作品を知る

題が用意する理由——デューラー・モディリアーニ・スーラほか九点の裸体

衣を着ていない体を描くとき、絵は理由を用意する。神話にするか、水浴の場面にするか、習作にするか。九点で、その題の付き方を数えたい。描かれた人の名は、九点とも一つも残っていない。そして九点のうち六点に、白や青の布が写り込む。布は隠すだけの道具ではない。

水浴の女
エドマンド・オースティン・スチュワードソン《水浴の女》メトロポリタン美術館蔵

大理石が、湯浴みの場面になっている

白い大理石の像がある。

人物が、片膝を床につけている。

もう一方の脚は立てられ、膝が高い。

右腕を頭の上に曲げ、手を髪のあたりに置く。

顔は下を向く。

体の左側に、布らしいものが垂れる。

そして足元に、水の流れを表す形がある。

台は円く、低い。

高さは117.5センチである。

水浴の女
エドマンド・オースティン・スチュワードソン《水浴の女》1889年から90年の作で、彫り出しは1894年。館の記録では、大理石。117.5×58.4×38.1センチ。番号は95.9。メトロポリタン美術館蔵。エドマンド・オースティン・スチュワードソン《水浴の女》メトロポリタン美術館蔵

館の記録には、年が二つ書かれている。

1889年から90年の作で、彫り出しは1894年、とある。

つまり、形が決まった年と、石を彫った年が違う。

彫刻には、この二段階がよくある。

まず粘土や石膏で原型を作る。

そのあと、石で彫るか、金属で鋳る。

原型を作った人と、彫った人が違うこともある。

館の記録は、彫った人の名を書いていない。

第十五回で、一点に何人が関わるかを扱った。

ここでも、記録に残るのは一人の名だけである。

題は「水浴の女」である。

裸婦、とは書かれていない。

これは、この主題を扱うときの決まった書き方に近い。

衣を着ていない体を描くとき、絵は理由を用意する。

水を浴びているところだ、という理由である。

九点のうち、題に水浴の語が入るのは四点だった。

そして、裸という語が入るのは四点。

無題が一点である。

今回は、この題の付き方を軸にしたい。

理由が用意される

衣を着ていない体は、長いあいだ特別な扱いを受けてきた。

そのまま描くのではなく、場面を用意する。

神話の登場人物にする。

水浴の場面にする。

あるいは、体の作りを学ぶための習作にする。

そのどれかであれば、記録も扱いやすい。

九点は、この三つの型にきれいに分かれた。

四人の魔女(四人の裸婦)
アルブレヒト・デューラー《四人の魔女(四人の裸婦)》1497年。館の記録では、エングレーヴィング。番号は1964.22。クリーヴランド美術館蔵。アルブレヒト・デューラー《四人の魔女(四人の裸婦)》クリーヴランド美術館蔵

この版画には、寸法が書かれていない。

技法と、受け入れの経緯だけがある。

エングレーヴィングは、刃物で銅を彫る技法である。

線の太さは、彫った溝の深さで決まる。

深く彫れば太い線が出て、浅ければ細い線になる。

この一点でも、体の輪郭は太く、影は細い線の集まりである。

線の密度で明るさを作る。

面を塗ることはできない。

四人の人物が、狭い室内に立っている。

床は石畳である。

奥に、扉のような開口が見える。

頭の上に、球体が吊るされている。

足元に、頭蓋骨と骨が転がる。

左の下のほうに、炎と、そこから出る形がある。

四人は、互いに体を向け合っている。

一人は背を向け、一人はこちらを向く。

館の記録は、この一点を特定の物語に結びつけられないと書く。

そして、地下の女神を指す可能性に触れている。

三つの顔や体を持つ姿で描かれることがあるからだという。

これは館の見立てである。

こちらで確かめられるのは、四人がそこにいる、ということまでだ。

題が二つ書かれている点に注目したい。

「四人の魔女」と「四人の裸婦」である。

館の記録は、両方を並べている。

つまり、この絵が何を描いたものかが定まっていない。

魔女と呼べば、物語の絵になる。

裸婦と呼べば、体を描いた絵になる。

題の選び方で、絵の分類が変わる。

学ぶために描く

裸婦
アルフォンス・ルグロ《裸婦》館の記録では1853年から1911年ごろ。鉛筆。番号は1926.484。クリーヴランド美術館蔵。アルフォンス・ルグロ《裸婦》クリーヴランド美術館蔵

前の回でも、この作者の絵を見た。

視線の話で扱った一点は、途中で止まった肖像だった。

顔だけ塗られ、体は線のままだった。

こちらの素描も、線だけで作られている。

同じ人の手であることが、線の引き方から見て取れる。

輪郭を一本で決めず、何度も重ねる。

灰色がかった紙に、鉛筆だけで描かれている。

人物が正面を向いて立つ。

両手を体の前で合わせ、布らしいものを持つ。

顔は、輪郭と目の位置が示される程度である。

体の輪郭は、細い線を何度も重ねて作られる。

一本で決めていない。

線を探りながら引いた跡が残る。

背景は何もない。

紙のままである。

これは、人を前に置いて描く練習だと考えられる。

そういう素描には、場面が要らない。

物語も、水辺もない。

体だけが紙に置かれる。

館の記録は、制作年に大きな幅を持たせている。

1853年から1911年ごろ、とある。

この作者の活動期間そのものである。

つまり、年が特定できていない。

第十四回で、年の欄の留保を扱った。

署名も年記もない素描では、こうなることが多い。

寸法も書かれていない。

九点のうち、寸法欄が空なのは二点である。

水辺という口実

森の中の水浴の女
カミーユ・ピサロ《森の中の水浴の女》1895年。館の記録では、布に油彩。60.3×73センチ。番号は29.100.126。メトロポリタン美術館蔵。カミーユ・ピサロ《森の中の水浴の女》メトロポリタン美術館蔵

館の記録は、出所の行に大きな収集の名を入れている。

二十世紀の初めに、一人の収集家の遺贈で入った一括の一部である。

第十八回で、そうした一括の動き方を扱った。

一人の関心が、館の一分野を作ることがある。

木立の中に、細い流れがある。

その岸に、人物が立つ。

体をやや前に傾け、白い布を持つ。

まわりは、緑と黄の細かい筆で埋まる。

木の幹が、画面の左に太く立つ。

奥は、明るい緑の草地である。

前の回で、この作者の別の一点を見た。

足の話で扱った一点では、同じ年に川で足を洗う女性が描かれていた。

こちらは、同じ年の作である。

場所も、構図も似ている。

違うのは、衣を着ているかどうかだけだ。

そして、題の書き方も変わる。

片方は「足を洗う女」。

もう片方は「水浴の女」。

行為はほとんど同じである。

水辺で、体の一部を水に触れさせている。

だが、衣の有無で分類が変わる。

館の記録では、こちらの一点に「裸婦」「水浴」の札が付く。

もう一点には、その札がない。