美術史・技法

港の絵に、桟橋は写らない——ブーダン・アッピアン・ヒードほか九点

港は陸と海の境目である。九点で数えると、港の設備が描かれているのは二点しかない。帆柱が数えられるのは五点。壁付けテーブルや山の谷まで、綴りの偶然で二点が混じった。水面が画面の下半分を占めるのは六点で、空が広いのは四点だった。境目は低い位置にある。

ニューファンドランド漁船の帰港
ウジェーヌ・ブーダン《ニューファンドランド漁船の帰港》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

船が、砂の上に載っている

一枚の油彩に、浜辺がある。

全体で73.5×100.7センチ。

横長の画面である。

中央に、大きな帆船が一隻いる。

三本の帆柱が立ち、帆は畳まれている。

船体は黒く、右へ少し傾いている。

海に浮かんでいるのではない。

砂の上に、直接載っている。

潮が引いた浜に、船を寄せてあるらしい。

船のまわりに、人が大勢集まっている。

数えると、五十人以上いる。

白い帽子の人が多い。

荷を担ぐ人、樽を転がす人がいる。

左のほうには、馬と荷車が待つ。

砂の上には、箱や籠が並べられている。

空は灰色で、雲が低く垂れる。

雲の切れ目から、わずかに光が差す。

館の記録の題によれば、これは遠洋から帰った漁船である。

北の海から戻ってきた船だという。

つまり、これは荷揚げの場面である。

ニューファンドランド漁船の帰港
ウジェーヌ・ブーダン《ニューファンドランド漁船の帰港》1875年。館の記録では、油彩・カンヴァス。全体73.5×100.7センチ。番号は1963.10.87。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。ウジェーヌ・ブーダン《ニューファンドランド漁船の帰港》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

港は、陸と海の境目である。

そこでだけ、船から陸へ物が移る。

だから港には、必ず二つのものが同居する。

水に浮かぶものと、地面に置かれるもの。

船と、荷と、人と、建物。

九点を並べて、港の描かれ方を数えたい。

港の語は、思わぬところへ届く

集めかたは、館の記録の題によっている。

港、湊、船着き場にあたる語が入るものを拾った。

九点のうち、港や水辺が描かれているのは六点だった。

残る三点は、語の広がりで混じっている。

一点は、家具である。

一点は、川辺の絵に付いた地名である。

もう一点は、まったくの偶然だった。

その一点については、後で詳しく書く。

まず、港が描かれた六点を見たい。

そのうち、船が描かれているのは五点である。

船のない港の絵が、一点あった。

帆柱が、港の目印になる

港の絵で、いちばん目立つのは帆柱である。

細い縦の線が、何本も立つ。

九点のうち五点で、帆柱が数えられた。

いちばん多いのは、銅版画の一点である。

紙は32.5×45.8センチ、版の面は28.3×39.1センチ。

画面の左に、大きな帆船が二隻いる。

帆柱と斜めの帆桁が、画面の上端まで伸びる。

右には、防波堤らしい低い線が続く。

その先に、丸屋根の小さな建物がある。

灯台か、堂だろう。

手前の水際には、小舟が数艘上げてある。

人は数人、輪郭だけで描かれる。

空は細かい横線で埋められる。

館の記述によれば、この作者は光と空気に敏感だった。

そして、銅版の表面にインクの薄い層を残す技法を使ったという。

その層が、淡い調子として刷り上がる。

館の記録は、画面の左上に署名と年が彫られていることも記す。

サンレモの港
アドルフ・アッピアン《サンレモの港》1878年。館の記録では、エッチング。紙は32.5×45.8センチ。版の面28.3×39.1センチ。番号は2001.103。クリーヴランド美術館蔵。アドルフ・アッピアン《サンレモの港》クリーヴランド美術館蔵

もう一点、帆柱の目立つ水彩がある。

紙は32.5×38.2センチ。

画面の左に、大きな帆が一枚立つ。

帆は淡い茶色で、平らな面として塗られる。

その手前に、青い船体が横たわる。

船首が右へ突き出ている。

奥には、細い帆柱が二本立つ。

水は白く、ほとんど塗られていない。

対岸は、薄い紫の帯で示される。

空も白い。

色数は少なく、面は平らである。

輪郭は、鉛筆の線で決められている。

館の記録の題は《港》とだけある。

場所の名は書かれていない。

館の記録によれば、作者はこの町の画家である。

だから、地元の港かもしれない。

だが、記録にそうは書かれていない。

港
カール・ゲルトナー《港》1925年頃。館の記録では、水彩。紙は32.5×38.2センチ。番号は1953.654。クリーヴランド美術館蔵。カール・ゲルトナー《》クリーヴランド美術館蔵

港は、水平線とともに描かれる

横長の画面が多いのも、港の絵の特徴である。

油彩の一点は、38.7×76.8センチある。

幅が高さの二倍ある。

画面の中央やや左に、太陽がある。

白くにじみ、光の輪が広がる。

その下に、水面が横に伸びる。

水は淡い金色で、細かい波が光る。

右のほうに、帆船が二隻いる。

帆は白く、小さい。

手前は湿った草地と、岩である。

草は赤茶と緑で、点々と描かれる。

左の岸には、木立の影がある。

空は上のほうまで淡く、雲の形がない。

館の記録の題は、ある港と海岸の名である。

だが画面には、港の設備が何も見えない。

桟橋も、倉庫も、家もない。

見えるのは、水と光と船だけである。

港という語が指すのは、この場合は入り江そのものだろう。

ヨーク港、メイン州の海岸
マーティン・ジョンソン・ヒード《ヨーク港、メイン州の海岸》1877年。館の記録では、油彩・カンヴァス。38.7×76.8センチ。番号は1999.291。シカゴ美術館蔵。マーティン・ジョンソン・ヒード《ヨーク港、メイン州の海岸》シカゴ美術館蔵

建物のある港、二点

港に建物が描かれた例を見たい。

一点目は、縦長の油彩である。

61.2×51.1センチ。

画面の中央に、石造りの橋がある。

アーチが二つ、水の上に架かる。

その向こうに、赤い屋根の家が並ぶ。

家は白い壁で、窓が小さい。

さらに奥に、帆柱が数本立つ。

右のほうには、崩れた壁のようなものがある。

画面の左には、大きな木が一本立つ。

幹は斜めに傾き、枝が右へ伸びる。

葉は濃い緑の塊である。

空は白く、絵具が厚く盛られている。

館の記録の題は《古代の港》という。

制作は1921年である。

つまり、古代を想像して描いた絵である。

館の記録に、記述の欄はない。

どこの港を思って描いたかも書かれていない。

古代の港
マックス・ボーム《古代の港》1921年。館の記録では、油彩・カンヴァス。61.2×51.1センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。マックス・ボーム《古代の港》スミソニアン協会蔵

二点目は、素描帖の一葉である。

紙は12.1×19.7センチ。

九点のなかで、いちばん小さい。

黒鉛だけで、ごく薄く描かれている。

画面の中ほどに、水平の線が一本走る。

その上に、細かい縦の線が並ぶ。

帆柱と、建物の輪郭らしい。

線は短く、途切れがちである。

上のほうに、鉛筆の文字が書かれている。

地名らしい。

館の記録の題には、疑問符が付いている。

その地名の読みが確定していないのである。

さらに、番号には「裏」が付く。

紙の表には、別の素描があるはずだ。

館の記録は、そこまで書き分けている。