天体の月と、暦の月——岳翁蔵丘の周辺・杜堇・ナヤほか九点
日本語では月が天体と暦の両方を指す。九点で数えると、天体の月は四点、暦の月が四点だった。月はいずれも白い円か細い弧で、模様は描かれない。昼に撮って夜に見せた写真も一点ある。欠けた月は三点で、満月は一点しかない。

満月が、人の背後にある
一枚の掛幅に、大きな月がある。
画面は104.8×44センチ。
表装を含めると207×62.5センチになる。
二メートルを超える。
縦に細長い画面である。
画面の中ほどに、白い円がある。
円は大きく、画面の幅の三分の二ほどある。
輪郭は薄い墨でぼかされている。
その円の前に、人物が一人立っている。
長い衣をまとい、正面を向く。
頭に布をかぶり、髪が肩に垂れる。
右手に、細い枝を持つ。
左手には、小さな壺がある。
足もとには、水面がある。
その水に、小さな円が映っている。
もう一つの月である。
上のほうには、竹の葉が垂れる。
館の記録の題によれば、これは水と月の観音である。
館の記述によれば、水に映る月は移ろいの象徴だという。
そして、枝と壺は癒しと清めを示すと書かれている。
つまり、月は二つある。
空の月と、水の月である。

月は、夜の唯一の大きな光源である。
そして、形が変わる。
満ち欠けがあるので、日を数える単位にもなった。
日本語では、天体の月と、暦の月が同じ字である。
九点を並べて、その両方を数えたい。
「月」の字が、四点を連れてきた
集めかたは、館の記録の題によっている。
月にあたる語が入るものを拾った。
日本語の題も、英語の題も見た。
すると、九点のうち四点が暦の月だった。
一か月分、十月、十一月が二点。
いずれも、日本語にすると月の字が入る。
英語の題には、天体の月の語はない。
つまり、翻訳の側で起きた一致である。
前の回でも、同じことが何度かあった。
林檎の林、野菜の野、浦島の島。
漢字は一字で意味を持つので、こういう一致が出やすい。
そして今回は、暦という別の体系がぶつかっている。
天体の月が、月数の単位になった。
その名残が、字に残っている。
九点のうち、天体の月が描かれているのは四点だった。
月は、白い円である
天体の月の四点を見たい。
一点目は、いま見た掛幅である。
月は、白く塗り残された円だった。
二点目も、掛幅である。
画面は156.4×72.4センチ。
軸端まで含めると286.4×99センチになる。
二メートル八十を超える。
画面の下のほうに、人物が一人立つ。
長い衣で、袖が広がる。
顔を上げ、右のほうを見ている。
その視線の先に、梅の枝がある。
枝はねじれ、白い花が点々と付く。
画面の上のほうには、岩と木がある。
墨は濃く、太い筆で描かれる。
月は、はっきりとは描かれていない。
上のほうの薄い部分が、それらしく見える。
館の記述によれば、この人物は十世紀の詩人である。
湖のほとりに隠れ住み、梅を妻とし、鶴を子としたという。
そして、月の下で梅を見る場面が、その人の有名な詩にある。
館は、この画家の署名のある作品が少ないとも書いている。

三点目は、銅版画である。
館の記録に、寸法の欄はない。
画面の中央に、女性が立っている。
幼子を抱き、衣が大きく渦を巻く。
頭には、星の付いた冠がある。
その背後から、放射状の光が広がる。
足もとに、三日月がある。
月は横向きの弧で、先が上を向く。
つまり、月の上に立っている。
前に雲を扱った回で、雲の上に立つ姿を見た。
ここでは、月が台になっている。
館の記述によれば、この一点は写しである。
しかも、左右が反転している。
館は、その作り方まで書いている。
原版の印画を銅板に貼り、その線の上を彫る。
その際、貼った印画は壊れてしまう。
つまり、一枚の版画を犠牲にして写しが作られた。

四点目は、写真である。
画面は42.3×53.7センチ。
横長で、九点のなかでは大きいほうだ。
画面の左に、大きな建物がある。
アーチが並び、壁に模様が見える。
その右は、広場である。
石畳が奥へ延びる。
広場の縁に、二本の柱が立つ。
柱の上には、像が載る。
奥は水面で、その向こうに聖堂の丸屋根が見える。
空には、雲が広がる。
雲の切れ目に、丸い光がある。
月に見える。
建物の窓に、小さな明かりが点々と光る。
館の記述によれば、この写真は昼に撮られている。
当時の感光材では、夜の細部を写せなかった。
そこで、暗室で露光を操作して夜に見せた。
さらに、水面と柱の光、そしてガス灯の炎は、陰画に手で描き加えられた。
館は、そのうち一つを描き忘れたとも書いている。
そして、雲に隠れた太陽が月になった、と締めくくる。

暦の月、四点
語の外れに移りたい。
一点目は、水彩である。
50.8×40センチ。
縦長の画面である。
画面の右に、女性が座っている。
淡い模様の長い服を着ている。
手に、布と針を持つ。
うつむいて、手もとを見ている。
足もとに、大きな籠がある。
籠には、丸めた布が山盛りになっている。
左には、窓がある。
窓辺には、鉢植えが並ぶ。
葉は緑で、赤い花が咲く。
床は板張りで、光が斜めに落ちる。
館の記録の題は、一か月分の繕い物という。
つまり、一か月ぶん溜まった仕事である。
天体の月とは関係がない。
だが日本語にすると、月の字が入る。