老いは、輪郭に出る——ブルーマールト・フィスハー・スーティンほか九点
皺は遠くからは見えない。見えるのは、頬の落ちた輪郭と、たるんだ首である。九点で、老いの示し方を数えたい。白い髭が七点、細かい皺が四点。そして九点のうち、名前が推定されるのは一点だけだった。手の大きさで年齢を示す例も、そこに混じっている。

首の皮膚が、たるんでいる
板に、老人の頭が描かれている。
顔は右を向き、目は下を見ている。
額に、太い横皺が三本走る。
眉の間にも、縦の皺が寄る。
目の下は袋のようにふくらむ。
鼻の脇から口へ、深い溝が下りる。
口髭と顎髭は白く、まばらである。
そして、いちばん目を引くのは首である。
顎の下の皮膚が、垂れている。
喉のあたりに、筋が浮く。
灰色の襟が、その下で開く。

館の記録は、支持体を板と書いている。
板は布よりも硬く、細かい筆が乗りやすい。
皺を描くには向いた下地である。
そして、板は反ることがある。
長い年月のあいだに、木が動く。
この一点の記録には、状態についての記述がない。
書かれているのは、寸法と技法と、受け入れの経緯だけだ。
顔の皺だけなら、遠くからは見えない。
見えるのは、輪郭の変化である。
頬が落ち、顎の線がぼやける。
首が細くなり、皮膚が余る。
老いは、輪郭に出る。
九点を並べて、その示し方を数えたい。
前の回で、髪を見た。
髪の話では、白髪が年月の印になっていた。
今回は、髪以外の手がかりを探す。
「老人の頭部」という題
まず、題を見てほしい。
この一点の題は「老人の頭部」である。
名前がない。
そして、九点のうち三点が、同じ形の題を持つ。
「老人の頭部」「老女の頭部」「老人と老女」。
いずれも、人物を特定していない。
これは偶然ではない。
顔だけを描いた習作には、こうした題が付く。
誰かの肖像として注文されたのではなく、顔の研究として描かれる。
そういう絵が、十七世紀のオランダやフランドルに数多くある。
老人の顔は、その題材として好まれた。
理由は想像がつく。
皺が多いほど、明暗が複雑になる。
塗り分ける面が増え、腕の見せ場になる。
若く滑らかな顔では、そうはいかない。

紙は裁断されている、と館の記録は書く。
もとの紙の縁が切り落とされているという意味である。
版画は、紙の縁を切って台紙に貼ることが多い。
そのとき、版の外側の余白が失われる。
版の大きさが分からなくなることもある。
この一点でも、記録にあるのは裁断後の紙の寸法だけである。
頭巾をかぶった老女である。
布が頭を包み、顎の下で結ばれる。
顔は右を向き、目は伏せぎみである。
頬がこけ、口のまわりが窪む。
歯がないのだと分かる。
目の下と、口の脇に、細かい線が集まる。
その線の密度で、皺が作られている。
画面の下には、文字が刷られている。
作者の名と、彫った人、刷った人の名が並ぶ。
館の記録は、題に括弧を入れている。
作者の母の肖像とされる、という書き方である。
「とされる」が付いている。
つまり、館はそれを断定していない。
前の回で、この作者の自画像を並べた。
自画像の話で見た一点と、同じ人の作である。
自画像は「自画像」と書ける。
母の肖像は、そうはいかない。
描かれた人が誰かは、本人が言い残すか、記録が残るかしないと分からない。
そして、この一点にはその記録がない。
呼び名だけが、長く伝わってきた。
塗り残しが、そのまま残る

この作者は、十九世紀の米国の画家である。
ヨーロッパで学び、そこで顔の習作を数多く描いた。
館の記録には、制作年に幅がある。
1877年から79年ごろ、と書かれている。
年が特定されないのは、署名や記録がないためだろう。
こちらも「老人の頭部」である。
二百五十年後の作だが、題は同じ形をしている。
顔は右を向く。
額と頬に、明るい絵具が厚く置かれている。
鼻の頭と、頬骨の上がいちばん明るい。
目の周りは暗く沈む。
髪と髭は白く、素早い筆で描かれる。
そして、顔の周囲は塗られていない。
褐色の下地が、そのまま出ている。
左の上のほうに、絵具が乱暴に置かれた跡がある。
背景を作ろうとして、途中でやめたようにも見える。
顔だけを仕上げ、あとは放置する。
これは、顔の習作によくある形である。
前の回で、途中で止まった肖像を見た。
肖像は顔から塗られ、体と背景はあとに回される。
ここでも同じ順序が見える。
同じ紙の表と裏に、若さと老いがある

館の記録では、制作年に大きな幅がある。
1630年から60年ごろとされている。
ただし、作者とされる画家は1541年より後に亡くなっている。
年の欄と、作者の生没年が合っていない。
第十四回で、年の欄の留保を扱った。
素描は署名も年記も持たないことが多い。
だから、年の推定は幅を持つ。
そして、その幅が生没年をはみ出すこともある。
九点でいちばん小さい紙である。
縦9.7センチ、横6.8センチ。
名刺より小さい。
館の画像は、表と裏を並べて撮っている。
左が表である。
赤いチョークで、若い女性の上半身が描かれる。
髪を頭の上でまとめ、服の襟が四角く開く。
顔は正面を向き、輪郭はやわらかい。
右が裏である。
褐色の淡彩で、老女の横顔が描かれる。
頭に布をかぶり、鼻が高く突き出す。
顎が前に出て、口が引っ込んでいる。
そして、その上に手書きの文字がある。
インクで書かれた数行である。
一枚の紙の両面に、若い顔と老いた顔がある。
同じ大きさで、同じ人の手による。
比べる材料としては、これ以上のものがない。
若い顔では、輪郭が丸い線でつながる。
老いた顔では、輪郭が角ばる。
鼻と顎が前に出て、その間が窪む。
顔の縁が、波打つようになる。
若い顔の線は、途中で切れずに続く。
老いた顔の線は、何度も向きを変える。
第十七回で、一枚の紙の表裏を扱った。
ここでも、番号は一つである。
二つの顔が、一点として数えられている。