美術史・技法

背もたれの百年——ダンカン・ファイフ、ベルター、ハーター・ブラザーズほか九点

一七九四年から一八七八年まで、米国の脇椅子八点を並べる。高さは八三センチから九八センチのあいだで上下する。九点で、背もたれの形と車の有無を読みたい。椅子に座った男の肖像も、そこに加える。揃いで作られた組の、一脚だけが館にある。

赤い横桟の椅子の老人
アメリカ、19世紀(作者不詳)《赤い横桟の椅子の老人》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

背もたれの百年

前の回で、物を載せる台を見た。

卓や棚は、物のための家具である。

今回は、人のための家具である。

椅子である。

そして、九点のうち八点が、同じ種類の椅子である。

肘掛けのない、食卓用の椅子である。

館の記録では、これを脇椅子と呼ぶ分類に入れている。

八点は、いずれも米国で作られた。

いちばん古いのが一七九四年から一七九九年。

いちばん新しいのが一八七八年ごろ。

八十年ほどの幅がある。

そのあいだに、背もたれの形が大きく変わる。

九点目は、絵である。

椅子に座った男の肖像画である。

まず、そこから見たい。

赤い横桟の椅子の老人
アメリカ、19世紀《赤い横桟の椅子の老人》1836年から1840年。館の記録では、カンヴァスに油彩。全体80×70.5センチ。額を含めて90.1×80.6センチ。番号は1953.5.76。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。アメリカ、19世紀(作者不詳)《赤い横桟の椅子の老人》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

館の記録に、作者名がない。

十九世紀のアメリカ、とだけある。

第十八回で、作者不詳の扱いについて書いた。

館は、分かる範囲を書く。

地域と世紀だけが分かる場合、それだけを書く。

画面には、年配の男が座る。

黒い上着。

白い襟。

黒い細い襟飾り。

髪は淡い色で、額が広い。

口ひげがある。

そして、卓に肘を置いている。

卓には緑の布が掛かる。

その上に、開いた本がある。

左手が、そのページに触れている。

第十八回で、本を持つ肖像について書いた。

閉じた本と開いた本で、意味が変わる。

これは開いている。

つまり、読んでいる場面である。

そして、背後に椅子の背が見える。

赤い木の柱が二本、垂直に立つ。

そのあいだに、横の桟が渡る。

館の記録の題が、この形を言っている。

赤い横桟の背もたれ、である。

つまり、題に家具の形式が入っている。

これは珍しい。

肖像画の題は、たいてい人物の名である。

名が分からないとき、目立つ物で呼ぶ。

この一点では、椅子がその目印になった。

盾の形

脇椅子
サミュエル・マッキンタイア《脇椅子》1794年から1799年。館の記録では、マホガニー、黒檀、トネリコ、樺、白松。96.2×70.8×45.7センチ。番号は62.16。メトロポリタン美術館蔵。サミュエル・マッキンタイア《脇椅子》メトロポリタン美術館蔵

八点のなかで、いちばん古い。

高さ九六・二センチ。

幅七〇・八センチ。

奥行き四五・七センチ。

幅が広い。

八点のなかで、最も横に張っている。

背もたれが、盾の形をしている。

上が丸く、下がすぼまる。

その内側に、細い棒が扇のように広がる。

中央に、壺のような形の彫刻がある。

そして、その上に細い彫りが入る。

座面は青い布で張られている。

縁に、細かい飾りが並ぶ。

脚は前が二本、後ろが二本。

前脚はまっすぐで、下が細くなる。

足の先が黒い。

黒檀を使っているのだろう。

館の記録は、五種類の木を挙げている。

マホガニー、黒檀、トネリコ、樺、白松。

つまり、部位ごとに木を使い分けている。

見える部分に、高価な木を使う。

見えない部分に、安い木を使う。

第十六回で、家具の材料について書いた。

これは家具作りの基本である。

背もたれや脚はマホガニー。

内部の枠は、松や樺である。

反る脚

脇椅子
ジョン・フィンレー《脇椅子》1815年から1820年。館の記録では、楓。86.4×52.4×56.5センチ。番号は65.167.5。メトロポリタン美術館蔵。ジョン・フィンレー《脇椅子》メトロポリタン美術館蔵

