馬は、横から見なければ馬に見えない——ドガ・メソニエ・北斎ほか九点
馬は、たいてい真横か斜め横を向く。正面からでは、胴の長さも脚の運びも読めないからである。九点で、その偏りを確かめたい。正面から作られた馬の防具も、二点ある。馬の毛色は、七点のうち五点が茶色である。正面を向いた馬は一点しかない。

横を向いた馬
前の回で、足もとの犬を見た。
犬は、画面の下にいた。
今回は馬である。
馬は、犬とちがって大きい。
だから、画面の下に隠れない。
そのかわり、別の決まりがある。
横を向くのである。
絵に描かれた馬は、たいてい真横か、斜め横を向いている。
正面を向いた馬は、少ない。
九点を並べて、この偏りを確かめたい。
そして、正面から作られた馬も二点ある。
こちらは絵ではない。

パステルの一点である。
四八・九掛ける六二・二センチ。
支持体が変わっている。
薄い透ける紙に描き、それを板に貼っている。
第十五回で、紙を貼り込む方法について書いた。
前の回でも、紙をカンヴァスに貼った一点を見た。
画面には、三頭の馬がいる。
いずれも茶色である。
左の一頭は、こちらを斜めに向く。
中央の一頭は、ほぼ真横である。
右の一頭は、後ろ姿に近い。
そして、三人の騎手が乗る。
赤い帽子と白い服。
青い帽子と暗い服。
黄色い帽子と淡い服。
背景は、緑の草地である。
上のほうに、薄い紫と桃色の空がある。
線が粗い。
輪郭が何本も重ねて引かれている。
つまり、下描きの線が残っている。
第十三回で、パステルの描き方について書いた。
色の粉を紙に擦りつける。
だから、線を消しにくい。
そして、消さずに残す描き方がある。
この一点は、後者である。
三頭のうち、真横の一頭がいちばん読みやすい。
首、胴、四本の脚。
すべての部分が、重ならずに見える。
一頭だけを描く

前の回でも、この作者の一点を見た。
同じ形式である。
四六・七掛ける六一・三センチ。
画面が楕円に切り抜かれ、台紙に貼ってある。
上に、小さな札が貼られている。
淡い黄色の地に、雲のような影がある。
背景は、ほとんど描かれていない。
中央に、一頭の馬と一人の人物がいる。
馬は真横を向く。
頭が左、尾が右である。
首を下げている。
暗い茶色で、鬣と尾が長い。
そして、その手前に人が立つ。
こちらを向いている。
長い衣をまとう。
頭に、羽根の飾りをつけている。
つまり、人は正面、馬は真横である。
同じ画面のなかで、向きが違う。
これは意図されているだろう。
人の顔を見せるには、正面が要る。
馬の体を見せるには、真横が要る。
第五回で、向きと情報量について書いた。
正面からでは、馬の胴の長さが分からない。
首の曲がりも、脚の運びも読めない。
真横なら、全部が一度に見える。
だから、馬は横を向く。
この一点は、その理由をそのまま示している。
正面から来る馬

小さな油彩である。
一九・七掛ける二七・六センチ。
板に描かれている。
そして、この一点だけ、馬が正面を向く。
画面の中央に、二頭が並ぶ。
左は茶色の馬。
右は白い馬。
どちらも、こちらへ向かって歩いてくる。
顔が正面である。
前脚が見える。
胴は、ほとんど隠れている。
そして、二人が乗る。
黒い上着と、横に広い帽子。
館の記録の題は、将軍と副官と言っている。
背景には、黄土色の建物がある。
左に、高い壁が続く。
右のほうに、海か川が見える。
空は青く、雲が薄い。
道は乾いた土である。
つまり、これは行進の場面である。
正面から描く理由がある。
近づいてくる感じが出る。
そして、二人の顔が見える。
第五回で、正面像の効果について書いた。
見る側と向き合う形になる。
だが、馬の体は犠牲になっている。
胴の長さも、脚の運びも分からない。
首から下が、ほとんど隠れている。
九点のうち、正面を向いた馬はこの一点だけである。
馬が十頭並ぶ

さらに小さい。
一六・四掛ける二三・二センチ。
はがきほどの大きさである。
支持体は、スレート紙という。
灰色の厚紙だろう。
画面には、町の通りがある。
右に、二階建ての建物が二棟。
看板が出ている。
館の記録の題が、その旅籠の名である。
左には、木が二本。
一本は丸く茂り、一本は細く尖る。
中央に、桃色の建物がある。
空は、淡い桃色と青である。
そして、通りに馬が並ぶ。
数えると、十頭ほどいる。
すべて真横を向いている。
頭が左のものと、右のものが混じる。
いずれも茶色である。
人も数人いる。
馬の横に立ち、あるいは間を歩く。
つまり、馬市か、繋ぎ場の光景だろう。
そして、馬が一列に並ぶと、真横が最も見やすい。
正面を向けば、後ろの馬が隠れる。
真横なら、重なりが少ない。
第十二回で、群れの描き方について書いた。
同じものを並べるとき、向きを揃える。
そうすると、数が読める。
この一点は、その原則をそのまま使っている。