作品を知る

島は、画面に描かれない——カナレット・ピサロ・カルポーほか九点

島は囲まれていることが条件だが、それは上から見なければ分からない。九点で数えると、島が見えるのは二点だけで、残る七点では島は名前のなかにある。流された人を扱った二点も並ぶ。地名としての島が五点、姓としての島が二点。囲まれていることは、絵では見えない。

ヴェネツィア潟の島の町ブラーノの眺め(景観集より)
アントニオ・カナレット《ヴェネツィア潟の島の町ブラーノの眺め(景観集より)》クリーヴランド美術館蔵

島の町が、水の向こうにある

一枚の銅版画に、島の町がある。

館の記録に、寸法の欄はない。

画面は横長である。

中央に、大きな木が一本立つ。

幹は途中で折れ、枝が上へ伸びる。

葉は細かい線の塊である。

その木の向こうに、水面が広がる。

水は細い横線で示される。

さらに向こうに、建物が横一列に並ぶ。

建物は四角く、屋根が低い。

窓が規則的に開いている。

奥のほうに、細い塔が二本立つ。

手前の岸には、草と柵と小舟がある。

人が三、四人いる。

一人は水際にしゃがんでいる。

空は白く、細い雲の線が引かれる。

館の記録の題によれば、ここは潟のなかの島の町である。

だが画面を見ても、島には見えない。

対岸が見えるだけである。

ヴェネツィア潟の島の町ブラーノの眺め(景観集より)
アントニオ・カナレット《ヴェネツィア潟の島の町ブラーノの眺め(景観集より)》1735〜46年。館の記録では、エッチング。番号は1925.1239.9。クリーヴランド美術館蔵。アントニオ・カナレット《ヴェネツィア潟の島の町ブラーノの眺め(景観集より)》クリーヴランド美術館蔵

島は、水に囲まれた土地である。

囲まれていることが、島の条件である。

だが、その条件は絵にしにくい。

囲まれている様子を見るには、上から見るしかない。

地上からでは、水と陸の境が一本見えるだけである。

九点を並べて、その難しさを数えたい。

島は、島として描かれない

集めかたは、館の記録の題によっている。

島、嶋にあたる語が入るものを拾った。

九点のうち、島が画面に見えるのは二点だけだった。

一点は、いま見た町の眺めである。

もう一点は、素描帖の一葉である。

残る七点では、島は題のなかにしかない。

その内訳は、こうなる。

島の沖を描いた一点。

島の岸辺を描いた三点。

島に流された人を表した二点。

そして、姓に島の語が入る一点である。

つまり、島の絵とは島にいる人の絵である。

島そのものは、めったに描かれない。

島にいると、島は見えない

島の上から描いた三点を見たい。

一点目は、油彩である。

全体で27.7×41センチ。

画面の右に、砂の道が延びる。

道は右奥へ下り、海へ向かう。

その道の上に、女性が二人立っている。

一人は白い衣、一人は青い衣である。

二人とも、頭に布を巻いている。

一人は白い布を高く掲げている。

向かい合って、話しているらしい。

左には、緑の茂みと木がある。

右奥には、海と、低い岬が見える。

海の上に、小さな帆が二つある。

空は上のほうが青く、下は淡い黄である。

館の記録の題には、島の名が入っている。

だが、この画面からその島の形は分からない。

見えているのは、海辺の道と、二人と、岬だけである。

島の上に立てば、島は見えない。

セント・トーマス島、海辺で語らう二人の女
カミーユ・ピサロ《セント・トーマス島、海辺で語らう二人の女》1856年。館の記録では、油彩・カンヴァス。全体27.7×41センチ。番号は1985.64.30。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。カミーユ・ピサロ《セント・トーマス島、海辺で語らう二人の女》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

二点目は、大きな油彩である。

額なしで72.3×128センチ。

横に長い画面である。

画面は暗い。

上半分は、厚い雲である。

雲の切れ目に、丸い月がある。

月の光が雲の縁を白く縁取る。

下半分は、海と岸である。

海面には、月の光が縦に伸びる。

その帯だけが明るい。

手前の岸には、岩が二つ三つある。

岩は黒く、輪郭だけが見える。

左のほうに、帆船が二艘いる。

いずれも小さく、影である。

館の記述によれば、この画家が夜を描いた作品は少ない。

そして、場所を特定して描いていながら、夜の闇が細部を隠している。

そのため、場所というより気分の絵になっている、と館は書く。

題には、州の名が入っている。

その州の名に、島の語が含まれる。

つまり、ここでも島は名前のなかにある。

ポイント・ジュディス、ロードアイランド州
マーティン・ジョンソン・ヒード《ポイント・ジュディス、ロードアイランド州》1867〜68年。館の記録では、油彩・カンヴァス。額なしで72.3×128センチ。番号は1970.161。クリーヴランド美術館蔵。マーティン・ジョンソン・ヒード《ポイント・ジュディス、ロードアイランド州》クリーヴランド美術館蔵

三点目は、写真である。

画面は16×11センチ。

台紙まで含めると31.7×22.3センチになる。

画面には、男が一人座っている。

黒い上着に、白い襟。

髭が濃く、髪は後ろへ流れている。

両手を膝の上で組んでいる。

椅子の背に、腕を掛けている。

背景は暗く、何も描かれていない。

館の記述によれば、この人物は当時亡命していた。

そして、亡命先の島でこの写真が撮られた。

撮ったのは、家族ぐるみの知人である。

館は、その年に代表作が出版されたことにも触れている。

つまり、この写真は島で撮られた。

だが、画面に島は写っていない。

写っているのは、椅子と人だけである。

ガーンジー島のヴィクトル・ユゴーの肖像
エドモン・バコ《ガーンジー島のヴィクトル・ユゴーの肖像》1862年。館の記録では、湿板コロジオンの陰画から作った鶏卵紙印画。画面16×11センチ。台紙を含めて31.7×22.3センチ。番号は2001.52。クリーヴランド美術館蔵。エドモン・バコ《ガーンジー島のヴィクトル・ユゴーの肖像》クリーヴランド美術館蔵

島に流された人

九点のうち二点は、島に流された人を扱う。

一点目は、ブロンズの彫刻である。

全体で21.6×18.6×12.2センチ。

台の上に、男が座っている。

厚い外套をまとい、前がはだけている。

腕を組み、うつむいている。

顔は小さく、表情は読みにくい。

外套の襞は深く、粗い。

表面は青緑で、光が斑に反射する。

台は岩を模した形をしている。

館の記録の題によれば、これは南の島に流された人物である。

館の記録には、署名の位置も書かれている。

そして、裏側にあった鋳造所らしい銘が、道具で削り取られているという。

誰が、なぜ削ったかは書かれていない。

削られた跡だけが記録に残っている。