二十年ほどあとの一点である。

高さ八六・四センチ。

前の一点より、十センチ低い。

写真は白黒である。

だから、色が分からない。

館の記録には、楓とだけある。

形が、前の一点とまったく違う。

背もたれが、横長の板になっている。

盾の形ではない。

その板に、装飾が描かれている。

中央に器の形。

その左右に、渦を巻く蔓のような文様。

そして、その下にもう一本、横の板がある。

こちらには、細い模様が入る。

つまり、背もたれが二本の横板でできている。

そして、脚が反っている。

前脚は前へ、後脚は後ろへ弓なりに出る。

座面から離れるほど、外へ広がる。

この形式には、古代の椅子に由来する名がある。

第十六回で、古代の形を写した家具について書いた。

十九世紀の初め、古代の意匠が流行した。

壺絵に描かれた椅子の形を、家具に写す。

そして、装飾も古代風の文様を使う。

奥行きが五六・五センチある。

八点のなかで、二番目に深い。

脚が前後に開くから、床につく面積が大きくなる。

竪琴の背

脇椅子
ダンカン・ファイフ《脇椅子》1830年ごろ。館の記録では、ローズウッド、トネリコ、ユリノキ。83.2×44×46.2センチ。番号は68.202.1。メトロポリタン美術館蔵。ダンカン・ファイフ《脇椅子》メトロポリタン美術館蔵

高さ八三・二センチ。

八点のなかで、いちばん低い。

幅も四四センチで、いちばん狭い。

背もたれが、輪の形をしている。

上が丸く曲がり、両側が座面まで下りる。

その内側に、細い板が一枚立つ。

板の上部が広がり、彫りが入る。

葉のような形である。

座面は青い布である。

厚みがある。

脚は、前も後ろも反っている。

前の一点と同じ考え方である。

だが、反りが緩い。

そして、脚が細い。

館の記録では、ローズウッドが主材である。

濃い茶色の木である。

この一点は、全体に線が細い。

前の二点にくらべて、装飾が少ない。

彫刻は背もたれの中央だけである。

つまり、形そのもので見せている。

第十六回で、この時期の家具について書いた。

装飾を削り、曲線で構成する。

作者の名は、当時の家具作りで最もよく知られたものである。

館の記録は、生まれをスコットランドとしている。

そして、ニューヨークで没している。

彫りが増える

脇椅子
ジョン・ヘンリー・ベルター《脇椅子》1850年から1860年。館の記録では、ローズウッド、トネリコ。96.5×48.3×45.1センチ。番号は57.130.6。メトロポリタン美術館蔵。ジョン・ヘンリー・ベルター《脇椅子》メトロポリタン美術館蔵

二十年あとの一点である。

そして、様子が一変する。

高さ九六・五センチ。

前の一点より、十三センチ高い。

背もたれの上部が、彫刻で埋まっている。

葉と花と渦が、絡み合う。

輪郭が波打っている。

まっすぐな線が、どこにもない。

背もたれの中央は、布で張られている。

青と白の模様である。

そして、その周りを彫った木が囲む。

座面も同じ布である。

前の縁にも、彫刻がある。

脚は短く、外へ曲がる。

前脚の下に、小さな車がついている。

つまり、この椅子は動かして使う。

館の記録は、ローズウッドとトネリコを挙げる。

材料は前の一点と同じである。

だが、作り方が違う。

薄い板を何枚も重ねて、曲げて固める。

そうすると、彫っても割れにくい。

第十六回で、この技法について書いた。

木を層にして、曲面を作る。

そして、細かい透かし彫りが可能になる。

装飾の量が、二十年で大きく増えた。

これは技術の変化でもある。

作れるようになったから、作った。

竪琴、もう一つ

脇椅子
レオン・マルコット《脇椅子》1860年から1870年。館の記録では、楓。94.5×53.3×49.5センチ。番号は68.165.6。メトロポリタン美術館蔵。レオン・マルコット《脇椅子》メトロポリタン美術館蔵

