作品を知る

獅子は、たてがみと開いた口でできている——山口雪渓・カンパニョーラ・スタティほか九点

器の肩を、獅子とスフィンクスが回る

四点目は、紀元前のアンフォラである。

黒像式アンフォラ(貯蔵器):踊る若者たち、スフィンクスと獅子、サテュロスとマイナス
ニコステネス《黒像式アンフォラ(貯蔵器)》紀元前530年から510年ごろ。館の記録では、陶器。高さ31.1センチ、径16.9センチ。番号は1974.10。クリーヴランド美術館蔵。ニコステネス《黒像式アンフォラ(貯蔵器):踊る若者たち、スフィンクスと獅子、サテュロスとマイナス》クリーヴランド美術館蔵

赤褐色の胴を持つ壺である。

首は円錐形に広がり、口が開く。

両側には、幅の広い平たい取っ手が付く。

胴の上のほうには、横に走る筋が何本も入る。

黒い絵が三段に分かれて描かれている。

首の段には、若者たちが踊る。

腕を上げ、脚を交差させている。

肩の段には、獣が並ぶ。

翼のある獣が二体、向かい合う。

そのあいだに、四つ足の獣がいる。

たてがみが首のまわりに刻まれ、尾が上へ跳ねる。

獅子である。

胴の段には、踊る人々が輪になって続く。

館の記録では、この形は特定の陶工の商標にあたる。

幅の広い取っ手、円錐形の首、胴の上を回る筋。

その人は、現存する百五十ほどの壺に名を記している。

名の分かる陶工や絵付師の中で、いちばん多いという。

そして、これはアテナイで作られたが、買い手はエトルリアの人々を想定していた。

館の記録は、そう書いている。

つまりこの獅子は、輸出用の器の肩を回る模様である。

そして館は、この器の作りにもう一つ触れている。

絵付けをした人は、使える面のほとんどを埋め尽くした。

模様のない取っ手の部分は、後世の補修だという。

つまり本来は、隙間なく埋まっていた。

獅子は、その埋め尽くしの一部である。

一頭だけを取り出して見ることはできない。

翼のある獣と交互に並び、肩の帯を一周する。

数えれば、獅子は左右に一頭ずつ、合わせて二頭になる。

模様として使われる獣は、必ず偶数で並ぶ。

人が獅子の背に座る

五点目は、磁器の像である。

獅子に座す人物像
シャンティイ磁器工場《獅子に座す人物像》1740年から45年ごろ。館の記録では、錫釉の軟質磁器にエナメル彩。全体は18.3×30.5×12.1センチ。番号は1983.60。クリーヴランド美術館蔵。シャンティイ磁器工場《獅子に座す人物像》クリーヴランド美術館蔵

緑の草地をかたどった台の上に、獅子が伏せている。

体は淡い茶色で、前脚を前へそろえている。

たてがみは頭のまわりを取り囲み、一房ずつ彫られている。

顔は正面を向き、目が丸く見開かれている。

口は閉じられている。

その背に、人がひとり座っている。

青い上着に、細かい花模様が散る。

頭には緑の帽子をかぶる。

片手を獅子の頭に置き、もう一方の手を膝に置く。

顔は小さく、目と口が細い線で描かれている。

全体は30.5センチの長さしかない。

館の記録では、異国の獣は地位と富を示すものとして強く求められた。

それらを一か所に集めて飼う習慣は、王の動物園から広まったという。

そしてこの獅子は、工場を興した公の動物園にいた生きた個体をもとにしているかもしれない、と記録は書く。

かもしれない、という書き方である。

つまり、この獅子は生きた獅子を見て作られた可能性がある。

しかし顔の作りは、写生というより人形に近い。

目は左右対称に丸く、たてがみは規則正しく並ぶ。

生きた個体を見たとしても、それをそのまま写してはいない。

型に流し込んで作る磁器では、形を単純にする必要がある。

複雑な凹凸は、抜くときに壊れやすい。

つまり材料と工程が、獅子の顔を丸くしている。

背に乗る人物のほうも、同じくらい単純化されている。

異国の獣に異国の衣装の人を乗せる。

その組み合わせ自体が、当時の好みを示している。

頭だけの獅子が、吠える

六点目は、油彩の習作である。

ライオン
ジュゼッペ・バルドリーギ《ライオン》1750年代。館の記録では、油彩・カンヴァス。額なしで79.5×64センチ。番号は1980.274。クリーヴランド美術館蔵。ジュゼッペ・バルドリーギ《ライオン》クリーヴランド美術館蔵

暗い緑の地から、獅子の頭が浮かび上がる。

首から下は描かれていない。

顔はやや右を向き、上を見上げている。

目は見開かれ、右の目に白い光が入る。

口は大きく開き、下の歯と舌が見える。

鼻先は湿って光っている。

口のまわりの毛は白く、束になって垂れる。

たてがみは頭のまわりに大きく広がる。

いちばん外側は黒く、面として塗られている。

顔に近づくにつれ、栗色の明るい調子になる。

館の記録では、この習作は短い筆触の重なりでできている。

そしていちばん目を引くのは、厚く豊かなたてがみだという。

黒い面は輪郭がはっきりしないが、栗色の部分には影と光がある。

それが写実の感じを与えている。

鼻と口の濡れた明るい部分、右目のきらめきが、生きている感じを伝えると記録は続ける。

さらに館は、署名についても書いている。

右下に小さな署名があり、ある動物画家の名を示している。

しかし館は、作者を別の人として登録している。

つまり署名と、記録の作者名が食い違っている。

署名のある名は、この時代の名高い動物画家のものである。

その名があれば、絵の値打ちは上がる。

しかし館は、別の画家の作として登録している。

来歴の欄には、十八世紀のデンマークの伯爵の名も並ぶ。

つまりこの獅子の頭は、名前を取り違えられたまま何代も持ち主を変えてきた。

描かれているのは獣だが、争われているのは人の名である。

九点のうち、署名と作者名が食い違うのは、この一点だけである。

帳面の隅に、獅子が二頭

七点目は、素描である。