横顔は、輪郭だけで足りる——コズメ・トゥーラ・マイヨール・ルドンほか九点
顔を真横に置くと、目は片方しか見えない。それでも人だと分かる。輪郭に情報が集まるからである。九点で、この向きの働きを測りたい。左向きが五点、右向きが四点。板から版画まで、素材も並べる。記録は顔の向きを書かない。

顔が、完全に横を向いている
一枚の板に、若い男が描かれている。
顔は真横を向く。
こちらを見ていない。
見えている目は、片方だけである。
額から鼻へ、鼻から唇へ、線が一本で続く。
赤い帽子をかぶっている。
金色の髪が、耳のあたりを覆う。
衣は深い緑である。
背景は濃い紺一色。
そして板の両端に、塗られていない茶色が細く残っている。

板の記録を、もう少し読みたい。
館の記録は、寸法を二つ書いている。
全体が28.3×19.7センチ。
描かれた面が27.3×14センチである。
横の差が5.7センチもある。
つまり、板の左右に絵の来ない部分が広い。
画像で見える茶色の帯が、それにあたる。
もとは枠にはめ込まれていたのかもしれない。
板絵は、額と一体で作られることがある。
その場合、隠れる部分には絵を描かない。
記録の二つの寸法は、その事情を残している。
この描き方には、決まった呼び名がある。
横顔の肖像である。
十五世紀のイタリアで、数多く作られた形式だ。
顔を真横に置き、背景を一色で塗る。
それ以外は、ほとんど描かない。
だが、考えてみると不自由な向きである。
正面から描けば、目は二つ見える。
斜めから描けば、頬に奥行きが出る。
横顔には、そのどちらもない。
なぜ、この向きが選ばれ続けたのか。
九点を並べて、その働きを読みたい。
輪郭が、そのまま人になる
横顔の強みは、はっきりしている。
輪郭が一本の線にまとまることである。
額の出方、鼻の高さ、唇の厚み、顎の引き方。
その全部が、一本の線の上に並ぶ。
正面から見ると、この情報は面の中に散らばる。
横から見ると、縁に集まる。
だから、線が少なくて済む。
そして、線が少ないほど、写しやすい。
硬貨やメダルが横顔を彫るのも、同じ理由だと考えられる。

館の記録は、三つ目の寸法も書いている。
額を含めて26.5×22.5×2.5センチである。
厚みが2.5センチある。
板と額を合わせた厚みだと考えられる。
トゥーラの記録には、額の寸法がない。
同じ板絵でも、館によって書く欄が違う。
第十三回で、寸法の欄の書き方を並べた。
額を含めた寸法の話と、同じずれがここにも出ている。
こちらは、トゥーラから三百五十年あとの絵である。
作った人の名は分かっていない。
館の記録は、作者の欄に「アメリカ、19世紀」とだけ書く。
描かれているのは、黒い上着の男である。
白いシャツに、黒い襟飾りをつけている。
顔は右を向く。
背景は青灰色の一色。
トゥーラと同じ組み立てである。
顔を横に置き、背景を平らに塗り、余計なものを入れない。
三百五十年、海を越えても、形式は動いていない。
ただし、大きさは違う。
こちらは板の高さが22.7センチしかない。
手のひらに載る絵である。
家の中で、身近な人を残すために描かれたのだろう。
トゥーラの一点も、高さは28.3センチである。
横顔の肖像は、もともと大きくない。
線だけの横顔
輪郭が全部だとすれば、線だけでも成立するはずである。
それを試した一点がある。

リトグラフは、石や金属の板に脂で描く技法である。
彫らない。
描いた線が、そのまま刷られる。
だから、鉛筆で描いたような線が紙に乗る。
この一点も、線の太さが一定でない。
首から肩へ下りる線は、途中で細くなる。
髪のまとまりだけ、線が二重、三重になる。
手で描いた勢いが、そのまま残っている。
黄色い紙に、黒い線だけが引かれている。
娘の顔が、左を向く。
髪は後ろで束ねられ、丸くまとめられている。
首から肩へ、線が二本下りる。
塗った面は、どこにもない。
紙の黄色が、そのまま肌の色になっている。
館の記録によれば、この作者が黄色い紙に刷った例は少ないという。
紙の色を、絵の一部として使ったことになる。
第十九回で、版画の白は刷らずに残した紙の色だと書いた。
ここでは、紙の色が黄色である。
白を残す話と、やっていることは同じだ。
線を引かない場所に、紙が出る。
そして、輪郭だけで、顔は顔に見える。
もう一点、逆の方向に振れた例を並べたい。

この一点には、下に文字が刷られている。
長い題が、そのまま画面の下に置かれている。
上には、第六図であることを示す表記がある。
館の記録によれば、これは版画集の一枚だという。
六枚が一つの折り帙に収められていた。
六枚に、はっきりした筋はない。
そのうちの一枚として、この横顔がある。
つまり、この顔は誰かの肖像ではない。
題が示すのは、夢のなかで見た姿である。
横顔の形式が、実在しない相手にも使われている。
こちらは、線ではなく黒い面で作られている。
女の頭が、左を向く。
髪は黒くまとまり、その中に白い点が散る。
顔の輪郭は、明るい部分と暗い部分の境目として現れる。
線を引いた結果ではない。
黒を置き、置かなかった場所が顔になる。
マイヨールとは、まったく逆の作り方である。
それでも、こちらを見ていない点は同じだ。
横顔である以上、視線は画面の外へ抜ける。
見る側と目は合わない。
これが、横顔のもう一つの性質である。
正面の肖像は、見る側を捕まえる。
横顔は、捕まえない。