港の絵に、桟橋は写らない——ブーダン・アッピアン・ヒードほか九点
港は陸と海の境目である。九点で数えると、港の設備が描かれているのは二点しかない。帆柱が数えられるのは五点。壁付けテーブルや山の谷まで、綴りの偶然で二点が混じった。水面が画面の下半分を占めるのは六点で、空が広いのは四点だった。境目は低い位置にある。

船が、砂の上に載っている
一枚の油彩に、浜辺がある。
全体で73.5×100.7センチ。
横長の画面である。
中央に、大きな帆船が一隻いる。
三本の帆柱が立ち、帆は畳まれている。
船体は黒く、右へ少し傾いている。
海に浮かんでいるのではない。
砂の上に、直接載っている。
潮が引いた浜に、船を寄せてあるらしい。
船のまわりに、人が大勢集まっている。
数えると、五十人以上いる。
白い帽子の人が多い。
荷を担ぐ人、樽を転がす人がいる。
左のほうには、馬と荷車が待つ。
砂の上には、箱や籠が並べられている。
空は灰色で、雲が低く垂れる。
雲の切れ目から、わずかに光が差す。
館の記録の題によれば、これは遠洋から帰った漁船である。
北の海から戻ってきた船だという。
つまり、これは荷揚げの場面である。

港は、陸と海の境目である。
そこでだけ、船から陸へ物が移る。
だから港には、必ず二つのものが同居する。
水に浮かぶものと、地面に置かれるもの。
船と、荷と、人と、建物。
九点を並べて、港の描かれ方を数えたい。
港の語は、思わぬところへ届く
集めかたは、館の記録の題によっている。
港、湊、船着き場にあたる語が入るものを拾った。
九点のうち、港や水辺が描かれているのは六点だった。
残る三点は、語の広がりで混じっている。
一点は、家具である。
一点は、川辺の絵に付いた地名である。
もう一点は、まったくの偶然だった。
その一点については、後で詳しく書く。
まず、港が描かれた六点を見たい。
そのうち、船が描かれているのは五点である。
船のない港の絵が、一点あった。
帆柱が、港の目印になる
港の絵で、いちばん目立つのは帆柱である。
細い縦の線が、何本も立つ。
九点のうち五点で、帆柱が数えられた。
いちばん多いのは、銅版画の一点である。
紙は32.5×45.8センチ、版の面は28.3×39.1センチ。
画面の左に、大きな帆船が二隻いる。
帆柱と斜めの帆桁が、画面の上端まで伸びる。
右には、防波堤らしい低い線が続く。
その先に、丸屋根の小さな建物がある。
灯台か、堂だろう。
手前の水際には、小舟が数艘上げてある。
人は数人、輪郭だけで描かれる。
空は細かい横線で埋められる。
館の記述によれば、この作者は光と空気に敏感だった。
そして、銅版の表面にインクの薄い層を残す技法を使ったという。
その層が、淡い調子として刷り上がる。
館の記録は、画面の左上に署名と年が彫られていることも記す。

もう一点、帆柱の目立つ水彩がある。
紙は32.5×38.2センチ。
画面の左に、大きな帆が一枚立つ。
帆は淡い茶色で、平らな面として塗られる。
その手前に、青い船体が横たわる。
船首が右へ突き出ている。
奥には、細い帆柱が二本立つ。
水は白く、ほとんど塗られていない。
対岸は、薄い紫の帯で示される。
空も白い。
色数は少なく、面は平らである。
輪郭は、鉛筆の線で決められている。
館の記録の題は《港》とだけある。
場所の名は書かれていない。
館の記録によれば、作者はこの町の画家である。
だから、地元の港かもしれない。
だが、記録にそうは書かれていない。

港は、水平線とともに描かれる
横長の画面が多いのも、港の絵の特徴である。
油彩の一点は、38.7×76.8センチある。
幅が高さの二倍ある。
画面の中央やや左に、太陽がある。
白くにじみ、光の輪が広がる。
その下に、水面が横に伸びる。
水は淡い金色で、細かい波が光る。
右のほうに、帆船が二隻いる。
帆は白く、小さい。
手前は湿った草地と、岩である。
草は赤茶と緑で、点々と描かれる。
左の岸には、木立の影がある。
空は上のほうまで淡く、雲の形がない。
館の記録の題は、ある港と海岸の名である。
だが画面には、港の設備が何も見えない。
桟橋も、倉庫も、家もない。
見えるのは、水と光と船だけである。
港という語が指すのは、この場合は入り江そのものだろう。

建物のある港、二点
港に建物が描かれた例を見たい。
一点目は、縦長の油彩である。
61.2×51.1センチ。
画面の中央に、石造りの橋がある。
アーチが二つ、水の上に架かる。
その向こうに、赤い屋根の家が並ぶ。
家は白い壁で、窓が小さい。
さらに奥に、帆柱が数本立つ。
右のほうには、崩れた壁のようなものがある。
画面の左には、大きな木が一本立つ。
幹は斜めに傾き、枝が右へ伸びる。
葉は濃い緑の塊である。
空は白く、絵具が厚く盛られている。
館の記録の題は《古代の港》という。
制作は1921年である。
つまり、古代を想像して描いた絵である。
館の記録に、記述の欄はない。
どこの港を思って描いたかも書かれていない。

二点目は、素描帖の一葉である。
紙は12.1×19.7センチ。
九点のなかで、いちばん小さい。
黒鉛だけで、ごく薄く描かれている。
画面の中ほどに、水平の線が一本走る。
その上に、細かい縦の線が並ぶ。
帆柱と、建物の輪郭らしい。
線は短く、途切れがちである。
上のほうに、鉛筆の文字が書かれている。
地名らしい。
館の記録の題には、疑問符が付いている。
その地名の読みが確定していないのである。
さらに、番号には「裏」が付く。
紙の表には、別の素描があるはずだ。
館の記録は、そこまで書き分けている。