作品を知る

座るには、何かが要る——上垣鳳龍・デューラー・スーラほか九点

座る絵には、必ず座る場所が描かれる。地面、岩、机、縁台、龍、台座。その高さが、膝と腰の角度を決める。九点で、座る場所を数えたい。九点とも、こちらを見ている人は一人もいなかった。椅子に腰かける例は、九点のうち一点だけである。

縁台で夕涼みをする遊女
上垣鳳龍《縁台で夕涼みをする遊女》クリーヴランド美術館蔵

縁台が、画面を斜めに横切っている

縦長の掛軸である。

絹に描かれている。

画面の下半分を、細長い台が斜めに横切る。

木でできた縁台である。

その上に、女が一人座っている。

体を横に向け、片方の膝を立てる。

肘を膝に載せ、手のひらで顎を支えている。

顔はやや下を向く。

衣は大きく開き、肩が出ている。

衣の地には、葉と実の模様が並ぶ。

台の下は、何も描かれていない。

絹の地がそのまま残る。

上のほうには、文字が数行書かれている。

縁台で夕涼みをする遊女
上垣鳳龍《縁台で夕涼みをする遊女》江戸時代。館の記録では、掛軸。絹に墨と色。全体78×31.6センチ。番号は1998.290。クリーヴランド美術館蔵。上垣鳳龍《縁台で夕涼みをする遊女》クリーヴランド美術館蔵

館の記録は、寸法を一つしか書いていない。

全体で78×31.6センチである。

掛軸は、画面と表装を分けて測ることが多い。

この一点では、分けられていない。

前の回でも、同じ書き方の掛軸があった。

同じ館の同じ部門でも、記録の細かさは揃わない。

古く入ったものと、新しく入ったものでも違う。

この一点は1998年に贈られている。

館の記録は、この姿勢を詳しく書いている。

顎を手に載せた、考えるような姿勢だという。

衣が開いているのは、暑い晩だからだと記録は書く。

そして、衣の模様から季節を推測している。

葡萄の蔓が描かれているので、夏の終わりか秋の初めだろうという。

これは館の見立てである。

こちらで確かめられるのは、模様と姿勢までだ。

前の回で、立つ姿勢を九点並べた。

立つ話では、支えは足の裏だけだった。

座ると、支えが変わる。

尻と、脚と、ときには背中が支える。

そして、支えるための物が要る。

今回は、そこを数えたい。

座るには、何かが要る

人は、何もない空間には座れない。

床でも、地面でも、椅子でも、何かの上に乗る。

だから、座る絵には必ず座る場所が描かれる。

その場所が何かで、絵の性格が変わる。

九点で、何に座っているかを数えた。

地面か草の上が三点。

木の台や机の前が二点。

石か岩が一点。

彫刻の台座が一点。

龍の上が一点。

そして、読み取れないものが一点。

蚤を探す座った女
アドリアーン・ファン・デ・フェルデ《蚤を探す座った女》1671年ごろ。館の記録では、黒チョークの上に赤チョーク、ペンと褐色のインクによる枠線。紙全体18.4×23.4センチ。番号は1966.239。クリーヴランド美術館蔵。アドリアーン・ファン・デ・フェルデ《蚤を探す座った女》クリーヴランド美術館蔵

紙と台紙の寸法が、まったく同じに書かれている。

18.4×23.4センチである。

裏に同じ大きさの紙が貼られているらしい。

薄い紙を補強するときの処置である。

この回の九点には、台紙を持つものが三点ある。

いずれも、紙に描かれた作品だった。

横長の紙である。

赤いチョークで、女が一人描かれている。

地面に直接座っている。

両脚を前へ投げ出し、足の裏が見える。

上半身は前にかがむ。

両手を胸のあたりに上げ、衣を探っている。

顔は下を向く。

髪は頭の上でまとめられる。

画面の右上と右下に、手だけが別に描かれている。

同じ手を、角度を変えて試したらしい。

紙の縁に、ペンで枠線が引かれている。

前の回で、手だけを並べた紙を見た。

手の話で扱った素描と、同じ作り方である。

本体を描き、余白に部分を試す。

館の記録によれば、この作者は風景を得意とした人だという。

そして、羊飼いや家畜を写生から描いたと書かれている。

この一点も、その一つと考えられる。

赤チョークは、肌の色に近い。

だから、人物の習作によく使われる。

座る二人の農家の娘
オーギュスト・ジロドンの画家《座る二人の農家の娘》1870年代。館の記録では、湿板の陰画から作った鶏卵紙の印画。画面17×12.7センチ。台紙を含めて20.6×15.7センチ。番号は2000.34.1。クリーヴランド美術館蔵。オーギュスト・ジロドンの画家《座る二人の農家の娘》クリーヴランド美術館蔵

台紙と、その外側の枠の寸法も書かれている。

台紙が20.6×15.7センチ。

枠まで含めると45.7×35.6センチである。

画面は17×12.7センチだから、枠は画面の三倍近い。

写真は、こうして三重に囲まれて保管される。

紙、台紙、そして枠。

第十二回で、判型と保存を扱った。

写真の記録には、この三つの寸法が並ぶことが多い。

写真である。

草の茂った土手に、二人が座っている。

どちらも白い帽子をかぶる。

一人は横を向き、もう一人はこちらへ背を向ける。

衣は暗く、体の形がつぶれている。

背景は、細かい葉で埋まる。

黒と白の粒が、画面いっぱいに散る。

地面に直接座る姿である。

館の記録は、作者の名を「ジロドンの画家」と書いている。

特定の人物名ではない。

写真を売っていた会社の名と、そこで撮った人を指す呼び方である。

つまり、撮った人の名は分かっていない。

第十四回で、作者の欄の修飾語を扱った。

「誰それの画家」という呼び方は、古い陶器の研究で使われる。

この回の最後に並べる壺も、同じ形の名を持つ。

二匹の犬と座る少年(スケッチブックより)
フランシス・ウィリアム・エドモンズ《二匹の犬と座る少年(スケッチブックより)》1838年ごろ、およびそれ以後。館の記録では、生成りの網目紙に褐色のインクと黒鉛。16.8×20.3センチ。番号は1987.196.3k。メトロポリタン美術館蔵。フランシス・ウィリアム・エドモンズ《二匹の犬と座る少年(スケッチブックより)》メトロポリタン美術館蔵

線だけの素描である。

紙の左上に、犬が一匹伏せている。

右上に、もう一匹が丸くなる。

中央の下寄りに、少年が座る。

横向きで、膝を抱えるような姿勢である。

背景は何もない。

床の線もない。

それでも、座っていることは読める。

腰と膝が折れているからである。

第十九回で、犬は画面の下にいると書いた。

ここでは、犬が上にいて、人が下にいる。

紙の余白に、思いついた順に描いたためだろう。

上下の関係は、場面の関係ではない。

座って、仕事をする