高さ九四・五センチ。

写真は白黒である。

背もたれが、四角い枠になっている。

前の一点の波打つ輪郭とは、正反対である。

上の縁だけ、緩く曲がる。

そして、その中央に彫りがある。

枠の内側に、楽器の形が入る。

竪琴である。

弦を示す縦の線が、五本ほど見える。

つまり、透かし彫りである。

背もたれの内側が、抜けている。

座面には、白い布のクッションが載る。

ふくらんでいる。

固定されていないように見える。

脚は、まっすぐで細い。

途中に、輪の彫りが入る。

そして、下が細くなる。

前脚の先に、車がついている。

つまり、四角い枠と直線の脚である。

前の一点が曲線だったのに対して、こちらは直線である。

第十六回で、様式の交替について書いた。

曲線が流行すると、その次に直線が来る。

そして、また曲線に戻る。

同じ十年のあいだに、両方が作られていることもある。

この二点は、まさにそれである。

一方が一八五〇年代から六〇年代。

もう一方が一八六〇年代である。

貝と赤

脇椅子
ジョン・ジェリフ《脇椅子》1868年から1870年。館の記録では、ローズウッド、トネリコ、真珠母。97.8×55.9×67.9センチ。番号は68.133.4。メトロポリタン美術館蔵。ジョン・ジェリフ《脇椅子》メトロポリタン美術館蔵

八点のなかで、いちばん高い。

九七・八センチ。

そして、いちばん深い。

奥行きが六七・九センチある。

背もたれが、上へ細く伸びる。

そして、赤い布で張られている。

布には、規則正しい窪みが並ぶ。

釦で留めて、深い皺を作る技法である。

菱形の格子ができている。

座面も同じ赤である。

こちらも釦で留められている。

背もたれの上端に、木の彫刻がある。

渦と葉が組み合わさる。

そして、その中央に白い円形のものが埋まっている。

館の記録が挙げる真珠母だろう。

貝を薄く切って、木に嵌める。

前の回で見た化粧台と、同じ技法である。

脚は短く、太い。

途中に、輪の彫りが並ぶ。

そして、前脚の先に車がついている。

つまり、この一点は布が主役である。

木の部分は、縁と脚だけである。

第十六回で、張り地について書いた。

十九世紀の後半、布の面積が増える。

理由は座り心地である。

ばねと詰め物の技術が進んだ。

そして、厚く柔らかい座面が作れるようになった。

黒い木と、金の線

脇椅子
ジョージ・ヤーコプ・フンチンガー《脇椅子》1878年ごろ。館の記録では、黒く塗ったチェリー材、真鍮。94×52.1×53.3センチ。番号は1997.5。メトロポリタン美術館蔵。ジョージ・ヤーコプ・フンチンガー《脇椅子》メトロポリタン美術館蔵

