美術史・技法

茶屋は静かで、宿屋は暗い——俊満・オスターデ・スローンほか九点

外から見た酒場

九点のうち一点は、建物を外から描いている。

銅版画で、館の記録に寸法の欄はない。

画面の右に、建物が並ぶ。

三階建てで、窓が不揃いに並ぶ。

壁は板と煉瓦で、傷んで見える。

その前に、看板が突き出ている。

館の記録の題によれば、その店の名が題になっている。

二人の名を並べた名である。

建物の手前は、川岸である。

杭と、舟と、材木が散らばる。

左のほうには、帆柱が立つ。

奥には、塔のある建物が霞む。

線は細く、余白が多い。

画面の下半分は、ほとんど白い。

館の記録に、記述の欄はない。

オールド・チェルシーのアダムとイヴ亭
ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《オールド・チェルシーのアダムとイヴ亭》1878年。館の記録では、エッチング。番号は1922.432。クリーヴランド美術館蔵。ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《オールド・チェルシーのアダムとイヴ亭》クリーヴランド美術館蔵

二十世紀の、地下の酒場

九点のうち一点は、二十世紀の油彩である。

額なしで90.5×69センチ。

縦長の画面である。

画面の中央に、女性が一人座っている。

黒い衣に、大きな黒い帽子。

横を向き、卓に肘をついている。

卓には、白い布が掛かる。

その向かいに、男が一人いる。

背を向けていて、顔は見えない。

左のほうには、別の男が座る。

こちらは正面を向き、こちらを見ている。

背景は暗い緑で、細部が沈む。

上のほうには、幕らしい暗い布が垂れる。

館の記述によれば、これは酒場の客たちである。

そして、経済の差が場面に織り込まれているという。

働く女性が連れと分け合う飲み物と、一人の男が頼んだ高い酒。

館は、当時の批評家の言葉も引いている。

その人は、裕福な男を蜘蛛にたとえた。

地下酒場
ジョン・スローン《地下酒場》1901年。館の記録では、油彩・カンヴァス。額なしで90.5×69センチ。番号は1946.164。クリーヴランド美術館蔵。ジョン・スローン《地下酒場》クリーヴランド美術館蔵

宿に泊まれなかった場面

最後の一点は、性格が違う。

板に描かれた油彩で、54.4×46.4センチ。

画面は青と緑に沈んでいる。

中央に、三人の人物がいる。

一人は立ち、暗い衣をまとう。

その右に、頭から布をかぶった人物がいる。

腕に、小さな子を抱いているらしい。

左手前には、驢馬が一頭いる。

背に荷を載せている。

背景は、建物の壁と、明るい開口である。

光は右のほうから来る。

館の記録の題によれば、これは聖書の場面である。

括弧のなかに、宿にて、と書かれている。

つまり、旅の途中の宿である。

館の記録に、制作年はない。

記述の欄もない。

エジプトへの出発(宿にて)
ヘンリー・オサワ・タナー《エジプトへの出発(宿にて)》制作年不詳。館の記録では、板に油彩。54.4×46.4センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。ヘンリー・オサワ・タナー《エジプトへの出発(宿にて)》スミソニアン協会蔵

茶屋の縁台と、宿屋の土間

日本の二点とヨーロッパの五点で、床の作りが違っていた。

日本の二点では、板張りの縁台がある。

人はそこに腰かけるか、上がって座る。

草履は、下に脱いである。

つまり、床が一段高い。

ヨーロッパの五点では、土間か石の床である。

人は靴のまま入り、椅子か樽に腰かける。

床の高さは、外と同じである。

この差は、建物の作りの差である。

そして、その差が人の姿勢を決める。

縁台では、膝を折って座る。

椅子では、脚を下ろして座る。

前に座ることを扱った回でも、座る場所の高さの話をした。

高さが、膝と腰の角度を決める。

九点でも、その通りになっていた。

日本の二点では、女性たちが膝を揃えて座る。

ヨーロッパの五点では、脚を投げ出す姿もある。

同じ「立ち寄って休む」でも、体の形が違う。

館の記録は、床の作りを書かない。

読めるのは、画像からだけである。

立ち寄る場所は、絵に描かれやすい

九点を見て、気づいたことがある。

宿屋や酒場の絵は、数が多い。

今回の候補にも、五十点以上が挙がった。

理由は、いくつか考えられる。

一つは、人が集まることである。

人が集まれば、場面ができる。

場面があれば、絵になる。

もう一つは、階層が混ざることである。

宿屋には、旅人も、地元の人も、身分の違う人も来る。

その混ざり方が、話の種になる。

館の記述も、そこに触れていた。

経済の差、煙草の吸いすぎ、仮装の踊り。

いずれも、場所の性格から出てくる話である。

そして三つ目に、屋内であることが挙げられる。

屋内なら、光と影が作りやすい。

暖炉の火、窓からの光、天井の暗さ。

九点の四点で、その処理が使われていた。

前に室内を扱った回でも、光の入り口を数えた。

宿屋の絵は、その延長にある。

囲われた場所に、人と光を置く。

誰が、誰と居合わせるか

宿屋や茶屋は、知らない人が居合わせる場所である。

九点で、その居合わせ方を見たい。

同じ卓を囲むのが、三点。

離れた場所に別々にいるのが、三点。

一組だけがいるのが、二点である。

同じ卓を囲む三点では、人が近い。

肩が触れ、顔が向き合う。

離れている三点では、人のあいだに距離がある。

二十世紀の酒場の一点が、その典型だった。

女性と連れが一つの卓にいて、別の男が離れて座る。

その男は、こちらを見ている。

館の記述によれば、その視線が場面の主題である。

つまり、居合わせるとは、見る関係でもある。

日本の茶屋の二点では、居合わせているのは同じ立場の人らしい。

見る人と見られる人の区別がない。

前に人を扱った回でも、視線の話をした。

誰が誰を見ているか。

宿屋の絵では、それが場の性格を決めている。

数え直す

九点を並べ直したい。

建物の内部が描かれているのは、六点。

外から見た建物が、一点。

屋外の宴が、二点である。

人が十人以上いるのは、三点。

数人しかいないのが、五点。

そして、驢馬と人だけの一点がある。

火や灯りが描かれているのは、三点だった。