老いは、輪郭に出る——ブルーマールト・フィスハー・スーティンほか九点
老いを、笑いに使う

板の寸法は13.8×12センチ。
ほぼ正方形に近い。
九点のうち、正方形に近い形はこの一点だけである。
小さな板絵は、家の中に掛けるために作られた。
大きな壁を必要としないからである。
小さな板絵である。
縦13.8センチ、横12センチ。
二人の人物が、画面いっぱいに入る。
左の男は、赤い帽子をかぶる。
口を開けて笑っている。
歯が見える。
右の女は、白い頭巾を頭に巻く。
目を細め、こちらを見ている。
二人のあいだに、丸い器がある。
男が両手で持ち、女も手を添える。
酒か水を分け合っている場面らしい。
背景は暗く、何も描かれていない。
館の記録は、この一点を十八世紀の作とみている。
作者の名は十七世紀の画家だが、制作は後の時代らしい、という書き方である。
つまり、帰属に留保が付いている。
第十四回で、作者の欄の修飾語を扱った。
「とみられる」「の様式で」といった語が、記録には多い。
この一点も、その一つである。
老いた顔に、色を与える

館の記録は、額を含む寸法も書いている。
88.9×78.7×8.6センチである。
絵そのものより、縦横それぞれ二十センチ以上大きい。
厚みは8.6センチある。
九点のうち、いちばん厚い額である。
これまでの八点と、まったく色が違う。
背景は赤茶色である。
椅子は緑。
女性の服も、暗い緑である。
顔は、黄と緑と赤で塗り分けられる。
眉のあたりに、緑の線が引かれる。
顎が尖り、頬が長い。
手は膝の上で組まれている。
その手が、体に比べて大きい。
指が太く、節が目立つ。
館の記録は、この作者の肖像の作り方を書いている。
二百点近い肖像を描いたという。
いずれも一人で、名前の分からない相手で、正面を向く。
手は腰か膝に置かれる。
そして、体の形が歪められる。
これは館の見解である。
こちらで確かめられるのは、手が大きい、という事実までだ。
老いの示し方として、この一点は例外的である。
皺を細かく描いていない。
首の皮膚も、はっきりとは描かれない。
代わりに、顔の色が変えられている。
そして、手が大きく作られている。
手の大きさで、年齢を示す方法もある、ということになる。
老人が、役を持つとき
ここまでの六点は、顔そのものが主題だった。
残る三点は違う。
老人が、物語の中で役を持っている。

明暗を分けた多色刷りとは、こういう方法である。
まず、地の色の版を刷る。
次に、中間の色の版を重ねる。
最後に、暗い線の版を刷る。
明るい部分は、いずれの版でも彫り落としておく。
すると、そこだけ紙の白が出る。
この一点でも、衣の折り目の頂きが白く抜けている。
三枚か四枚の版を重ねた結果である。
緑がかった地の上に、白と黒で人物が刷られている。
老人が立ち、大きな本を肩に担ぐ。
長い髭が胸まで届く。
厚い布をまとい、脚が膝から下で出る。
裸足に近い。
顔は上を向き、口を開けている。
何かを叫んでいるようにも見える。
右下に、小さな印がある。
この姿は、聖人か預言者を表す型である。
大きな本を持ち、髭を長く伸ばし、粗末な衣を着る。
そういう型が、長く使われてきた。
館の記録によれば、この作者は版画家であり、収集家でもあった。
そして、別の画家の素描をもとに版を作ったという。
館の記録は、そう説明している。
つまり、この老人の姿も、誰かの下絵に由来する可能性がある。
老いた顔は、ここでは知恵の印として使われている。
老人が、めでたい姿になる

絹に墨で描かれている。
絹は紙より目が粗く、墨が滲みやすい。
だから、細い線を引くには技術が要る。
この一点でも、衣の輪郭線は太さが一定である。
一息で引かれた線に見える。
縦長の掛軸である。
老人が一人立つ。
頭が異様に長い。
上へ向かって、細く伸びている。
白い髭が胸まで垂れる。
手に、節のある杖を持つ。
杖の先に、巻物のようなものが結ばれている。
そして、右手に鹿がいる。
顔をこちらへ向けている。
墨だけで描かれ、衣の輪郭は細い線である。
体の面はほとんど塗られていない。
この姿は、福をもたらす神の一人である。
長い頭は、長寿を示す形として描かれてきた。
つまり、ここでは老いが良いものとして扱われている。
皺も、白髪も、めでたさの印になる。
先の八点とは、扱いが逆である。
館の記録は、表装を含む寸法を書いている。
画面が92.7センチ、表装まで含めると180.3センチ。
倍近くになる。
軸の端を含めた幅も、別に書かれている。
掛軸の記録は、寸法の欄が三つある。