高さ九四センチ。

木が黒い。

館の記録は、黒く塗ったチェリー材と言っている。

つまり、木目を消して、黒く仕上げてある。

そして、金色の細い線が入る。

脚の輪の部分、背もたれの縁。

真鍮の飾りもある。

背もたれの上部に、細い柱が並ぶ。

八本ほどが、縦に立つ。

そのあいだに、小さな玉が挟まる。

つまり、透かしになっている。

その下に、布の張り部分がある。

淡い茶色で、釦の窪みが並ぶ。

座面も同じ布である。

脚は、まっすぐで細い。

輪の彫りが数か所に入る。

そして、先に車がついている。

前の一点と比べたい。

高さはほぼ同じである。

布の使い方も似ている。

だが、木の扱いが違う。

一方は彫って形を作る。

もう一方は、細い部材を組んで形を作る。

第十六回で、組み立ての違いについて書いた。

彫るか、組むか。

この二つが、家具作りの基本の分かれ道である。

そして、組むほうが軽くなる。

白黒の二点

八点のうち二点は、白黒写真である。

一八一〇年代の一点と、一八六〇年代の一点。

残る六点は、色のある写真である。

第十五回で、館の写真について書いた。

古い記録写真が、そのまま残っている場合がある。

撮り直されていない品である。

そして、白黒だと分からないことが多い。

木の色。

布の色。

塗りの有無。

館の記録には、材料だけが書いてある。

楓、とだけある。

楓は明るい色の木である。

だが、塗ってあれば色は変わる。

白黒写真からは、それが読めない。

つまり、記録の情報量が品によって違う。

前の回でも、額の寸法について同じことを書いた。

館は、あるものを書く。

ないものは、書かれない。

そして、見る側は、その差を意識するしかない。

背もたれの中身

八点の背もたれを、形で分けたい。

第一に、透かしのあるもの。

盾の形の一点、竪琴の一点、柱の並ぶ二点。

内側が抜けていて、向こうが見える。

第二に、板でふさがれたもの。

横板の一点である。

背に、平らな面がある。

第三に、布で張られたもの。

彫刻で囲んだ一点と、赤い一点。

背中が布に触れる。

そして、輪だけの一点がある。

中央に細い板が一枚立つ。

つまり、抜けたものが多い。

八点のうち四点が透かしである。

理由の一つは軽さだろう。

板でふさぐと、重くなる。

もう一つは、意匠である。

抜けた部分が、模様になる。

第五回で、余白の働きについて書いた。

抜いた形と、残した形。

その両方が図として読まれる。

竪琴の一点が、最も分かりやすい。

弦の線は、木を残した部分である。

そして、そのあいだの空きが、楽器の胴に見える。

高さを並べる

八点の高さを、年の順に並べたい。

一七九〇年代が九六・二センチ。

一八一〇年代が八六・四センチ。

一八三〇年ごろが八三・二センチ。

一八五〇年代が九六・五センチ。

一八六〇年代が九四・五センチ。

一八六〇年代末が九七・八センチ。

一八七〇年代末が九四センチと九四・八センチ。

つまり、いったん下がって、また上がる。

最も低いのが一八三〇年ごろ。

最も高いのが一八六〇年代末。

その差は、十四・六センチある。

高さの違いは、背もたれの長さの違いである。

座面の高さは、人の脚が決める。

だから、大きくは変えられない。

変わるのは、座面から上である。

低い椅子は、背もたれが肩まで届かない。

高い椅子は、頭の近くまで届く。

そして、背もたれが高いほど、装飾の場所が増える。

第十六回で、家具の寸法について書いた。

体が決める寸法と、意匠が決める寸法がある。

椅子では、その両方が一つの物に同居する。

象嵌の花

椅子
ハーター・ブラザーズ《椅子》1877年から1879年。館の記録では、黒く塗ったチェリー材、明るい木の象嵌、金彩。94.8×43.3×46センチ。番号は1992.80。メトロポリタン美術館蔵。ハーター兄弟商会《椅子》メトロポリタン美術館蔵

