年前の一点である。

こちらは、人物が一人だけ立つ。

上半身が画面に入る。

橙色の布を頭に巻く。

黄の上着に、赤と緑の長い布を重ねる。

腰に帯を締め、そこに柄のあるものを差す。

左手が、その柄に触れる。

顔は正面を向き、目はこちらを見る。

背景は薄い青の空である。

右下に、低い木が小さく見える。

画面の縁が、暗く沈んでいる。

これも、本番のための下絵だと記録は書く。

だが、先の一点とは性格が違う。

あちらは、全体の構図を試している。

こちらは、一人の姿を決めている。

構図の下絵と、人物の下絵。

同じ「習作」でも、試している内容が違う。

第四回で、この作者の自画像を見た。

自画像の話で扱ったのは、二十代の素描だった。

こちらは、四十歳前後の作である。

部分を、いくつも試す紙

頭部の習作(表)、銃眼付き城砦(裏)
アゴスティーノ・カラッチ《頭部の習作(表)、銃眼付き城砦(裏)》16世紀後半。館の記録では、ペンと褐色のインク、枠線も褐色のインク。紙全体13.1×30.9センチ。番号は1941.605。クリーヴランド美術館蔵。アゴスティーノ・カラッチ《頭部の習作(表)、銃眼付き城砦(裏)》クリーヴランド美術館蔵

紙の縁に、インクで枠線が引かれている。

館の記録は、その枠線も技法の欄に書いている。

枠線は、あとから引かれることが多い。

素描を集めた人が、台紙に貼るときに引く。

そうすると、絵として整って見える。

つまり、この線は作者の手によるとはかぎらない。

館の記録は、そこを区別していない。

横に細長い紙である。

縦13.1センチ、横30.9センチ。

館の画像は、表と裏を並べて撮っている。

左が表である。

小さな頭が、いくつも描かれている。

十以上あるだろうか。

向きも大きさもばらばらである。

線は細く、速い。

一つの頭に、数本しか使っていない。

右が裏である。

こちらには、四角い建物が描かれる。

上の縁が、櫛の歯のようになっている。

そのまわりに、細い線が広がる。

紙は褐色に変わり、縁が傷んでいる。

前の回で、この作者の版画を見た。

動く体の話で扱った一点は、逃げる人々の場面だった。

こちらは、その準備にあたる紙かもしれない。

ただし、館の記録はそこまで書いていない。

書かれているのは、表裏の主題と、技法と、寸法である。

第七回で、手だけを並べた紙を見た。

手の話で扱った素描と、作り方が同じである。

部分を、角度を変えて何度も描く。

そうして、形の見本を作る。