犬の絵は、たいてい人の絵である——ホルツィウス・ドルーエ・ラリックほか九点
九点の犬を数えると、犬だけが描かれているのは三点しかなかった。四点では人の忠実さや装いを説明する役をあてがわれ、一点では取り引きの品として囲まれ、一点では皿を回る金の模様になっている。説明の役を負いながら、視線だけは人から外れている。

二匹の子犬が、絹の上で重なっている
絹の画面に、子犬が二匹だけ描かれている。
背景はなく、地面も草もない。
手前の一匹は白く、体を横に向けて座っている。
頭は大きく、額が丸く盛り上がり、鼻先が短い。
耳は垂れ、目は細い線で二つ引かれているだけである。
前脚は体の前にそろえられ、指が三本ほど見分けられる。
胴の輪郭は、細く均一な線で一息に引かれている。
その白い体の後ろから、もう一匹が顔を出している。
こちらは黒い。
背中と頭が濃い墨で塗られ、耳の先だけが立っている。
黒い一匹は、白い一匹の背に顎を載せるようにして重なっている。
二匹の尾は右へ流れ、細い線で先が跳ねている。
墨の濃さは、白と黒の二段しかない。
灰色の中間はほとんど使われていない。
右上に落款と印がある。

館の記録では、これは明治の画帖の一葉である。
寸法は34.3×27.6センチで、館の札は「犬」の一語である。
前の回で見た背中を向けた猫は、同じ画帖の別の一葉だった。
同じ画家が、同じ大きさの絹に、猫と犬を一匹ずつ描いている。
猫は首輪を付け、背中を向けていた。
犬は首輪を付けず、こちらへ体の側面を見せている。
飼われているかどうかは、犬のほうからは読み取れない。
墨だけで描かれているのに、二匹の毛質の違いははっきり分かる。
白い一匹は輪郭線だけで、内側は絹の地のまま残されている。
黒い一匹は面で塗られ、輪郭線がほとんど引かれていない。
線で描かれた犬と、面で描かれた犬が、体を重ねている。
描き方の違いが、そのまま毛色の違いになっている。
そして、どちらの犬も地面に触れていない。
足の下に影も台も描かれていないので、二匹は宙に浮いているようにも見える。
画帖の一葉という形式では、それでかまわない。
一葉ごとに一つの主題があり、背景は次の葉に譲られる。
犬は、誰の犬か
この一葉を出発点に、犬の絵を九点数えていく。
犬は、人ともっとも長く暮らしてきた獣である。
番をし、狩りを助け、群れを追い、そして膝の上にも乗る。
そのため、絵の中の犬はたいてい誰かの犬である。
先に言ってしまうと、九点のうち、犬だけが描かれているのは三点しかない。
四点では、犬は人の肖像の中にいる。
一点では、犬は取り引きの品として人々に囲まれている。
一点では、犬は皿の縁を回る金の模様になっている。
数えていくと、犬の絵が実は人の絵であるという事情が見えてくる。
銘文が、犬の意味を説明している
二点目は、少年と犬の版画である。

縦長の画面である。
中央に、大きな犬が一頭立っている。
胸が張り、脚は太く、長い毛が体の下へ垂れる。
顔は左を向き、口をわずかに開けている。
その犬の背に、少年が寄りかかっている。
少年は襞襟を付け、帽子をかぶり、右腕を高く上げている。
上げた手には、小さな鳥がとまっている。
犬の背に体を預けたまま、少年は鳥を見ている。
背後には木が立ち、枝が画面の上を覆う。
画面の下には、文字を刻んだ枠が置かれている。
館の記録では、その枠の中の文がこう述べている。
ヴェネツィアにいる優れた画家に、友情のしるしとして、そして留守の息子を示すために捧げる。
下の余白には、別の文が刻まれている。
こちらは同時代の学者が書いたものだという。
この作品に何が込められているか分からないかもしれない、と文は始まる。
そして短く言い換える。
素朴さは忠実さを求め、愛する。
忠実な犬と、無垢な少年。
それを作者は、名高い古代の彫刻家の手で銅に写した。
館の記録は、その文をそう訳している。
つまりこの犬は、忠実さという言葉の絵解きである。
そして館は、この版画が作られた事情も書いている。
作者は友人である画家のために、これを作った。
その画家の息子が、自分のもとでどう育っているかを知らせるためだった。
二人の画家はヴェネツィアで出会い、父はまだそこに住んでいた。
つまりこの一枚は、離れて暮らす親への便りでもある。
犬は、便りの中で「この子は忠実に育っています」と言う役をしている。
版の大きさも見ておく。
版の跡は36×26.6センチある。
紙のほうは36.3×26.8センチなので、余白はほとんどない。
つまりこの版画は、刷られたあとに縁を切り詰められている。
下の余白に刻まれた学者の文は、その切り詰めをまぬがれて残った。
版の中には、作者の組み合わせ文字と1597という年も刻まれている。
犬と少年の絵でありながら、文字の占める面積が広い。
見る人はまず絵を見て、そのあと説明を読むように作られている。
説明を読まなければ意味が分からないかもしれない、と文自身が言っている。
絵だけでは足りないことを、作者の側が認めている。
少年が抱くのは、黒い小犬
三点目は、油彩の肖像である。