最後の一点である。

館の記録の分類が、これだけ違う。

脇椅子ではなく、椅子とだけある。

高さ九四・八センチ。

幅四三・三センチ。

八点のなかで、二番目に狭い。

木は黒い。

前の一点と同じ仕上げである。

そして、背もたれの上部に象嵌がある。

明るい色の木を嵌めて、花の形を作る。

橙と黄と緑が見える。

三つか四つの花が、横に並ぶ。

その下に、細い柱が縦に並ぶ。

中央の柱だけ、透かし彫りになっている。

背もたれの両端に、細い柱が立つ。

上端に、小さな玉がついている。

座面は、色の多い織物である。

赤、青、緑、白。

細かい模様が敷きつめられている。

脚は細く、まっすぐである。

そして、装飾がほとんどない。

館の記録によれば、作った工房はドイツ系である。

ニューヨークで、一八六四年から一九〇六年まで活動した。

第十六回で、この時期の工房について書いた。

移民の職人が、米国の家具を作った。

八点のうち、作者の出自が分かるものを数えたい。

スコットランド生まれが一点。

ドイツ生まれが二点。

フランス系の名が一点。

つまり、半数が米国の外から来ている。

車がついているか

八点の脚の先を確かめたい。

車がついているものが四点ある。

一八五〇年代、一八六〇年代、一八六〇年代末、一八七〇年代末。

つまり、後半の四点すべてである。

古い四点には、車がない。

足の先が、そのまま床につく。

この違いには、理由があるだろう。

第一に、重さである。

彫刻と詰め物が増えると、椅子が重くなる。

持ち上げて動かすのが難しくなる。

第二に、床である。

絨毯が広く使われるようになった。

絨毯の上では、脚を引きずると傷む。

第三に、部屋の使い方である。

第十六回で、十九世紀の客間について書いた。

椅子を壁際に寄せ、必要なときに引き出す。

その動かし方に、車が合う。

つまり、小さな部品が、暮らし方を示している。

館の記録は、車について何も書いていない。

写真を見なければ、分からないことである。

座面の布

八点の座面を見たい。

布が張られているものが七点。

前の一点だけ、クッションが載っている。

固定されていないように見える。

布の色は、青が二点。

赤が一点。

淡い茶が一点。

色の多い織物が一点。

白が一点。

そして、白黒写真で分からないものが二点。

つまり、青と赤が多い。

第十六回で、張り地の色について書いた。

濃い色は、汚れが目立ちにくい。

そして、木の色と対比が出る。

明るい木には濃い布。

黒い木には、明るい布か色の多い布。

八点を見ると、この組み合わせが守られている。

黒い木の二点は、どちらも明るい布である。

そして、布は取り替えられる。

館の記録が当初の張り地と書くのは、そのためである。

替えていないことが、価値になる。

一脚だけでは分からない

最後に、書いておきたいことがある。

八点は、いずれも一脚ずつ館に入っている。

だが、椅子は普通、揃いで作られる。

六脚、八脚、十二脚。

食卓を囲むために、同じものを並べる。

館の記録の番号を見たい。

末尾に枝番のあるものが多い。

つまり、もとは組だったのだろう。

そのうちの一脚だけが、館に来ている。

第十七回で、組物の分かれについて書いた。

一組が売られ、分けられ、散る。

そして、館に来るのは一部である。

これは見え方を変える。

一脚だけを写真で見ると、彫刻の細部に目が行く。

八脚並んでいれば、繰り返しの効果が見える。

同じ背もたれが横に並ぶ光景である。

そのとき、透かしの模様は連続した帯になる。

つまり、本来の見え方は、記録からは分からない。

そして、肖像画の一点は、その本来の使われ方を見せている。

人が座っている。

背もたれは、体の後ろに隠れて一部しか見えない。

椅子は、使われているとき、いちばん見えなくなる。

部門と分類

九点の部門を確かめたい。

八点が米国部門である。

一点だけ、ナショナル・ギャラリー・オブ・アートの絵画である。

そして、館の記録の分類も見たい。

八点のうち七点が、脇椅子という分類である。

一点だけが、椅子とだけある。

この差は何だろうか。

脇椅子は、肘掛けのない椅子を指す。

食卓の脇に並べる椅子である。

対になるのが、肘掛けのある椅子である。

そちらは、主人の席に置かれる。

つまり、分類そのものが使われ方を示している。

では、一点だけ椅子とあるものは何か。

写真を見ると、これも肘掛けがない。

形の上では、脇椅子である。

館の記録が、そう分類しなかった理由は書かれていない。

食卓用ではなく、寝室や客間の椅子だったのかもしれない。

第十七回で、分類の揺れについて書いた。

同じ形でも、来歴によって呼び名が変わることがある。

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