茶屋は静かで、宿屋は暗い——俊満・オスターデ・スローンほか九点
立ち寄る場所は、判型が縦になる
判型を並べておきたい。
九点のうち、縦長が四点、横長が四点である。
一点は、ほぼ正方形だった。
縦長になるのは、人が少ない画面である。
日本の茶屋の二点、煙草の板絵、そして地下の酒場。
いずれも、三人から五人しかいない。
横長になるのは、人が多い画面である。
宿屋の踊り、庭の居酒屋、川岸の建物。
人数が増えると、横に並べる必要が出る。
これは、前に群衆や行列を扱った回と同じである。
そして正方形に近い一点は、人が二十人ほどいた。
だが、人が円く集まっているので横に伸びない。
つまり、人数だけでなく並び方も判型に関わる。
横一列なら横長、円く集まるなら正方形に近くなる。
九点は、その三通りに分かれていた。
館の記録は、判型の理由を書かない。
書かれているのは、結果としての寸法だけである。
その数字から、人の並び方を推すことはできる。
宿屋の絵には、飲み物がある
九点で、飲み食いの道具を数えたい。
器や杯が描かれているのは、六点である。
湯呑、水差し、樽、杯、瓶。
つまり、宿や茶屋の絵には必ず飲み物が出てくる。
これは当然かもしれない。
そこは、飲むための場所だからである。
そして、飲み物の種類が場所の性格を示す。
日本の二点では、茶である。
小さな器と、火にかけた道具がある。
ヨーロッパの四点では、酒である。
樽があり、大きな杯がある。
二十世紀の一点では、ビールと泡立つ酒である。
館の記述が、その違いを説明していた。
安い飲み物と、高い飲み物。
つまり、器の大きさや形が、その場の階層を示している。
前に働く場所を扱った回では、道具が仕事を示していた。
宿屋では、器がその場の性格を示す。
灯りと、暗さ
内部を描いた六点で、明るさを見たい。
暗い画面が、四点。
明るい画面が、二点である。
暗い四点は、いずれもヨーロッパの作品だった。
天井が低く、窓が小さい。
奥の暖炉の火が、唯一の光源である。
明るい二点は、日本の茶屋の版画である。
こちらは、外に開いた縁台の場面である。
壁がなく、光が自由に入る。
つまり、建物の作りが明るさを決めている。
そして、明るさが人数の見え方も決める。
暗い画面では、人が塊として見える。
顔は影に沈み、輪郭だけが残る。
明るい画面では、一人ずつの衣の模様まで見える。
九点の差は、そこにいちばんはっきり出ていた。
同じ「立ち寄る場所」でも、画面がまったく違う。
記録は、店の名を書くことがある
最後に、記録の欄を確かめておきたい。
九点のうち、店の名が題に入るのは二点だった。
日本の版画の一点と、銅版画の一点である。
日本の一点では、暖簾に文字が染められている。
その文字が、店の名である。
銅版画の一点では、看板が突き出ている。
そして題に、その店の名が書かれている。
つまり、店には名があり、それが題に残る。
残る七点では、店の名がない。
宿屋、居酒屋、茶屋、酒場。
いずれも、種類の名だけである。
前に家や道を扱った回でも、同じ分かれ方を見た。
名のある場所と、名のない場所。
そして名のある場所は、いまも探せるかもしれない。
館の記録は、そこまでは書かない。
書かれているのは、材と寸法と番号と出所である。
そして今回、九点のうち五点に記述の欄があった。
そのうち三点で、場面の内容が説明されていた。
煙草の効能、経済の差、画家の技法。
いずれも、画面を見ただけでは分からない話である。
とくに煙草の記述は、詳しかった。
当時は新しい輸入品で、薬として効くと信じられていた。
そして、水気の多い土地に住む人に勧められた、という記述もある。
その土地の名まで書かれている。
つまり、画面の煙が当時どう見られていたかが分かる。
いまの目で見れば、ただ煙草を吸う男である。
当時の目で見れば、新しい薬を試す男でもあった。
記録がなければ、その差は分からない。
そして、この差はどの絵にもある。
描かれた当時の見え方と、いまの見え方。
九点のうち、その差が説明されているのは三点だけだった。
残る六点では、いまの目で見るしかない。
そして今回数えたのは、人数、飲み物、明るさ、床の作りである。
人が十人以上いるのが三点、数人が五点。
器や杯があるのが六点。
暗い画面が四点、明るい画面が二点。
床が一段高いのが二点。
いずれも、画像を見れば誰でも数え直せる。
数え直せることと、記録から引いたことを分けて書く。
その方針は、この五十本を通して変えていない。
そして今回は、東と西の差がとくにはっきり出た。
日本の二点は静かで、明るく、人が少ない。
ヨーロッパの五点は賑やかで、暗く、人が多い。
同じ「立ち寄る場所」の語で集めた九点が、二つに割れた。
割れた理由は、建物の作りと、飲み物の種類にある。
縁台と土間、茶と酒。
その二つが、画面のほとんどを決めていた。
建物の作りが、人の姿勢を決める。
飲み物の種類が、場の性格を決める。
九点は、その二つの組み合わせで並んでいた。
同じ語で集めなければ、この二つを並べることはなかった。
語で引くことの利点は、そこにある。
似ていないものが、同じ語で集まってくる。
集まってから、どこが違うかを数える。
それがこの連載の手順である。
似ているものを集めれば、違いは見えにくい。
似ていないものが同じ語で集まると、違いがよく見える。
今回でいえば、静かな茶屋と、賑やかな宿屋である。
どちらも、旅の途中で立ち寄る場所だった。
そこで人は、茶を飲むか、酒を飲むか、煙草を吸うか、踊るかしていた。
九点のうち八点で、人が何かを口にしていた。
残る一点は、宿に入れなかった場面である。
聖書の場面で、旅の一行が驢馬とともに立っている。
宿に泊まれたのか、泊まれなかったのかは画面から分からない。
館の記録の題は、宿にて、とだけ書いている。
その曖昧さも、記録のままである。
こちらで補うことはしない。
補えば、記録にないことを書くことになる。
書かないことも、記録に沿う書き方の一つである。
五十回のあいだ、その線を守ってきた。










