止まった画面で、動きをどう示すか——ホーマー・キルヒナー・劉節ほか九点
絵は一つの瞬間しか持てない。それでも動いて見える絵がある。九点で、その方法を五つに整理したい。あるはずのない位置に置く、体を曲げる、布を流す、段階を並べる、輪郭を崩す。魚が二点、東西から出た。止まっている一点があることで、逆に分かることもある。

魚が、空中で止まっている
暗い緑の画面である。
上のほうは、深い墨色に近い。
下のほうに、白い波が横に走る。
その上に、魚が一匹いる。
体は水から離れ、宙に浮いている。
腹は銀白色で、光る。
背は暗い緑。
鰭は赤みを帯びる。
尾が下へ跳ね、体は右上を向く。
口は少し開いている。
水面には、波紋の跡がある。

館の記録は、技法を「黒鉛の上に水彩」と書いている。
まず鉛筆で形を取り、その上に色を置く。
水彩は、塗り直しが難しい。
濃い色を重ねることはできるが、薄くは戻せない。
だから、下描きで形を決めておく。
この一点でも、魚の輪郭に細い線の跡が見える。
そして、暗い背景は何度も重ねられている。
紙の白は、魚の腹にだけ残る。
館の記録によれば、この魚は虫か擬似餌を追っている。
そして館は、この作者が山地の主題を手がけた時期に触れている。
これは館の説明である。
こちらで確かめられるのは、魚が水の上にいる、ということだ。
絵は動かない。
一枚の画面は、一つの瞬間しか持てない。
それなのに、動いていると読めることがある。
なぜか。
この一点の場合、答えははっきりしている。
魚が、あるはずのない場所にいるからだ。
水の中にいる魚は、動いていなくてもよい。
水の上にいる魚は、落ちる途中でしかありえない。
だから、次の瞬間が想像される。
九点を並べて、動きの示し方を数えたい。
同じことを、四百年前にもやっている

館の記録は、寸法を三つ書いている。
画面が140.5×83.7センチ。
表装を含めて226×101.2センチ。
軸端まで含めると、幅が109.5センチになる。
縦は、画面の一・六倍である。
第十九回で、掛軸の寸法の書き方を扱った。
高さの話で見たとおり、画面と表装は別に測られる。
そしてこの一点では、軸端の分まで別に書かれている。
大きな掛軸である。
画面だけで縦140.5センチある。
絹は褐色に変わっている。
上のほうに、大きな魚が一匹いる。
体をくねらせ、頭を下に向ける。
鱗が一枚ずつ描かれている。
その下に、小さな魚が何匹か続く。
いちばん下にも、二匹いる。
水面や波は、ほとんど描かれていない。
薄い墨で、流れらしいものが示されるだけである。
右上に、小さな花のようなものが散る。
館の記録によれば、この作者は宮廷の画家で、魚の絵で知られたという。
そして、署名と印が画面の左上にあると書かれている。
これは館の記述である。
先の水彩と、四百年ほど離れている。
材料も、場所も違う。
だが、やっていることは同じである。
魚を、水の外に置く。
体をくねらせる。
尾を、体と反対の向きに振る。
この三つで、動きが伝わる。
とくに、体のくねりが効いている。
まっすぐな魚は、止まって見える。
曲がった魚は、次に伸びると分かる。
館の記録は、鯉が縁起のよい主題だとも書く。
流れをさかのぼる魚の話が、古くからある。
魚が二点、東西から出た
九点のうち二点が、跳ねる魚だった。
これは、選んだときには気づかなかったことである。
記録の語で拾った結果、たまたま並んだ。
一点は十九世紀の米国の水彩。
もう一点は、十五世紀から十七世紀の中国の掛軸。
材料も、大きさも、場所も違う。
それでも、扱いがよく似ている。
どちらも、魚を水から出している。
どちらも、体を曲げている。
どちらも、水の描写を最小限にしている。
なぜ似るのか。
理由は、対象の側にあると思う。
魚は、水の中では見えない。
水面の下は、光が届かず、輪郭がぼやける。
はっきり見える瞬間は、跳ねたときだけである。
だから、魚を描くとき、跳ねる瞬間が選ばれる。
対象の性質が、描き方を決めている。
第十九回で、鳥の居場所を数えたときも似たことがあった。
鳥の話では、飛ぶ鳥より枝の鳥が多かった。
止まっている鳥は描きやすい。
魚は、止まっていると描けない。
だから逆になる。
対象ごとに、選ばれる瞬間が違う。
群れが走ると、動きが増える

館の記録は、寸法を三つ書いている。
画面が22.6×56.1センチ。
版が32.9×63.3センチ。
紙全体が42.5×73センチである。
つまり、版の外にも余白が広い。
アクアチントは、細かい粒で面を作る技法である。
樹脂の粉を版に撒き、熱で固める。
その隙間を薬で腐食させると、粒の集まりが版になる。
線ではなく、面で明るさを作れる。
そこへ、手で色を塗る。
館の記録は、彩色が手によると書いている。
極端に横長の画面である。
縦22.6センチに対して、横が56.1センチ。
二倍半ある。
そこに、馬と人が十数組、横一列に近い形で走る。
赤い上着の人が多い。
馬の脚は、前後に大きく開く。
いくつかの馬は、四本とも地面から離れている。
手前に、柵と溝がある。
それを跳び越える馬もいる。
奥は、なだらかな野原である。
小さく、犬の群れが散る。
空は薄い青と白。
画面の下に、文字が二行ある。
一頭だけでは、この効果は出ない。
十数頭が同じ方向へ動くと、画面全体が流れる。
そして、脚の形がそれぞれ違う。
前脚を上げた馬、後脚で蹴る馬、宙に浮く馬。
違う段階を並べることで、連続した動きが示される。
第十九回で、馬は横から描かれると書いた。
馬の向きの話で見たとおり、横向きは脚の運びを見せる向きである。
ここでは、その理由がはっきり出ている。