作品を知る

首は、くびれの名である——スミバート・歌麿・チェザーティほか九点

妃をともなうメーワールのマハーラーナー・ビーム・シング
チョーカー《妃をともなうメーワールのマハーラーナー・ビーム・シング》1810年ごろ。館の記録では、樹脂テンペラ・銀・金・紙。24.8×15.9センチ。番号は2018.150。クリーヴランド美術館蔵。チョーカー《妃をともなうメーワールのマハーラーナー・ビーム・シング》クリーヴランド美術館蔵

館の説明は、この場面を読んでいる。

妃は、手を合わせて王への帰依を示す。

王の栄光は、頭の後ろの光の輪で示される。

王は、愛する人の顎を優しく持つ。

そして、首に花輪を掛けようとしている。

この画家は、この地の絵の歴史で最も名高い一人である。

二人は、たくさんの脇息に埋もれている。

部屋には、桃色の花弁が敷かれ、黄色い花綱が下がる。

館は、背景の椅子にも触れる。

西洋風の肘掛け椅子は、英国の影響を示す。

前の一点では、首に掛かるのは金属だった。

ここでは、花である。

どちらも、首に掛けることで意味を持つ。

腕に掛けても、腰に掛けても、この意味は出ない。

首は、贈り物を受ける場所でもある。

受けるとき、人は頭を下げる。

下げなければ、輪は通らない。

だからこの絵で、妃は顔を上げていない。

上げているのは、目だけである。

花輪を掛ける動作には、必ず高さの差が要る。

首を、守る

鉄の面である。

高さ34.9センチ。

幅22.9センチ。

奥行き12.1センチ。

重さは、五百グラムほどである。

上半分は、顔の形をしている。

眉が、太く盛り上がる。

目の穴が、二つ開く。

鼻は、高く突き出る。

口は、大きく開く。

歯が、並ぶ。

頬は、こけている。

表面は、黒い漆である。

下半分は、まったく違う。

細長い板が、何段にも重なる。

板は、赤と青と金で飾られる。

紐で、綴じられている。

段は、下へ行くほど広がる。

これが、首を覆う部分である。

垂付きの面頬
明珍宗光《垂付きの面頬》十八世紀。館の記録では、鉄・漆・金・革・絹。高さ34.9センチ。番号は36.25.265。メトロポリタン美術館蔵。明珍宗光《垂付きの面頬》メトロポリタン美術館蔵

館の記録は、短い。

産地は日本、時代は十八世紀とある。

説明の文はない。

題が、構造を言っている。

面と、首の防具。

日本語では、面頬と垂である。

垂は、喉と首の前を守る。

板を重ねるのは、動きを妨げないためである。

一枚の板では、うつむけない。

前の三点では、首は何かを掛ける場所だった。

ここでは、首は守る対象である。

首が切れれば、体は終わる。

だから、そこだけ別の材料で覆う。

前の回で見た肩甲と、同じ考え方である。

体の要所は、金属で置き換えられる。

ただし、面頬と垂は一続きではない。

面は鉄、垂は板と紐である。

硬さを変えることで、顎を動かせるようにしてある。

固めれば守れるが、動けなくなる。

その折り合いが、段の数に出ている。

甲冑については、衣装としての甲冑で扱った。

首を、次々に落とす

銅版画である。

画面の中央に、大きな木がある。

その根方に、獣がいる。

胴は、太く低い。

そこから、細い首が何本も伸びる。

九本ほどある。

首の先に、頭がある。

口が、開く。

首は、うねる。

左に、男が立つ。

裸である。

両手で、棍棒を振り上げる。

右にも、男がいる。

こちらは、松明を持つ。

炎が、獣の首に近い。

男の足元に、小さな生き物がいる。

蟹らしい。

その鋏が、踵を挟む。

上に、文字が一行ある。

レルネのヒュドラを退治するヘラクレス(ヘラクレスの功業より)
ハンス・ゼーバルト・ベーハム《レルネのヒュドラを退治するヘラクレス》1545年。館の記録では、銅版。館の記録に寸法の欄はない。番号は1950.464。クリーヴランド美術館蔵。ハンス・ゼーバルト・ベーハム《レルネのヒュドラを退治するヘラクレス(ヘラクレスの功業より)》クリーヴランド美術館蔵

館の説明は、この共同作業を書いている。

英雄と、その甥が力を合わせて多頭の蛇を倒す。

蛇の頭が生え直すのを止めるために、甥が首を焼く。

英雄が棍棒で頭を落とすたびに、そうする。

その間、蝦が蛇に加勢し、英雄の踵を攻める。

伝説では、英雄はこの蛇の血に矢尻を浸した。

そうして、毒矢を作った。

館はまた、この画家の一群についても書く。

小さな版画を彫ることで腕を示した独逸の版画家たちがいた。

今日、彼らは小さな巨匠と呼ばれる。

微細なものを好む収集家に、その作は歓迎された。

ここで首は、切られる部分である。

そして、焼かれる部分でもある。

頭を落としても、首が残っていれば生え直す。

だから、首を潰さなければならない。

首は、頭と胴をつなぐ管である。

管が生きているかぎり、頭は再生する。

この考え方は、絵の作りにも出ている。

首は、どれも同じ太さで、同じようにうねる。

頭の形は、ほとんど区別されない。

大事なのは、頭の数ではなく首の数である。

数えられているのは、管のほうである。

白鳥の首が、把手になる

銀に金を着せた水差しである。

高さ24.6センチ。

幅11.6センチ。

胴は、卵形である。

下で、細い脚に絞られる。

脚は、円い台に載る。

胴の上半分に、帯がある。

帯には、葡萄の蔓が巡る。

その下に、浮き出た人物がいる。

小さく、裸である。

口は、広く開く。

注ぐための溝が、前へ出る。

そして、把手である。

胴の後ろから立ち上がる。

上へ伸びて、前へ曲がる。

その曲がりが、鳥の首の形である。

先に、小さな頭がある。

嘴が、下を向く。

水差し
ジャン・バティスト・クロード・オディオ《水差し》1817年ごろ。館の記録では、銀鍍金。全体で高さ24.6センチ。番号は1980.183。クリーヴランド美術館蔵。ジャン・バティスト・クロード・オディオ《水差し》クリーヴランド美術館蔵

館の説明は、この注文の経緯を書いている。

作者の名は、国外にまで知られていた。

露西亜の伯爵の注文で、大きな銀の食器一式が作られた。

この水差しは、その一部である。

古代の意匠で飾られている。

希臘と羅馬風の輪郭、葡萄の蔓の帯、浮き出た神話の人物。

そして、うねる白鳥の首の把手。

これらは、皇帝の建築家二人の意匠に着想を得たものらしい。

館は、台に付いた紋章にも触れる。

十九世紀の後半にこの食器を持っていた伯爵のものである。

ここで首は、器物の部分ではない。

鳥の首を、器の部分に転用している。

首は、細くて、曲がって、丈夫である。

だから、把手の形として都合がよい。

生きものの形が、道具の形に流用されている。

そして、鳥の首は自然に曲がる。

曲がった形が、手を掛けるのにちょうどよい。

まっすぐな首では、握れない。

うねりがあるから、指が入る。

形の意味と、形の用が一致している。